第22話 世界の表裏は剥がれ落ちて
「でも……」
躊躇う僕に、フタバはそっと両手を差し出す。
「怖いよね……。でも、美宇様だってあなたを思ってる。お互いの想いは、まがい物なんかじゃない。わたしが繋いでみせるから」
「わかった……。お願い」
僕はそっと、差し出されたフタバの手を取った。
一度激しく揺れてしまった僕の心が縋れる、唯一の光を……僕は信じてみたかった。
「――神装展開、――『流々天理』」
フタバの腕輪が淡い光を放ち、無数の光の蛇が形を成して僕の身体へと這い寄ってくる。
「これからあなたに神装の力を施すわ。そうすれば記憶を読み取れるから。その時に、あなたもゆっくりと自分の記憶を思い返して欲しいの。そのほうが、深く読み取りやすい気がするからね」
「わかった」
僕は静かに頷き、ゆっくりと目を閉じた。
身体中にフタバの神装の温かい神力が触れていく。
じんわりと心地よい力が脳の奥まで流れ込んでくる。
深く……深く。僕は美宇との、あの温かかった思い出を、頭の中にゆっくりと巡らせていった。
――最初の記憶は、あの四角公園での訓練をしていた時のものだった。
二人で木刀を持って、必死に素振りをしていた。懐かしい、何の汚れもない記憶。汗を流し、疲れ果てて草の上に寝そべる二人の姿。
――次の記憶は、僕一人だった。
これは確か、じいちゃんの厳しい訓練が嫌で逃げ出した時のものだ。錆びた廃墟に逃げて、隠れていたんだった。
そこに美宇がやって来て、怒った顔で僕を叱っている。……懐かしいな。真面目な美宇は僕を叱って、僕の手を強く引いていく。怒っているように見えるけれど、その肩は激しく上下していて、必死に僕を探していたんだと思う。
その後、じいちゃんにもこっぴどく叱られて、必死に言い訳をしていたのを覚えている。
――次の記憶は、二人で夕暮れの歪んだ町を並んで歩いていた。
初めて二人で、トガビトを討伐した時の思い出だ。訓練通りに連携できて、無事に二人で笑いながら帰ったのを覚えている。
……この日までは、蒼人が、よく笑っていたのを僕は覚えている。
――次の記憶は、とても激しい、嵐のような雨の夜だ。
トガビトを討伐して帰ろうとした時、僕は暗闇から突如として襲撃された。
明確な殺意を持った鋭い矢は、無防備な蒼人の身体を貫き……その命を、一瞬で奪い去った。
今までそばで見続け、何よりも愛してきたはずの蒼人の命が、無残に奪われた、その絶望の瞬間。
――僕の肉体は、この世のすべてを呪うような烈しい怒りで満たされた。
なぜ、彼女がそんなことをしたのかは、僕には分からない。
それでも、――蒼人がいない世界なんて、僕には必要ない。
怒りのまま、僕は力を振るった。
その凶暴な刃は……目の前にいた美宇の、あの綺麗な右目を激しく切り裂いた。
僕の手のひらには、美宇の真っ赤な鮮血が、ぽたぽたと滴り落ちていく。
もう、後戻りはできない。
蒼人のいないこの醜い世界なら、すべてを跡形もなく斬り払ってしまおう。
……そう静かに、絶望と共に、僕は願った。
――僕は誰だ?
その、失われていた問いに対する答えは、あまりにも簡単だった。
◇
突如として記憶の連続が途切れ、僕は現実世界へと強引に引き戻された。
自分の真実を静かに噛み締めながら、僕はゆっくりと目を開く。
強烈な視線を感じて眼をやると、そこには、ガタガタと恐怖に怯えた目を剥いて、僕からじりじりと後退りするフタバの姿があった。
「あなたの……あなたの記憶の中に、あなた自身が第三者として写っている訳がない……。それに、あの雨の夜、美宇様の右目を切り裂きながら……あなたは狂ったように笑っていたわ……。あなたは……一体誰なの……!?」
「僕は……」
言いかけ、言葉が止まる。
答えを出すのは、簡単だ。
僕は、人間としての『菅井蒼人』ではない。あの日死んだ蒼人の代わりに、『僕』が彼の肉体を乗っ取ってなり代わっていた、ただの器。
……それでも。
あの日からずっと、美宇と温かい時間を過ごした確かな記憶が僕にはある。彼女を心から愛おしく想い、彼女の為に命をかけて戦った、この確かな想いだけは本物だ。
「僕は――菅井蒼人だ。そこに、偽りはないよ」
僕は力強く、静かに……自分の存在を、再び世界へと願った。
「……そう。あなたがそこまで揺るぎなく言うなら、それは本当なんでしょうね。わたしは、あなたを信じるよ」
フタバは恐怖で震える身体を抱きしめながらも、僕の瞳にある覚悟を見て、静かに頷いた。
「ありがとう」
「……美宇様にも、この真実を話した方がいいね。ちゃんと二人で話せば、きっと理解してくれるはずだよ」
「いや……。この話は、僕とあんたの二人だけの秘密にして欲しい」
「どうして? ちゃんと歩み寄った方が……」
「美宇は今、記憶の結界のせいで混乱している。僕が本当の蒼人じゃないだなんて、今伝えたところで理解できるはずがないよ。それに、美宇の中にも、僕と過ごした蒼人としての記憶は確かに残っている。もう一度、僕は菅井蒼人として、美宇の隣に立つだけだよ」
「わかった……」
僕はゆっくりと立ち上がり、荒野の向こうを見据えて歩き出した。
「後は……この歪んだ世界も、もういらないかな」
「え?」
「ん? ああ、安心してよ。美宇やあんたが、これ以上怯えることなく、ちゃんと平和に生きられる世界にはするからさ」
「は? ……一体、どうやってそんなことを」
「『祈りの丘』へ行く。あそこには、この世界の真理があるんだろ?それを知れば、世界の一つくらい、僕の手で新しく作り直せる。今、この酷い世界に蒼人達は生まれたから、こんなにも不幸になった。そんな世界なら、僕はいらない。全部一から壊す。そして、僕が美宇のために、また新しく世界を作ってあげるよ。だからさ……」
僕は、フタバへスっと右手を差し出した。
「佐伯の組織は邪魔なんだ。アイツらの……あんたが持っているすべての情報を、僕にちょうだい」




