第21話 怪物は空虚な椅子に縋りたく
「お願い……やめて」
ミクライは弱々しく、縋るように声を出す。
「……オーケー。まずは、お前がここに来たのは美宇とあの女を追ってか?」
「そうよ。二人が逃げ出したのが悪いのよ。で、でも! わたしの意思じゃないわ! 必要ないから殺していいって、言われたから!」
「攫っておいて、必要ないから殺す。ねぇ……。反吐が出るな。まぁいいや。で? お前らの目的はなんなんだよ。ヤガミが言っていた祈りの丘への到達。それが目的なのか? それが本当ならここまでする必要性はあんのかよ」
ふるふると、ミクライは首を横に振る。
「……わたしは知らない」
「あ?」
「知らないの! わたしは言われたからやってただけで……。お兄ちゃんの傍にいたら大丈夫だって……」
「……指示に従っただけだから自分は悪くないってか? ……はぁ。そういや、佐伯側から来て僕たちの味方をしてる奴がこっちにはいるんだったな。お前よりもあいつの方が事情を教えてくれそうだ。お前には……人質の価値もねぇか」
僕はため息をつき、ゆっくりと骸月に手をかける。
「い、いや!!」
ミクライが叫んだ瞬間、激しい暴風が吹き荒れ、砂を激しく巻き上げた。僕の視界が完全に奪われる。
その一瞬の隙に、ミクライは必死に逃げ出していた。
「……逃がすかよ」
ミクライの姿は遠いが、まだ視界の端にある。斬撃を飛ばせば、簡単にバラバラに刻めるだろう。
「……はぁ。やめだ」
躊躇いながらも、僕は骸月を下ろした。
「逃げてる奴を後ろから殺すのなら、アイツらと同じだ。僕はまだ……」
フッ、と自分で考えていて笑えてきてしまった。……とっくに僕は化け物だろうに。どこかでそれを否定したかったのだ。
「……美宇のところに行かなきゃ。それが本来の目的だし、ミクライは次会っても殺せる。行こう」
僕はミクライの背中を静かに見送った。そして振り返り、ジンさんの隠れ家へとゆっくりと歩を進めた。
◇
ジンさんの隠れ家の中から、何やら声が聞こえてきた。パニックを起こしたような、そんな叫び声だった。
「……美宇の声だ。なにか起こってる……」
僕は急いで隠れ家へと飛び込む。
「ジンさん。戻ったよ」
僕の声に気づいたジンさんは、焦った様子で僕に駆け寄ってくる。
「蒼人! ちょっと待て! ……美宇の様子がおかしいんだ。今は近寄るな」
「はぁ? 目を覚ましたんでしょ? 僕が話せば落ち着くよ」
僕は強引にジンさんの制止の手を振り払う。
「蒼人! 待てって……!」
ジンさんの言葉を無視して、僕は美宇の傍に膝を着いた。
「美宇、僕だ。蒼人だよ。平気?」
「……蒼人?」
「うん。僕だよ」
「蒼人……ちがう。生きてる……でも、私が……! どうして……。わからない……」
美宇は混乱しているようだ。呂律が回っていない。じいちゃんの施した、記憶の結界のせいだろう。見る限り、身体に怪我は無い。それは本当に、喜ばしいことのはずだった。
「美宇。落ち着いて。僕がいるから。もう、大丈夫だよ」
顔を伏せていた美宇が、ゆっくりと僕へ顔を向ける。
その表情は、安心とは程遠いものだった。怪物を見た恐怖でもない。ただ……ただ。
僕という存在を、完全に理解できていなかった。
……ああ。僕が求めたあなたの隣には、最初から空っぽの椅子が置かれていたんだ。それは僕の席じゃなかった。
ねぇ、……教えてよ。あなたの瞳に映る、その光景を。
「あなたは……誰?」
「蒼人!!」
ジンさんの声が背中から聞こえる。
その声に振り返ることもなく、僕は弾かれたように隠れ家を飛び出した。
美宇の言葉は、僕の胸を強く、深く抉り去った。
「僕を忘れている……? でも、名前は呼んでいた。なら、僕は誰なんだ……」
僕は菅井蒼人だ。そこに偽りはない。彼女の為に命をかけて戦った。彼女の為に全てを壊し、狂う覚悟だってある。それなのに……。
「美宇の瞳に写っていないなら……なんの意義がある? 僕は……何を求めていたんだ?」
たった一言、僅かな表情だけで、僕の存在意義が揺れていく。
砂漠にうずくまる僕の背後から、足音がゆっくりと近づいてきた。
「……菅井蒼人。大丈夫……?」
「あんたは……」
振り返った僕の目の前に立っていたのは、美宇を連れてきたあの女だった。
「ごめんなさい。わたしが逃げてきたせいで……」
「あんたのせいじゃないよ。ただ、僕が勘違いしてただけだ。むしろ、あんたには感謝してるよ。美宇が無事だったんだ。それだけで充分だ」
「そんな……」
「で? 何しに来たの? 美宇の傍にいなよ」
「わたしと美宇様にはもう、あなた達しか頼れる人がいないの……。ミクライを退けてくれたあなたに、感謝を伝えたくて」
「……別にいいよ。どうせアイツらは全員殺すつもりなんだから。感謝される事でもないしね」
「それでも、あなたはわたしからしたら希望なの。だから……」
「だからいいって。あんたには別に期待してないし。後は僕一人で終わらせた方がいい」
「フタバ」
「あ?」
「わたしの名前はフタバよ。あんたじゃない。……わたしに戦う力は無いかもしれない。それでも、あなたが一人になるなら、アイツらに勝てる訳がないわ。絶対に」
「お前に……何がわかる! ずっと美宇を助けるために戦ってた。それなのに……知らないと一蹴され、僕は一体なんのために命を賭けていたんだ? ……もう、こんな世界に生きる意味はないんだよ……!」
僕は感情を爆発させ、フタバへ詰め寄る。上から見下ろす僕の目を、フタバは怯みもせず、真っ直ぐに見上げていた。
「わかるわよ!! ……こんな世界で、大切な人を失っているのがあなた一人だけなわけないでしょ! ……それでも、大切な人との記憶があれば、わたしは生きていけるの」
「僕には……その記憶すら、彼女の中に残っていないんだよ。何に縋ればいいんだよ!」
「あなたは菅井蒼人でしょ? あなた自身に偽りがないのなら、それは証明できるはずよ」
「……はぁ?」
「わたしの神装『流々天理』は、空気中のエネルギーを神力へと変換し、他者に付与できる。神力は人それぞれの形がある。流々天理は自動でその変換をするんだけど、その時に、相手との一部の感覚が共有されるの。……つまりは、記憶が読めるのよ」
「それが……何だって言うんだ」
「わたしは美宇様を治療してる。美宇様の記憶の中には、あなたが確かに居たわ。断片的な映像だけだし、音が聞こえる訳でもないから、絶対とは言いきれないけど……。わたしには、あなたにしか見えなかったわ」
「でも……それが真実かは分からないよね」
「記憶はあなたにもあるでしょ? あなたの記憶の中に美宇様が同じようにいるのなら、それは真実になる。わたしに見せてよ」




