第17話 繋ぐ理知は闇に混じり
「はあっ……はあっ……」
北の荒野を一人走る、大柄な男の姿があった。
「結界に反応があったから来てみたら……人が降ってきてるじゃねぇか! どういう状況だ? まじで。敵か味方かもわかんねぇな。とりあえず、あのまま落ちたら死んじまう。助けて、捕まえよう」
男は落下する蒼人の真下へと全力で走り込む。
「ちょうどいい木がねぇな。……構成変えれば何とかなるか……よし!」
男は左の手のひらに、右の三本指を当てる。
「神装展開――『八咫蜘蛛』」
そう唱え、両手を大きく開く。
手のひらから伸びた光の糸は、みるみるうちに固く鋭い、杭状の針へと姿を変えていく。それを周囲の地面へと四方に放ち、深く突き刺した。
「もう、いっちょ」
再び、男が手を合わせる。もう一度生み出された糸は、今度は柔らかく、粘着性のあるものだった。
「よっ!」
それを器用に伸ばし、杭にかける。瞬く間に、巨大なネットが完成した。
◇
「クッソが!」
落ちている間も、先程のヤガミとの戦いの悔しさで溢れていた。
(……どうすれば、勝てる?)
ヤガミの力を目の当たりにして、勝つイメージが完全に消えてしまっていた。落ちているにも関わらず、僕は次の戦い方のことばかりを考えていた。
外の世界の風を切りながら落ちていく中で、僕は下にある存在に気づかなかった。
――ぼすんっ。
僕の身体は、柔らかい不思議な網に包まれた。
「なんだこれ? ……ベタベタしてる」
「よう。平気か?」
網の横には、サングラスをかけた、いかいにも怪しい男が立っていた。
「誰だ? あんた」
「あー、自己紹介は後でしてやる。とりあえず一個だけ聞きたい。お前は、佐伯か? それとも、それ以外か?」
(……こいつ、佐伯側か!)
「っ……僕は佐伯じゃない! 奴らを殺すのが僕の目的だ!」
刀を握り直し、糸を振り払おうとする。しかし、糸は動く度に深く絡みつく。
「おいおい、暴れんな。動けば、さらに絡むだけ。無駄だ。それに、お前が佐伯の仲間じゃないなら――俺はお前の味方だよ」
「味方……?」
「ああ。俺の事忘れちまったのか? 寂しいなぁ」
男はそう言いながら、かけていたサングラスを外す。
眉間に大きな切り傷。その顔に、僕は見覚えがあった。
「……ジンさん?」
「おお! そうだ。ジンさんだよ、ジンさん。久しいなぁ、蒼人」
その男は、僕が幼い頃、訓練を手伝ってくれていたジンさんだった。
「なんで、ジンさんがここにいるの?」
「それはこっちのセリフだ。俺はずっと佐伯を狩る瞬間を狙ってたんだよ。そこに急に現れたのはお前の方だ」
「僕は……じいちゃんに送られた、鈴木迅って人の手紙を見てここに来たんだ。佐伯一幸を殺すためにさ」
「俺が送った手紙じゃねぇか。気づかなかったのか? ……まぁ、それもそうか。子供が大人の名前なんか覚えてるわけねぇもんな」
「……ねぇ、ジンさん」
「ん?」
「いろいろ、話したいんだけど。とりあえず、降ろしてほしいな……」
「おお、そうだな。ちょっと、待て」
ジンさんがパンッと手を叩くと、糸から粘着が無くなり、さらさらと解けていく。光の粒子に変わり、ジンさんの手元へ集まって消えていった。
足が地面に着いた瞬間、ガクッと膝の力が完全に抜け落ちる。ジンさんが優しくその身体を受け止めてくれた。
「おっと……フラフラじゃねぇか。大丈夫かよ」
「うん……。多分ね」
急激に意識が飛びかける。おそらく、強化式――『創生』の過酷な反動だろう。無理矢理つなげた左腕が熱くなるのを感じる。
「おいおい……。お前……何を使った?」
「え……?」
ジンさんが僕の左腕をジッと見つめていた。
「ちっ……。とりあえずそのまま寝てろ。俺の隠れ家に行くぞ」
ジンさんは僕の顔に無造作にタオルを投げつける。ジンさんに身体を預けたまま、僕はほんの少し目を閉じた。
◇
パチパチと焚き火の爆ぜる音が聞こえる。頬を刺す火の灯りが心地よかった。
「おっ。起きたか?」
焚き火の横で野菜の皮を剥きながら、ジンさんが僕に声をかける。
「……ジンさん。ここは……?」
身体をグッと起こそうとする。しかし、左腕に上手く力が入らない。
「っ……!」
「おいおい、まだ寝てろ。腕もまだ痛むだろ」
「うん……」
僕は身体の力を抜き、ゴザの上に寝直した。
「あー。何から話そうか……。とりあえず、ここは安全だ。俺が結界を貼ってるから、トガビトも寄り付かない」
「そっか……。じゃあ、佐伯一幸達についてジンさんが知ってることを教えてよ。僕には情報がいるんだ」
「まてまて。焦んな、アホが」
「え……?」
ジンさんが顔をしかめて、ため息をつく。
「はぁー……。最初に俺はお前に説教をしなくちゃならない。お前……自分の身体に何をした?」
ジンさんは強い視線を僕に注ぐ。ジンさんが怒っているのはわかる。でも、なぜ怒っているのか僕には理解が出来なかった。
「蒼人、左腕見れるか?」
僕の左腕には白い糸が巻きついていた。
「お前を見つけた時、お前の左腕の傷が開き、崩壊を始めた。その直後に再生を始めた。それをここに辿り着くまでずっと繰り返していた。今は、俺の糸で強制的に繋ぎ合わせている。俺の糸は構成を変えることで、他者の治癒力の補助をできる。そのおかげかはわからないが、今、お前の腕は落ち着いている。でも、いつ、またおかしくなるか分からない。……お前はいったい、何をした?」
僕は左腕を押さえて、ゆっくりと口を開いた。
「……『秘術・創生論』。じいちゃんのノートにはそう書かれていたよ」
「創生論? なんだそれ。初めて聞いたぞ」
「簡単に言ってしまえば、生命を……創る技術だったんだ。僕はそれの一部を抜粋して、強化式に組み込んだんだ」
「生命を創るだと?……ありえない。茂じぃが、なぜそんな研究を?」
「僕は何も知らないよ。たまたま、じいちゃんの部屋でそのノートを見つけたんだ」
「そうか……。お前は悪くない。でも、それを理解して使えてしまったのが問題だ。いいか、蒼人。二度とそれを使うな」
「うん……。わかったよ」
僕はただ、静かに頷くしか無かった。
「……腹、減ったろ。飯食おうぜ」
ジンさんはそう言って、具材の詰まった温かいお椀を僕に差し出す。
「ありがとう……」
「おう。今日はもう食って、寝ろ。明日、また話しをしよう」
「うん」
僕は受け取ったお椀を口にかき込む。汁の温かさ、肉の脂が身体にしみる。災禍が起きてからの初めて食べた、まともな食事だった。
あっという間に平らげた僕を今度は眠気が襲う。僕は静かに瞼を閉じた。焚き火の弾ける音だけが、遠くに響いていた。
◇
――真っ暗な闇の中。
僕はただ立っていた。おそらくは夢。そんな気がする。
ポツポツと頬を水が打つ。
「……雨だ」
暗闇の中で降り出す雨は、まるであの日のよう。
バシャバシャと地面を蹴る音が背後から聞こえてくる。そのまま、僕を抜き去っていった。
「誰だろう……」
暗闇で誰なのかは判別はつかない。それでも、何故かその影を追わなければと僕は思った。
手を伸ばし、足を踏み出す。上手く走れない。影はどんどん遠くなっていく。
ダメだ。早く、早く、追いつかなければ。
早く、早く、この手で
――殺さなければ。
「――はぁっ……!」
呼吸が浅くなり、飛び起きる。背中は汗でびっしょりだった。
「……変な夢」
誰かを追うような夢。その影に、何を感じたのか。もう覚えていない。
「はぁ……。今、何時だろ」
ジンさんの隠れ家の天井から太陽が顔を覗かせている。気温も上がり、もう既に昼なのかもしれない。
災禍が起きてから、時間なんて気にしていなかったが起きる時はどうしても気にしてしまうようだ。
「ジンさんは……」
付近にはジンさんの姿は見当たらない。とりあえず会いに行こうと身体を起こす。
「うん……動けるな」
身体は不思議な程普通に動く。痛みも残っていない。
隠れ家の外は乾いた風が吹いていた。ここは遮るものの少ない、砂漠のような場所。建物にぶつかることのない直接的な風が僕の顔を打つ。
「……いた」
ジンさんは隠れ家のすぐ前にいた。神装の糸を使って、何かを作っているようだ。
「ジンさん、おはよ」
「おう、蒼人。やっと起きたか。寝坊助だなぁ」
「寝坊助って、まだ朝早いでしょ」
「何言ってんだ? もう昼近ぇよ。時間もわかってねぇのか。お前は」
「そうなこと言ったってしょうがないじゃん。携帯もないんだし」
「携帯が無けりゃ何も出来ねぇのか。この現代っ子が。……しょうがねぇな、ほらよ」
ジンさんはポケットから何かを取り出して、僕に投げた。
「わっ……。腕時計? ……くれるの?」
「ああ。つけとけ。時間がわかんねぇといつの間にか、腹減って死ぬぞ。それに、時間っていう決め事があれば戦いでも役に立つ。これから佐伯と戦うには必要なもんだ」
「わかった。ありがとう、ジンさん」
僕は左腕に腕時計をつけた。時計の針は、11時を指していた。僕の感覚はかなりズレているようだ。




