第20話 冷めた刃は捻れゆく
――そして、時刻は現在へ至る。
意識のない美宇を抱えて、謎の女が僕の前に現れた。
彼女の言葉を鵜呑みにすることはできない。……ここで殺してしまった方が良いだろう。
「蒼人!」
ジンさんの鋭い声が背後から突き刺さる。
……わかっている。今、高速で近づいている気配の方が圧倒的な脅威だということは、わかっている。それに、この禍々しい気配は……。
あの公園で美宇を攫った、奴らの一人と同じだ。
「ジンさん。美宇をお願い」
僕は女から視線を外し、前に歩き出す。気配はもうすぐそこにあった。
砂が激しく抉られたその瞬間――。
三枚刃の鋭利な爪が、視界に突然現れる。
ギィン!!
それを受け止め、力任せに弾く。
「やっぱり、お前か。菅井蒼人。今度はちゃんと殺してあげるわ!」
「そうだね。……そうしよう」
「ほら、立てるか?」
ジンさんがフタバと美宇に駆け寄り、手を伸ばす。
「……ええ。ごめんなさい」
「いいんだよ。ひとまず離れるぞ。……ちっ。ミクライじゃあ、俺と相性が悪い。蒼人を信じるしかねぇ」
フタバが呼吸を落ち着かせ、視線を移す。その視界には、ミクライの圧倒的な速度に全く臆することなく、真っ向から切り合う蒼人の姿が写ってい
た。
◇
砂を踏み抜く轟音と共に、爪の斬撃が縦横無尽に飛んでくる。
しかし、少し速いと感じるだけだ。強化式――『攻』を施した今の身体なら、反応は容易だった。
それでも、問題はある。
「……ちっ。鬱陶しいな……」
反応ができても、斬り合えるだけ。鞘へしまう一瞬の隙が無い。これでは決定的な一撃を繰り出せない。
攻撃を受け流すも、ミクライは体勢を崩さず、すぐさま猛烈な反撃を放ってくる。テンラやヤガミと比べて、命を奪われるような圧倒的な恐怖感はないが、自身の速度の土俵に相手を無理矢理引き込む戦闘スタイルは非常に厄介だ。それと同時に……僕が求める戦い方によく似ている。
(ヤガミやテンラとは違い重さはない。それでも、当たれば致命傷に変わりはない。でも、今の僕なら……)
僕の右頬に爪が迫る。眼はそれを確かに捉えられていた。
爪の軌道に合わせ、最小限の動きで身体を捻る。すんでのところで爪をかわしきる。
「速いだけ。テンラやヤガミみたいな恐怖で僕を縛ることもできない。お前は弱いよ、ミクライ」
キンッ――
一瞬の隙を突き、鞘へ骸月を納め、神力を込めていく。
――斬撃組成、完了。
振り抜いた骸月は、空間を割く真空の刃を放った。
ギィイン!!
ミクライが爪で受け止め、その衝撃で少し遠くに身体を滑らせる。
「なっ……。何よこれ! ……飛ぶ斬撃? あんた、そんなの隠してたわけ!?」
「さぁて、初実戦。綺麗に勝ちたいね」
ミクライは動揺しながらも、足は止めなかった。僕に遠距離攻撃の手札がある以上、一呼吸でも足を止めることは死に直結すると本能で理解している。
形勢は完全に逆転した。
僕が斬撃を放ち、ミクライがそれを必死に避ける。場は完全に僕の世界だ。このまま一気に押し切ってやる。
「……くっ! 近づけない! ……でも、あんたの斬撃も動けば当たらないわ! そのくらいの隠し技、軌道がわかれば通用しないわ!」
「さぁね。試せばいいんじゃない?」
「ガキが……。わたしをナメるな!」
ミクライは一歩深く踏み込み、直線的に突っ込んでくる。僕の斬撃の速度も既に理解しているだろう。すんでのところで回避し、僕の懐に飛びかかるつもりだ。
僕は、その直線を待っていた。
キンッ――
鞘へ納める隙は、この距離ならいくらでもある。
――斬撃組成、完了。
骸月を振り抜き、斬撃が一直線に飛ぶ。ミクライは僕の右手側へ大きく踏み出し、完全にそれを回避した。
その瞬間だった。
――斬撃は、曲がる。
放たれた斬撃が右に鋭くうねり、ミクライの右半身を強烈に貫いた。
「なぁっ……!?」
ミクライの身体は大きく弾かれ、地面を激しく転がっていく。
「さすが。やっぱ、硬いね」
速度に特化した彼女は脆く、一撃入れれば終わりだと思っていたが、攻撃の瞬間に強化術で身体を覆っていたようで、どうやら致命傷は免れたようだ。
「……何が起こったの? 死角から急に斬られた……。斬撃を飛ばすだけの能力じゃないの……?」
「理解しなくてもいいよ。どうせ、このまま死ぬんだからさ」
「初見殺しでイキがらないでよ。わたしだってまだ、本気じゃない!」
「へぇ、そっか」
僕は構わず骸月を振り上げる。本気じゃないと言うなら、本気にさせる前に殺し切るべきだ。
「……さっきからずっと! ……わたしをバカにするなよ!」
骸月を振り下ろすその瞬間、ミクライの周囲を暴風が大きくうねりを上げて巻き上がった。それは強固な壁のようになり、僕の刃を拒絶する。
「神装展開――『白鼬』!」
三枚刃の爪を両手にしっかりと構え、その全身に狂暴な風を纏っていた。
「光栄に思いなさい。ズタボロの塵にしてあげる」
「いいね。まだ、吠えられるじゃん」
風を纏う三枚の刃はうねりをあげる。風を操り、空間ごと抉る。それが『白鼬』の真の能力。
「あんたはもうわたしに追いつけない! 大人しく、切り裂かれるといいわ!!」
ミクライの速度がさらに跳ね上がる。まさに暴風そのもの。触れただけで肉を削がれてしまう。攻撃力、速度、全てが段違いだ。しかし、それよりも厄介なのは……。
――キンッ!
「飛ぶ斬撃を主軸にする。僕のリズムを崩すな」
ミクライが大きく飛びかかる。振り下ろされた爪は地面に刺さり、凄まじい爆風を放った。
「そりゃ、近づくよな」
ミクライは僕の飛ぶ斬撃を極度に警戒している。当然、間合いを徹底的に潰したいと考えているはずだ。僕もそれがわかっていて思い通りにさせるわけはない。飛ぶ斬撃を細かく連射し、自分の有利な間合いを維持する。
「……あんたの斬撃、軽いわよ!」
ミクライの纏った風は分厚く、僕の斬撃をものともせず弾いていく。
「ちっ……。やっぱり、厄介だな、あの風」
どうにかして、あの暴風の壁を剥がさなければならない。直接切り結べば、あの風は削れるのか……。
「いや、近づくリスクの方が大きすぎる。……あれなら削れるはずだ。まずはミクライの動きを止める」
――キンッ。
骸月を納め、居合の抜刀。斬撃は刃の方向へ自在に曲がる。振り抜き、さらに切り返す。二つの曲がる斬撃でミクライを左右から挟み込む。
「効かないわよ!!」
手を緩めるな。素早くもう一度、骸月を納める。
――キンッ。
抜刀。天高く掲げ、一気に振り下ろす。
――斬撃は、上空から細く落ちる。
「貫け」
斬撃がミクライの頭上から鋭く突き刺さる。
「ちっ……避けられたか」
斬撃は地面に深いクレーターを生み出しただけ。僅かにミクライを捉えることは出来なかった。だが、その回避行動を見て、僕は確信した。
「でもさ。避けるってことは……怖いってことだよな」
「ナメんなよ! そんなの当たらなきゃ意味無いのよ!」
ミクライの身体は、いつの間にか宙に浮いていた。風を足場にして、空間に立っている。
「飛べるのか。地面にいた方が速いだろ」
「それなら、そう思い込んでるといいわ!」
ゴウッ! と風が獰猛に音を立てる。ミクライの超高速の突撃。三枚刃の爪と骸月が激しく交錯する。風を足に纏ったミクライのスピードは落ちることはなく、僕の警戒範囲が三百六十度、全方位に広がっただけだった。
(……足を止めたら、ただの的だな)
――キンッ。
抜刀。――斬撃が四方へ飛ぶ。
細かく骸月を振るい、空間に斬撃を撒いていく。決定打になる必要はない。ただ、「防ぐ必要がない」と相手に誤解させればそれでいい。
「ほらほら! 今度はわたしが優勢ね!」
「さぁ。どうだろうね?」
ミクライが急降下し、必死の突撃を仕掛けてくる。僕は全身のバネを使い、骸月でその重撃を受け流した。
「ほらぁ! 削れてるわよ!!」
ミクライは再び、上空へと舞い上がり、次の突入体勢に入る。
「……そろそろか」
――キンッ。
抜刀。――斬撃は、地面から立ち上る。
ミクライが次に着地するであろう、足元の地面に向かってあらかじめ斬撃を放ち、仕込んでおいたのだ。
三つ、四つの切り跡。そこから真空の斬撃が、空に向かって逆流するように激しく立ち上る。
「……なっ、なに!?」
立ち上る斬撃が檻のようにミクライを囲む。一瞬、彼女の動きが完全に止まった。
僕は、その一瞬を待っていた。
――キンッ。
――斬撃組成、完了。
抜刀。横一線に、渾身の力で振り抜く。
最速の飛ぶ斬撃がミクライに向かって肉薄する。
「……さっきと同じ!? なら防ぐ必要もないわ!」
ミクライは爪で防ぐことはせず、斬撃は彼女の風の壁に到達する。
「弾けろ」
その瞬間だった。――斬撃が、内部から爆発的に発散する。
到達した一本の斬撃から、数千もの無数の刃が生まれ、内側から風の壁を容赦なく切り裂いていく。風の壁を完全に削りきるまで、その刃は暴れ狂う。
「何よこれ……あ゛あ゛あ゛あ゛!」
――キンッ。
「その壁が無くなったら、お前はまた。ただの的だよ」
抜刀。――斬撃は、細く鋭く貫く。
横一線。振り抜いた骸月から、目にも留まらぬ速さで斬撃がまっすぐに伸びていく。
瞬きの合間に、それはミクライの右肩を完璧に貫いていた。
「あ゛あ゛あ゛!!」
ミクライを覆っていた暴風が、霧散していく。ミクライの身体は弱々しく地面に叩きつけられた。
「痛い……痛い、痛い!」
貫かれた右肩から、鮮血が止めどなく溢れ出す。必死に傷口を抑えているが、パニックを起こしており、神力の操作もままなっていない。
「うるさいな……。それくらいで」
僕は骸月を携え、ゆっくりとミクライに近づいていく。
僕へ向かって、ミクライはキッと怨念の籠った眼で見上げてくる。
「簡単には殺さないよ。お前には聞かなきゃならないことが沢山ある。殺すのはその後だ」
ミクライの細い首元へ、骸月の冷たい刃を突き刺した。
「暴れてもいいけど……。速攻で、首。落とすからな」




