第18話 醒める力と揺らぐ凶星
「よしっ。こんなもんかな」
ジンさんは糸で檻のような形を作っていた。
「なにを作ってんの?」
「訓練場みたいなもんだ。俺の八咫蜘蛛じゃあ、お前の神装と相性が悪すぎるからな。正面に立つのはさすがに怖ぇ。見てろ」
ジンさんはそう言って、糸でできた檻の中にさらに丸い糸の塊を作り出す。その塊から、腕が生え、首が生え、人型に姿を変えた。
「糸で作ったコイツを俺は外から操作する。蒼人、お前の実力をこれで測る」
「なるほど。わかったよ。すぐ始めよう」
僕は糸を潜り、中へ入る。
「おうおう。やる気があって充分。さっそく始めたいが、一応聞いとくかな」
「なに?」
「お前、佐伯側の誰とやり合ったんだ? ミクライ、テンラ、それともヤガミか?」
「ちゃんと戦ったのは、テンラとヤガミの二人だよ。勝てなかったけど」
「マジかよ。よく生きてたな。何を使ったんだ? よっぽど神装が強力なのか。まぁいい、とりあえず今の全力を見せてみろ」
「わかった。神装展開――『骸月』」
僕はそう唱え、骸月を顕現させる。
「ん……?」
ジンさんは僕を見て、何か違和感を感じた表情を浮かべていた。僕は気にせず、脳内に式を刻み始める。
「強化式――『攻』」
額から式が全身に伸びていく。血管が脈打ち、力が増大する感覚がわかる。
「ほう……。なるほどな。よし、そのまま始めるぞ」
ジンさんは檻の中の人形を糸で操る。人形が僕に向かって動き出す。動きはとても滑らかで、まるで人のよう。
「はぁあ!」
踏み込み、横一線に切り払う。骸月が人形の首を捉える。
ギィン!!
しかし、硬質な音を立てて、刃は弾かれる。
「ほら。ドンドン行くぞ」
ジンさんがそう言うと、人形はすぐさま僕に殴りかかる。その拳に反応し、僕は躱す。
躱した勢いのまま、一撃、二撃、斬りつける。しかし、刃は通らない。
「くっそ。なら……」
僕は後ろに跳び、距離を取る。深く息を吸い、足に強化式を集中させる。
「ふっ!」
地面を全力で踏み抜き、人形に斬りかかる。
ギィギギギ!
身体が交差する。すぐさま反転し、もう一撃。
その時――。
「オーケー。だいたいわかった」
ジンさんの言葉と同時に、人形の身体がバラバラに割れる。
「え?!」
僕は攻撃の勢いのまま、人形に突っ込んだ。糸が僕を包み込み、そのまま拘束されてしまった。
「なるほどなぁ。強化式ねぇ。それのおかげでテンラやヤガミとやり合えたんだな。爆発的な身体能力の向上。パワーもスピードも桁違いだ。すごい技術だな」
ジンさんは関心するように頷く。
「ありがとう。でも、……これでも奴らには勝てなかった」
「そうだな……お前の強化式はあくまで強化術の代用品だ。テンラヤガミが培ってきた経験や技術との差はそう簡単には埋まることはない」
「そう……だよね。でも! でも……」
「だからよ。なおさら、一つ強い疑問がある。お前……なぜ神装の能力を使わない?」
ジンさんは強い視線を僕に向ける。
「神装の能力……? 骸月はちゃんと出してるよね」
「俺たち観測者が持つ固有神装にはな、一つ一つ特殊な能力があるんだよ。固有神装は使い手の心を写す鏡のようなもの。使い手の能力を引き出す特殊な存在だからな」
ジンさんはパンッと手を叩き、糸を解除する。
「例えば俺の八咫蜘蛛の場合はな、神装自体は両手の指先に纏う薄い手袋みたいなものだ。そこから糸を生成できる。空間に糸を生み出す。そして、特殊能力としてその糸を自由自在に変えることができる。硬く、鋭くして槍のように。粘着性を上げ、柔らかく、ネットのようにしたりな」
ジンさんは手を合わせ、様々な糸を作ってみせる。
「能力って言っても見ただけじゃ説明できないタイプもいるんだが、お前が戦ったヤガミは結構わかりやすいぞ」
「そうなの?」
「ああ。ヤガミの神装は見てるよな? 二枚のプレートを自在に振り回す」
「うん」
「だがそのプレート部分は全部、結界術だ。ヤガミの神装の実体はこんな感じの球体なんだよ」
ジンさんは指先に糸で球体を作り出す。
「こいつを座標としてそこにシームレスで結界を作り出せる。それがヤガミの神装だ。特殊能力としては、座標同士の空間を繋ぐことで瞬間移動みたいなことができるってとこだな」
「ジンさんは……なんでそこまで知ってんの?」
「佐伯側について調べてたのもあるが、ヤガミに関しては……以前、少しな」
ジンさんは少し寂しそうな表情を見せた。僕はそれ以上踏み込むことはできなかった。
「それでお前の話に戻るが、お前の骸月にも能力があるはずだ。使っていないのか、使えないのか。なんでもいい、覚えはあるか?」
「うーん……」
「特に記憶は無しか。それじゃあ、色々試すしかないか」
ジンさんはポリポリと頭を搔く。
「まずは一つ目の違和感からだな。お前、鞘はどうした?」
「鞘? ないと思うけど……」
「そんなハズはない。固有神装は言うなれば神の力だ。刀の形を成しているのに鞘が無いなんてのは、不完全なんだよ。ていうか、今までずっとその抜き身のままいたのか?」
「戦う時以外は、神装を解除してたよ。戦う時だけ展開してた」
「バーカ。神装はな、出す時が一番神力の消費が激しいんだよ。鞘があれば、今までの無駄にしてたぶん全部返ってくるぞ」
「そうなんだ……」
「おそらく、その鞘に骸月の能力が隠されている。まずはそれを出すところからだな。……しかし、神装の能力も使わないでよくアイツらと戦えてたなぁ。骸月の能力を完璧に使えたなら、本当に勝ち筋が見えてくるぞ」
「うん。頑張るよ」
「よし。さっそくやるぞ」
「また人形と戦うの?」
「いや。神装の力を引き出すには自分の心と向き合わないといけない。骸月をしまって、そこに坐禅くめ」
「うん」
ジンさんに言われるがまま骸月を解除して、僕は地面に座り、坐禅を組む。
「目を閉じて、深呼吸しろ。深く、深く、潜っていけ。そして、お前の心の中にある骸月を探し出せ。見つけたら手に取って、呼びだすんだ」
ジンさんに言われた通り、心の奥に僕は潜っていく。
刀……刀……これか。僕は目に付いた刀を手に――。
「神装展開――『骸月』」
そう唱えたはずだが、光は刀の形をなさなかった。
「え」
「ハズレだな。もう一回だ。それと、あんまり鞘を意識しすぎるなよ。あくまで完全体の骸月を見つけ出すんだ」
「う、うん」
もう一度目を閉じ、深呼吸をする。深く、深く、心に潜り込む。
刀……刀……いや、違う。僕が探しているのは刀じゃない。
骸月だ。
もっと深くへ……。
その時、目の前に何の変哲もない扉が姿を現す。
僕は自然と手を伸ばし、扉をゆっくりと開いた。
扉の先には僕と同じ背丈の少年が立っていた。
『やあ』
「君が骸月か?」
『まぁ、そんな感じだよ』
「そっか。じゃあさ、僕に力を貸してよ」
『ああ。それは構わないよ。半端なまま、名前を呼ばれているのも不本意だしね。でもさ、君。僕らの願いを忘れてるんじゃないの?』
「僕らの願い……?」
『僕らずっと、見ていた。あの日、菅井蒼人の身に何があったのか……全てね』
「あの日……僕が美宇を傷つけた以上のことが何があるのか? お前はそれを知ってるのか!」
『ははっ。大丈夫。君は忘れているだけだ。そのうち思い出すよ』
「今! 教えろよ!」
『……僕らは願ったんだよ。あの日。全てを斬り払ってしまいたいと。酷く傲慢な願いをね……』
少年は僕に手を伸ばす。
『大丈夫。菅井蒼人には僕らがついている』
そう言うと少年の身体は瞬く間に粒子に変わり消えてしまった。
引きずり出されるように、僕の意識が戻る。
目を開けた僕の両手には、鞘に収まった完全体の骸月が居座っていた。
僕はゆっくりと骸月を手に取る。すると、脳内で何ができるかを教えてくれるように情報が流れ込む。
「そっか……。それが僕の思いなんだ」
「大丈夫か? 蒼人」
ジンさんが心配そうに僕を覗き込む。
「うん、大丈夫。ちゃんと骸月と話してきた。全てを斬り払いたいって言ってたけど、何となくわかる気がしてる」
「そうか。能力は使えそうか?」
「うん。今から試したいからさ、少し離れてて」
「おう……」
僕は立ち上がり、適当な岩へ視線を移す。
「あれは、壊してもいい?」
「ああ。別にいいけど……こんな距離で何をするんだ?」
「まぁ、見ててよ」
鞘に収まった骸月へ力を込める。
「うん……。これでいい」
ゆっくりと骸月を引き抜き、岩へ向かって上段で構える。
「まさか……」
一呼吸で骸月を振り下ろす。その瞬間、骸月から神力が溢れ、空気が割れる。地面が削れ、岩が真っ二つになった。
「次は……」
——キンッ。
鞘に骸月を収め、もう一度力を込める。強化式と同じ要領で。
今度は横一線に骸月を振り抜く。すると、斬撃は岩へ伸び、鋭く貫いた。
「なるほどな。それが骸月の能力か……! 全てを斬り払うために、斬撃の形を変える。……あまりにも傲慢で理不尽な能力だな」
「うん。鞘の中で刃に斬撃の形を作るんだ。まだまだ色々できそうなんだけど、試していい?」
「おう。もちろんだ」
——キンッ……!
骸月を鞘に納める音が辺りにこだまする。
「うん……。いい感じ」
久しぶりにストレスなく力を振るえている気がする。思わず頬が緩む。
「はぁっ……はぁっ……」
そんな僕とは対象的に、ジンさんは肩で息をしていた。
「ごめん、ジンさん。大丈夫?」
「ああ、すまんな。やっぱり俺とお前じゃあ、相性が悪すぎる。全然、糸が持たねぇ」
辺りに散らばった糸が光に変わり、ジンさんの手元へ帰っていく。
「しっかし……やべぇな。お前の骸月。ネックなのは鞘に納めるワンアクションを取らないとならないことくらいか?」
「そうだね。でも、毎回しまわないいけない訳じゃないからあまり問題は無いかな」
「そうなのか?」
「うん。今試してわかったけど、一度作った斬撃は刃に残るんだ。それを発動するかしないかは僕次第。それで新しい斬撃を作る時には鞘へしまう。そんな感じだね」
「なるほどな。それなら、あらかじめいくつかの斬撃は組み立てて置いた方がいいな。相手に合わせて自由自在にと思ったが、こっちの手数を押し付けた方が効果的だな」
「そうだね。まぁ、実際の戦いにならないとわかんないや。どれくらい、鞘に意識が向いてしまうか……」
「まあ、お前の本質は現れた。あとは使い方だけだ。それはすぐ見つかるさ」
「うん。ありがとう、ジンさん」
「気にすんな。あー……そろそろ飯の準備でもするかな。俺じゃあ、お前の練習相手にならないみたいだしな」
「そんなことないよ。戦い方がわかっただけで充分だよ。……僕もう少し、練習してるね」
「おう、そうかい。あんまり焦りすぎんなよ」
ジンさんは振り返り、隠れ家に向かって歩いていく。
「はぁーあ。……ダメだなぁ。力を振るいたくてウズウズしちゃってる。でも、ちょっと懐かしくて、うれしいかも」
僕は再び骸月に手をかける。力を込め、式を組み立てていく。
「へへっ。やっぱりできるかも。ジンさんには試すのが怖かったからな」
斬撃を組み終え、骸月を抜こうとした次の瞬間。
「――……ぁ!」
遠くから誰かの叫び声が僕の耳へ飛び込んだ。
「……誰だ?」
目の前に現れたのは、少女を抱えた女だった。
「……あなたが菅井蒼人?」
「誰だ、あんた」
「その刀……。間違いないようね。良かった……」
「おい……僕の質問に答えろよ」
「ごめんなさい。でも、今はそれどころじゃないの! 美宇様を……守って!」
そう言って、女は抱えていた少女を僕の目の前に下ろす。それは意識を失った美宇だった。
「美宇……! 生きてた……! てことはお前は……!」
僕は骸月を女の首に突き立てる。
「何するの!」
「お前……佐伯側の人間だろ。何が目的だ」
「だから……! それどころじゃないって……」
「蒼人!!」
ジンさんが僕の背後から走りながら声をかける。
「結界に反応があった! 誰か来てるぞ!」
「目の前にいるよ。もう捉えてる」
そう言って、僕は鋭く女を睨む。
「そいつじゃない! 今、向かってきてるんだよ! 明確な殺意を持ってる。完全に敵だ! ……なんつう速さだ。もう来てる」
ジンさんの言葉を待たずに、砂が激しく舞い上がる。風を切る神速の足跡はすでに僕らを捉えていた。




