9 ハルジオンの人
めぐみ先生は家に戻る途中で、道端に咲いているヒメジョオンの花を2本持ち帰りました。
本当はハルジオンがよかったのですが、ハルジオンは春に咲くので、今はありません。ヒメジョオンの花を透明のガラスの花瓶にさし、窓際に座って、過ぎた日々のことを思いました。
めぐみは小学校まではニューヨーク郊外のアーモンクというところで暮らし、それからニューヨークの中心マンハッタンに引っ越しし、中学の終わり頃に母親と東京に戻ってきました。それはお母さんが病気になったからです。
仕事がある父親と、アメリカの大学に進みたいと言った兄の洋はニューヨークに残り、母娘ふたりで帰国しました。
めぐみは東京の高校を卒業して、大学に進みました。将来は童話作家になれたらいいなと思っていましたが、自分がなれるとは思っていません。
母の病院から近い大学の文学部で勉強して、卒業したらどこかの会社で働き、母が元気になったら、お花見に連れていってあげたいというのが夢でした。母が桜を見たいと何度も言っていたからです。
でも、大学2年の春に、お母さんは癌に負けて、亡くなってしまいました。抗がん治療をして、めきめきと効果が現れて食欲が増したこともあったのですが、癌がまた襲ってきて、それに別の抗がん剤で対抗したのですが、だめでした。
お葬式が終わると父や兄も帰り、部屋にひとり、世界にぽつんとひとりという思いでした。
それまでも母は病院でしたから、家ではひとりで暮らしていましたが、母がこの世にいるといないとでは、全然違います。
広い東京でひとりになって、何を見ても空しい日々が続きました。何のために生きるのと思いました。
その頃には父も兄もアメリカの市民権を取っていて、めぐみにもアメリカに戻ってきたらと言ってくれましたが、アメリカに行っても、ママがいないことには変わりがありません。とにかく、日本の大学を卒業したら決めようと思いました。
春になると、母が見たかった桜が咲きました。桜は家の近くの土手に咲いているのですが、母はそこにすら行けなかったのです。3年生の時は悲しすぎて悔しいすぎて、桜を見に行けなかったのですが、4年生の春に、思い切って近くの土手の桜を見に行きました。
桜の下に立っていると、白いチョウチョが現れました。あっちに止まったり、こちらに止まったりするのですが、めぐみの近くを離れません。
「ママ? ママなの?」
めぐみがそう言うと、白いチョウチョが楽しいそうにひらひらと飛んで行きました。
ママが、こちらに来なさいと言っているのかしら。
めぐみがそのチョウチョを追いかけていくと、白いハルジオンの群生のあたりでいなくなりました。
あのチョウチョにもう一度会いたいなと思っていると、薄紫がかった白いハルジオンの中に埋まっていたのか、ひとりの男性がぬっと現れました。
「白いチョウチョを見ませんでしたか」
とめぐみがききました。
「いますよ。たくさんいますよ。チョウはハルジオンが大好きなんですから」
とその男性が言いました。
感じのよい人だと思いましたが、その時はそれだけでした。
ある朝、駅に向かっている時、立ち止まって木を眺めている男性がいました。葉っぱを手に取って、その裏を眺めています。
ここにも植物が好きな人がいるわと思ったら、「おはようございます」とその人が声をかけました。
「おはようございます。・・・・・・ああ、あのハルジオンの人」
めぐみが土手でのことを思い出すと、彼は大笑いしました。
そんなにおかしいかしら。
「ハルジオンって、貧乏草って呼ばれているから、ぼくにあまりにもぴったりだと思って笑ってしまいました」
「すみません」
「あやまることないですよ。ハルジオン、好きですから」
それから付き合いが始まったかというと、そんなに器用なめぐみではありません。あれ以来、会話もできません。
毎朝、地下鉄までの道で見かけることは見かけるのですが、ただ後ろ姿を見ているだけです。でも、その後ろ姿は、とても気に入っていました。
そのハルジオンがどんな人だとか、何の仕事をしているとか、苗字さえも知らなかったのですが、21年生きた経験とカンが働いたのでしょうか。
これが、よく小説とかドラマでいう「運命の人」なのかもしれないと思いました。
ある時、道路に飛び出そうとする小さな子供のそばに駆けよったところを見ました。やさしい人だ。これはもう決定打だと思いました。




