第19話 散った蕾は星を笑う
――同日、朝まで時間は遡る。
佐伯家の研究所では一幸と美宇が捕らえられた硝子の部屋を見つめる、フタバの姿があった。
「……そろそろ時間だ」
フタバはおもむろに席を立ち、硝子の部屋へ近づいていく。そして、部屋へと繋がる重い扉へ手をかけた。
日に数回。フタバには佐伯七恵より、一幸へ治療を施すようにと命令されていた。
呪わしい鎖で繋がれた一幸はおもむろに動き出し、自身を傷つけてしまう。それによる、自死を防ぐため……あるいは自傷の勢いで鎖から抜け出してしまうのを防ぐための、冷徹な管理だった。
「一幸様……。治療いたしますから、どうかご自身を傷つけるのはやめてください……。あなたが死んでしまったら私はどうすれば……」
フタバは今にも溢れてしまいそうな感情を必死に抑え、一幸の身体にそっと手を添える。
治療の術を始めようとした、その瞬間だった。
一幸の手元から視認できない何かが伸び、フタバの体を貫いた。
「――っ!」
フタバは驚き、声を上げそうになるが、それを遮るように脳内に直接声が響き渡る。
『――静かに。落ち着いて、私の言葉に耳を貸すんだ』
「一幸……様?」
それは間違いなく、目の前でうなだれているはずの一幸の声だった。
『声を出すな。君の思考は思うだけで私に聴こえている。だから、そのまま治療をする振りを続けるんだ』
コクン、とフタバは軽く頷き、必死に手を動かし続ける。
『すまないな、フタバ。ようやく決心がついたのだ。――美宇をこの場所から逃がす。手を貸してくれないか?』
フタバは動揺を隠しながら、頭の中で会話を紡いだ。
(しかし、どうするのですか。監視もあります。怪しい動きをすれば、すぐに見つかってしまいます)
硝子の部屋には監視の眼が四方に設置されている。死角など存在しない。
『問題はない。私の結界術なら、写し出される映像を一時的に誤魔化すことくらいは可能だ。……やはり障壁になるのはヤガミだな。ヤガミはどこにいる?』
(ヤガミはおそらく外へ行っています。いつも用事があると言って出かけています。近くにはいないかと……)
『そうか……ならば……』
その時、硬質な音を立てて扉が開いた。
硝子部屋の外へふらっと立ち寄った、ミクライだった。
「あれ、フタバちゃん。お仕事中だ。邪魔しちゃったかな?」
「いいえ。もう終わるところだから大丈夫」
「そっかー。七恵さんのお手伝い難しくてさー。ちょっと休憩」
そう言って、ミクライは椅子に腰掛ける。疲弊しているようで、顔を伏せていた。
(バレてないよね……)
ミクライには気づいている様子はない。ホッと胸を撫で下ろす。
『仕方ない。もう少しだけ、内情を探ろう。私の神装をこのままお前に繋いでおく。私の代わりに動いてくれ』
(わかりました)
フタバは小さく頷き、一幸から離れる。硝子の部屋を出る前に、ふと美宇へと視線を移した。
身体は無事。それでも静かに眠っており、意識を戻す素振りはない。
『……美宇。今すぐにお前の元へ……。もう少し……待っていてくれ』
一幸の烈しい感情が直接フタバに流れ込む。
フタバは溢れてしまいそうな気持ちをグッと抑え込み、硝子の部屋を後にした。
「ねぇ、フタバちゃん。ヤガミはどっか行ったの?」
「ヤガミは出かけるとだけ、言っていたよ。場所は教えてくれなかった」
「ふーん。じゃあ、いつものとこねー。お兄ちゃんも健気だよねー。毎日、毎日。わたしだったら病んじゃうよ」
「お兄ちゃん……?」
「あ。間違えた。聞かなかったことにしといて。ヤガミにバレると怒られちゃうから」
ミクライはケラケラと軽く笑う。
『二人は同じ孤児院の出だ。私も幼い頃を知ってはいるが、あまり使える情報ではないな』
(そうですか……。このまま話すとボロが出るかもしれません。少し離れます)
『ああ。それがいいだろう。どのみちミクライがこの場にいるのなら出来ることはない。研究所の構造で利用できそうな所を探そう』
フタバは部屋を出ようと扉へ向かって歩き出す。
「ん。どっか行くの? フタバちゃん」
「私も休憩するの。ここにずっといても退屈だからね」
「ふーん。フタバちゃんは、あの人の傍から離れたくないんだと思ってた」
ミクライは一幸を指差す。
「そんなことは、ないよ。私にだって一人になる時間は必要なの」
「それも、そっか。建前は立派だけど意外。結構冷たいのね」
ミクライはケラケラと笑いながらそう話す。悪意などない。ただ感じたことを、そのまま口からこぼしているのだ。
(私が……! どれだけ……!)
フタバは右手を強く握りしめる。今にも、そのふざけた笑い顔を殴りつけてしまいそうな衝動が駆け巡る。
『フタバ』
一幸の声が脳内に響く。ハッとなり気持ちを落ち着かせる。
『奴らの言葉に耳を貸すな。お前は私の言葉だけを信じていればいい。今まで通りに。そうだろう?』
(はい……。わかっています)
「それじゃあ、私は離れるから」
ミクライを軽く睨みつけながら、フタバはそう言って半ば強引に部屋を後にした。
◇
研究所の出口へ繋がる無機質な廊下を歩きながら、フタバと一幸は策を練る。
『逃げるのならなるべく早い方がいい。できるのなら今夜にでも決行するべきだ』
(早い方がいいのはもちろんですが、あてはあるのですか? 逃げるだけではいずれ……)
『確実なあてではないが、ヤガミ達に対抗出来る存在でなくてはならない。私の知る限りは一つだけだ。……菅井家だ』
(菅井家……。どこかで……聞いた覚えが……)
『菅井茂澄は私が知る限り、最も腕の立つ観測者だ。彼がこの災禍で生きているのならば……』
「ああ!」
何かを思い出したようにフタバは声を上げる。
『どうした?』
(すいません。つい……。思い出しました! 菅井蒼人!)
『蒼人。菅井茂澄の孫だ。それがどうした?』
(ヤガミ達が美宇様を連れてきた際に、テンラは右腕を失っていました。その腕を切り落としたのが菅井蒼人だと言っていました)
『そうか……。あの蒼人が。テンラに対抗出来る力で今も無事なら……。やはり菅井家に助けを求めるべきだな』
(はい。それにはまずはここから抜け出す術を考えないといけないですね)
『ああ。意識のない美宇を連れていかないといけない。なるべく奴らが離れる隙を探さなければ……』
わずかでもいい。少しでも、逃げ切る確率を上げるために情報を紡ぎ出す。
二人にとっての勝ち筋が見え始めたその時に、一番の脅威は嘲笑うかのように姿を現した。
廊下の先に、空間を切り裂いて結界の箱が出現する。ヤガミが戻ってきたのだ。
「……ッ!」
思わずフタバは影に身を潜める。
もちろん、ヤガミが戻ることは想定内だ。堂々としていれば何も問題は無かった。しかし、隠れてしまった以上、見つかれば問い詰められる可能性がある。このまま、気づくことなく去っていくことを願うしかなかった。
ヤガミの冷徹な足音が廊下に響き渡る。
(お願い……。このまま行って……!)
通り過ぎる直前、ヤガミの足音がぴたりと鳴り止んだ。
「そこで何をしている」
ヤガミの氷のような声がフタバの耳を突き刺す。
焦ってはいけない。平静を保ったままこの場をやり過ごすのだ。フタバは呼吸を無理やり抑え込み、ゆっくりと口を開く。
「……お手洗いに、行っていただけ。何もないよ」
「それなら早く、部屋に戻れ。あまり勝手に動くんじゃない。自分の立場を弁えろ」
「あなたこそ、何も言わずにどこかに行くじゃない。同じでしょ」
「私とお前では立場が違う。それにお前に理由を教える意義はない」
そう言ってヤガミは再び歩き出す。フタバなど気にする価値もないと、そう判断し、部屋へ入って行ってしまった。
(行った……。この隙に!)
『ダメだ! ヤガミがいるのなら今動くのは危険すぎる。大人しく部屋へ戻るべきだ』
(し、しかし一幸様! 少しでも情報を探さなければ……)
『死んでしまっては意味はないんだ。奴らも人間だ、必ず隙は生まれる。だから今は大人しく部屋へ戻れ』
(……はい。わかりました)
唇を噛み締め、フタバは部屋へ戻っていくしかなかった。
◇
時計の針はただ無情に回り続ける。
時刻は夕方を過ぎ、日が落ち始めていた。
部屋の中にはヤガミとフタバの二人。ヤガミは七恵からの指示がなければすることはない。先程のフタバの行動に僅かに違和感を感じていたため、部屋に居座っていた。
一幸は焦っていた。目の前にヤガミがいる限り、下手に動けば瞬く間に肉片に変えられてしまう。そんなことは明らかだ。しかし、今日を逃せば美宇を逃がす機会が永遠に失われることも、強く理解していた。
フタバは半ば諦めを持って、項垂れていた。
(テンラが負傷している今。ヤガミに僅かでも隙が出来さえすれば……。美宇とフタバを逃がせるのに……!)
絶望するフタバとは反対に、一幸は淡々と機会を伺っていた。自身を犠牲にできる最期の手札と考えながら。
彼もまた、観測者。
「……何も、ないな」
そう言って、ヤガミは唐突に立ち上がり、廊下に向かって歩き出す。
「どこかに行くの?」
フタバが恐る恐る問いかける。
「……ああ。お前が何もする気がないことはわかった。これ以上、無駄な時間を割く気はない。それにこんな時間だ……。あいつらは寂しがり屋なんだ。祈ってやらないといけないんだよ……」
「……なんの話し?」
ヤガミは教える気はないようで、そのまま部屋を出てしまった。
フタバにはヤガミが何を伝えたいのか理解できなかったが、彼の後ろ姿が、酷く寂しそうに見えていた。
冷徹非道。任務にしか興味がない男。フタバの目にそう映っていた男が不意に見せた寂しさ。
(……私たちを傷つけて、自分は誰かを慈しむというの?)
その傲慢さにフタバの脳は理解を拒んでいた。ふつふつと、怒りが沸き立ってくる。
『――フタバ! フタバ!』
狭まった視界を晴らすように、一幸の声が脳内に響き渡る。
『フタバ! 聞こえているか? チャンスだ。今しかない!』
一幸の声にハッとなり、フタバは硝子の部屋へ勢いよく飛び込む。フタバもまた、理解していた。テンラの負傷、ヤガミの不在。これ以上の機会が訪れることはないと。
(一幸様! 手筈はどのように?)
「そうだな。お前は美宇を抱えてとにかく逃げるんだ。私は後から追いつくさ」
脳内にではなく、耳から聞こえる一幸の生の声。思わずフタバは振り返る。
そこには、拘束する鎖を自ら外した一幸の姿があった。今から公務へ向かうように悠然と襟を正し、フタバへ微笑みかける。
「私の神装は鎖。最初から全て演技だ。お前には見えない鎖を繋いでおく。神力を送り続けるから、止まらず走り続けろ。いいな?」
一幸の言葉の半分は嘘。政治家としての話術は、どんな極限状況に置いても本音を覆い隠す。フタバも当然、それを察していた。
「……はい。わかりました……」
それでも、彼女は頷くしか出来なかった。
「――結界術――『隠』」
一幸がそう唱えると、淡い光の壁が広がっていく。
「……不出来だな。だがお前らがここを出るまでの時間稼ぎにはなる。ほら、早く行くんだ」
フタバは美宇を力強く抱え上げて、走り出す。部屋を飛び出し、無我夢中で廊下を駆け抜けていく。
その後ろ姿を、一幸はただ優しく、微笑みながら見送っていた。
◇
「……そろそろか」
一幸はゆっくり歩き出し、硝子の部屋を出る。
その瞬間、鼓膜を突き破るような警報音が鳴り響いた。
「やはりな。美宇の神力、あるいは二人ともか。設定された神力が研究所の境界を越えれば警報が鳴る仕組みか。逃げることも折り込み済み。用意周到だな、七恵」
部屋の扉が勢いよく開く。
「なんの騒ぎ?!」
飛び出してきたのはミクライだった。ミクライは部屋の中央に佇む一幸の姿をすぐさま捕捉し、戦闘態勢に入ろうとするが、一幸が一手上回った。
「神装展開――『廻愛鎖陣』」
一幸の手のひらから無数の鎖が伸び、電光石火の速さでミクライを縛り上げる。
「……うっ!」
勢いのままミクライの身体を壁に叩きつける。ミクライも当然反撃を試みるが、その鎖はビクともせず、指一本動かすことができない。
「さあ、取引でもしようか。ミクライ」
「なに……?」
「いやね、君だけなら私一人で封殺できるのだが、他の者が来てしまうとさすがに諦めるしかない。だから、私たちを大人しく見逃してくれないか?」
「はぁ……? 何言ってるの……」
「もちろん恩恵も提示させてもらうよ。今後、君らを皆殺しにする。その時は君だけは助けてあげよう。どうだね?」
「そんなの……。乗るわけ……ないでしょ……!」
「そうか。ならいい」
ミクライを縛る鎖が、容赦なく締まっていく。
「うぅっ……!」
「隙を伺おうと思ったが、懐柔する時間はないな。殺して、戦力を削ぐ方が得策だ。ついでに、力も少し貰っておこう」
鎖が怪しく光を放ち、ミクライの体から神力を根こそぎ吸い上げていく。
その時だった。
ドクン!!
「かあっ!?」
一幸の胸に、身を引き裂かれるような激痛が走る。一幸は胸を厳しく押さえ、その場にうずくまってしまった。
痛みは皮膚を食い破り、内側へと深く伸びていく。何かが体内で根を伸ばすように。
ミクライを縛る鎖の力が緩み、霧のように解けてしまった。
「……何が、起こった」
一幸は息を荒くしながらミクライに視線を移すが、彼女も理解している様子はなく、ただ困惑しているだけだった。
「あらあら。相変わらず立派な力ね。もう『種』が起きているわ」
部屋の奥の暗闇から姿を現したのは、佐伯七恵だった。
美宇とフタバが逃げ出したこの状況に、焦る様子は微塵もない。むしろその事態を愉しんでいるようにすら見える。
「ミクライ、平気?」
「はい……大丈夫です」
「それなら、二人を追いかけてくれる? 殺しても構わないから」
「……え、いいんですか?」
「ええ。もう必要ないから」
ミクライは驚きながらも立ち上がり、二人を追いかけ廊下を走り出す。
「……っ、行かせるか!」
一幸はミクライを止めるため鎖を伸ばすが、――ドクン! と再び胸に激痛が走る。
「……かあっ!」
痛みで鎖の形を維持できず、崩れ落ちる。ミクライはそのまま一幸の横を果敢に振り切り、走り去ってしまった。
「神装――『廻愛鎖陣』。とても、強い力よね……。鎖で捕え、その力を吸い出し、自分へ還元する。支配者らしく、政治家のあなたにピッタリな能力ね」
「そんな野蛮な力じゃないさ……。私は寂しがり屋なんだ。皆と、繋がっていたかっただけなんだよ」
「でも苦しいでしょ? フタバとの通信も解いた方がいいんじゃない?」
「……お見通しか」
「あなたに植えた『種』は神装の力に呼応して成長する。あなたが力を使う度に、その身体を蝕んでいくのよ」
「そうか……。しかし、解くことはできないな。お前が美宇を殺そうとしているのなら、なおさらな」
「仕方ないじゃない。美宇は試作品としての役目が終わったのだから」
「試作品だと……。お前、自分の娘に何をした!」
「美宇は今生きているだけで価値があったの。私の研究が間違っていなかったと証明出来る価値がね。でも、それも終わったの。あなたが寂しがると思って連れ戻したけど、逃げるならもういらないわ」
「お……まえは!!」
「うるさいわね……。あなたの愛もどうせ一方通行よ」
七恵は不敵に微笑み、腕輪に神力を込める。
「あなたには見せたことなかったよね。神装展開――『桜』」
腕輪は眩い光を放ち、冷徹に形を成していく。
「……は」
姿を現したのは、大振りな弓。その禍々しくも美しい形状は、美宇の持つ『雨櫻』と瓜二つだった。
「固有神装は遺伝しない。使い手の内なる思いや思想を体現する、だったかしらね。……あら。私と美宇はそっくりみたいね。ふふっ!」
七恵は微笑む。一幸の絶望の表情を心底楽しむように。
「お前と!! 私の娘が同じわけないだろう!」
一幸は最後の力を振り絞り、鎖を七恵に向かって激しく伸ばす。しかし、その力に呼応し、種はまた深く、心臓へと根を伸ばした。
「……かはぁっ」
鮮血を吐き出し、意識が飛びかける。一幸の身体には、もう指一本動かす力も残っていなかった。
「あらあら。無理しない方がいいわよ。死んじゃうわ……」
七恵の心のこもっていない言葉が一幸の怒りをさらに刺激する。
「……私は、お前の気が狂ってしまったのだと思っていた。いつからか、何かを大量に集めるようになり、研究室に籠るようになった。美宇が右目を怪我したあの日さえも、お前は姿を現さなかった。美宇を見て放ったお前の言葉は、『良かったね』だけ。無事を喜んだように見えて、美宇を見つめるその瞳は、美宇を見ていなかったんだ」
「無事で良かった。それ以上の他意はなかったわよ」
「……お前は祈りの丘に何を求めている? どうやって災禍を起こしたのかは分からないが、私が気づいた頃には世界は崩れていた。なぜだ? なぜ、ここまでする。何がお前を突き動かすのだ。……まさか、本当にあの子が生き返ると思っているのか? あのような信憑性のない記録をお前は信じていると言うのか!」
「……生き返る? 『ナナ』は死んでいないわ。私が祈りの丘に辿り着くのだから。あの子はまだ、迷子なだけよ」
七恵の顔から薄ら笑いが一瞬にして消え失せた。
「……あの子がまた私に微笑むの。そのためには、人も力も、権力も……あの子を傷つけたものは全て! ……あってはならないのよ」
「……悪魔め。血の繋がりさえも捨てて、狂言に走るお前を私は放って置くことはできない。この命を使ってでもお前を止めてみせる」
一幸は、魂の底から最後の力を振り絞る。
「狂言ねぇ……。それはどっちのほうかしら? ほら、もう立派な蕾が生まれてるわ」
一幸の胸には禍々しい根がはり、蔓が伸びていた。その先端には小さな蕾があった。それが咲けば、命が終わると一幸は本能で理解していた。
それでも、力を使うことに躊躇いは一切ない。
「ほら、どうやって止めるの? 見せて?」
「ああああ!!」
一幸は無数の鎖を七恵へ向かって伸ばす。
「チンケな鎖……」
七恵は右手を前に突き出す。すると、虚空から無数の光の矢が放たれ、一幸の鎖をことごとく打ち砕いた。
七恵が一幸へ視線を移すと、一幸は不敵に笑っていた。
「……私の鎖は、繋ぐ力だ。伝えられたさ……。それで、充分だ……」
一幸の後方に、目に見えない形で伸びていた鎖が光となり、静かに崩れていく。
七恵へ伸ばした鎖は脆く、ただの目眩ましに過ぎなかった。フタバへと、自身の全ての力を繋ぐための。
「その程度、問題はないわ。……さようなら。寂しがり屋な、あなた」
胸の蕾が咲くことはなかった。
誰とも繋がれず、誰にも恨まれることも嘆かれることもなく、その命は静かに……一人きりのまま消えていった。
――ただ一人、彼女への思いだけは、確かに繋がっていた。
◇
「あ゛あ゛あ゛!!」
美宇を抱えながら走るフタバの足は、疲労で何度ももつれていく。
しかし、一幸の鎖が途切れたその瞬間に、爆発的な力が再び身体の底から湧き上がってきた。
……一幸の抱えた、深い憎悪と、愛とともに。
「美宇様は……私が守ります……」
その覚悟すら踏みにじるように、冷酷な殺気が背後から迫ってきていた。
「……私じゃ勝てない。誰かぁ!! ……お願い。助けて……!」




