第16話 蒼い殺意は翼に抱かれ
チーン――。
無機質なエレベーターの到着音が、静まり返ったガレージに重々しく響き渡る。
僕は突き刺したばかりのトガビトから漆黒の刀を引き抜き、汚れを落とすように軽く一振りした。
トガビトの死骸が黒い灰となって空気中に舞い上がる中、僕はゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、あ 美宇を目の前で連れ去ったあの男――ヤガミだった。
「――ふっ、ハハハッ!!」
男は僕の姿を視界に捉えるなり、突如として笑い声を上げた。
「……何がおかしい。ヤガミ――ッ!」
「すまないな。あまりの変貌ぶりに、ついな。この短時間で一体何があった?」
口元に薄ら笑いを浮かべてはいるが、その双眸は冷徹に、静かに僕の実力を見定めている。
「何もねぇよ。ほんの少し――覚悟を決めただけだ」
「そうか。それはどんな覚悟だ? ……自ら死ににくる覚悟か?」
「はっ、お前らを殺す覚悟に決まってんだろ!」
言葉の破裂と同時に、僕は強化式――『攻』の出力を最大値まで跳ね上げた。体内の全回路が熱を帯びる。
――ダンッ!!!
ガレージの分厚いコンクリートの床が粉々に砕け散るほどの猛烈な踏み込み。僕はトップスピードのままヤガミへ一直線に飛び込み、手にした『骸月』を上段から全力で脳天へと振り下ろした。
――ギンッッ!!!
金属が激しく衝突する、耳を裂くような甲高い音が響き渡る。
刃がヤガミの首を捉える瞬間、虚空から現れた一枚の銀色のプレートが間に入り込み、僕の一撃を完璧に防御した。
「速いな。だが、それだけだ。……いいだろう。その程度の覚悟。少し、付き合ってやる」
ヤガミの背後の空間から、もう一枚、同様に浮遊するプレートが姿を現した。
ヤガミが指を鳴らした瞬間、高速で回転する二枚のプレートが意思を持った生き物のように空中で弾け飛び、僕の四方を全方位から切り刻んできた。
「くっ……!」
見えない軌道で迫る金属の刃を、僕は刀の腹で何とか防ぎながら、後ろに大きく跳んで距離をとった。
「どうした。私から距離を取るのは明らかな悪手だろ?」
ヤガミが右手を僕に指し示した瞬間、一枚のプレートが超高速で回転しながら、僕の胸を真っ二つに裂く軌道で射出されてきた。
ただ受けるだけでは、その凄まじい質量にそのまま押し潰される。かと言って避けても、この閉ざされた空間ではただの的になるだけだ。
僕はあえて刀を前に出し、刃の傾きで回転するプレートの威力を受け止めた。
「ぐっ……重っ……おっ、ラァ!!」
それを、左肩の関節を起点にして、強引に後ろへと受け流す。
プレートは火花を散らしながら、そのまま外へと弾き出された。
(……浮遊するプレートは残り一枚! 戻ってくる前に、一気に間合いを詰めて斬り込む!)
僕は間髪入れず、地面を爆発的に踏み込んだ。
しかし、ヤガミは不敵に唇を歪めたまま動かない。
――その瞬間、もう一枚のプレートが飛び出し、僕の死角から鋭く切りつけてきた。
変幻自在に動くプレートの猛攻。僕はそれを防ぐだけで精一杯になり、突進の軸を崩される。躱すことも、弾き返すこともできない。
「お前ごとき、一枚あれば事足りる。チャンスだとでも、勘違いしたか?」
「……うっるせぇな!」
僕は体勢を強引に捻り、激しい音とともにそのプレートを力任せに弾き、再び斬りかかった。
「もう遅い」
ヤガミが淡々と告げた時には、僕がさっき外へと弾き飛ばしたはずの一枚目のプレートが、すでに背後へと戻ってきていた。
「くっ――!」
「ほら。目を離すなよ」
僕の背後を強襲したプレートの刃が、無慈悲に僕の足を深く切り裂いた。
激痛に一瞬身体が怯んだところへ、続けざまに、二枚目のプレートが正面から飛びかかってくる。刀で受けるも防ぎきれず、鋭い金属の刃が、僕の脇腹を深く抉っていった。鮮血がコンクリートに飛び散る。
「……はぁっ。強化式――『回』!!」
すぐさま、強化式を傷口へ施し、細胞の自然治癒力を強制的に引き上げて傷を強引に塞ぐ。
しかし、これは肉体の生命力を前借りする諸刃の剣だ。体力の消耗が激しすぎるため、何度も連発できる代物ではない。
(……くっそ。何とかしないと、近づくことすら出来ずに削り殺される……)
ヤガミの操るあのプレートは自由自在すぎる。この狭い空間での相性は最悪だ。
「ときに、お前は祈りの丘に興味はあるか?」
「あ? 今、関係ないだろ……!」
「我々の目的は祈りの丘への到達だ。世界の真理を知り、世界を支配する。そんな、崇高な思いが我々にはある」
「何が崇高な思いだよ……! そんなくだらない事のために、町を壊し、じいちゃんを殺し、美宇を傷つけるのか!!」
「必要な犠牲だったのだろう。仕方ない」
「お前らは……。僕の殺意の方がよっぽど綺麗だよ。もう一度言う。お前ら全員、殺す!」
「そうか……。なら私もお前を殺さなくてはな」
強化式――『攻』を発動し、身体能力を最大限、引き上げる。身体中の骨と筋肉が限界を訴えて悲鳴をあげるが、そんなものは知ったことか。
ヤガミが右手を指し示す。
先ほどと同じ超高速のプレートが飛来する。それを、今度は受けずに肉体ごと紙一重で躱した。
そのまま壁に向かって走り込み、天井へと重力を無視した高速移動で伝いながら、ヤガミの頭上へと詰め寄る。
天井から神速で斬りかかる僕の軌跡を、しかし、ヤガミは完璧に捉えていた。
僕が到達する前に、二枚目のプレートが、迎撃のために僕へと射出される。壁を走っていた僕には、それを回避するための踏み切る足場が残されていなかった。
最悪のタイミングで放たれたプレートは、僕の左腕を正確に捉え――肘から下を、無慈悲に宙へと切り離した。
ドサリ、と自分の左腕が地面に落ちる。
――だが、そんなものは、最初から想定内だ。
「強化式――『創生』――ッ!!」
じいちゃんの部屋で見つけた禁忌の技術。その術式を脳内に強烈に刻み込んだ瞬間、切断された腕の断面の細胞が、爆発的に間を埋めるように異常な速度で再生を始めた。のたうち回りながら繋がっていく肉と血管。
瞬く間に、僕の左腕は元通りに繋ぎ合わさった。
ヤガミはその異常な自己再生能力には驚いているようだが、それでも引き際は冷静だった。すでに一枚目のプレートを手元に戻し、鉄壁の防御を完了させている。
「神装展開――『槍』――ッ!!」
僕は間髪入れず、左手で新たな神力を練り上げ、『骸月』の代わりに作り出したあの槍を具現化させた。再生したばかりの左手で槍を握り、切っ先に全力を込める。
「守りを壊すなら、刀じゃなくて――『槍』だろ!!」
咆哮とともに突き出された槍が、ヤガミの絶対防御のプレートを正面から捉えた。
凄まじい衝撃がガレージに走り、ヤガミのプレートに、ピキッ、と小さな亀裂が生まれた。
「なっ……! 結界を貫通する、だと……!?」
その一瞬を見逃さず、僕はさらに槍を押し込む。
亀裂は一瞬で全体へと広がり、ついにはヤガミのプレートを完全に貫通した。銀のプレートが、割れて光の破片となって崩れ去る。
(……チャンスだ、最大の隙――!!)
「おおおおお――ッ!!」
割れた盾の隙間へ強く踏み込み、右手の『骸月』を横一線に振るう。ヤガミの首元へ、あと数センチで刃が届く、その瞬間。
「壁!」
ヤガミが瞬時に強固な結界を作り出し、僕の刃は完全に遮断された。
「くっそ! あと少しなのに……!!」
「ふっ……。さすがに驚いたな。切り離した腕を再生させ、槍を使うか。……お前、私の下につかないか?」
「あ? つくわけないだろ、ふざけんじゃねぇ!」
「お前の強さも、その願いも、もっとより良いものにできるぞ」
「はんっ! 僕の願いは一個だけだ。お前らを、殺す! それだけだ、バカが!」
「……たった一つの思いで全てを凌駕する気か。クククッ。面白い。……私に冷や汗をかかせた、餞別だ。今回、私が手にかけるのはやめよう」
「はぁ……?」
次の瞬間、ヤガミの結界が爆発的な斥力を生み出し、僕の身体を外へと勢いよく押し出した。そのまま、僕の身体はガレージを突き破り、すり鉢状の崖の空高くへと放り出される。
「生きていれば、また会おう」
ヤガミのプレートが空間を切り取り、不気味な空間の裂け目を作り出す。
「ギャガァァ――!!」
その裂け目から、二体の飛行型トガビトが飛び出してきた。トガビトは僕に衝突し、そのまま崖の上へと押し上げていく。
――ドプンっ。
あの研究所を隠していた、謎の結界の外まで、僕は強制的に飛ばされてしまった。
「クッソが!」
トガビトはすぐさま斬り払うも、推進力を失った僕の身体は、そのまま荒野へ向かって落下を続けていた。
研究所の中にすら入れなかった。その悔しさだけが僕の頭を満たしていた。
――ガレージ。
ヤガミは、エレベーターの前で菅井蒼人の姿が遥か彼方へと見えなくなるのを、最後まで静かに確認していた。
「……久しぶりだったな。一瞬だが死を感じた」
ヤガミは額に流れる汗を手で拭う。
「菅井蒼人。……先生と同じような事を言っていたな。似ていないは、勘違いだったか」
ヤガミはどこか、嬉しそうな笑みを浮かべていた。




