66 竜ヶ岳へ
31日の朝、めぐみ先生は畑野家にいるエドウィンをピックアップして、竜ヶ岳に向かいました。
初めは富士登山を計画していましたが、それがなんと山根埼教授教授のはったりで、実際にはできないことがわかって、竜ヶ岳に変更したのです。
竜ヶ岳までは3時間くらいです。竜ヶ岳に登ってから、本栖湖にある山根埼教授の別荘で大晦日を過ごし、元日には、富士山の日の出を見るという計画です。
富士山は標高3776mで、日本一の高さを誇ります。でも、登るとしたら、五合目からで、距離としては、1400mくらいです。
それで、この竜ヶ岳が1485m。
ちなみに大つた村のたぬき山は325m、
平家山は731m、
めぐみがよく行っている青ヵ岳は、1223mです。
ところで、めぐみは竜ヶ岳のことを調べてみたら、山梨県の「山のグレーディング」で難易度A判定となっていました。A判定というのは難易度がやさしいということで、初心者にも比較的登りやすい山だそうです。
めぐみはちょっとがっかりはしたのですが、冬山だから、特に気をつけなければなりません。めぐみは青ヵ岳でトレーニングをしてきましたし、装備もちゃんとしていますから、問題はなさそうです。ただ、エドウィンの運動能力がよくわからないので、不安がないわけではありません。
途中でエドウィンが運転をすると言いましたが、最初はめぐみがドライバー席です。
助手席の人が話をすることになったのですが、途中で何度も電話がはいり、話がさえぎられました。
電話は同じ人からで、エドウィンがそのたびに謝っているようです。
「何か悪いことした?ソーリーが多いよ」
「うん」とエドウィンが困り顔です。
「悪いことした?」
「まあ」
「誰?」
「メグの知らない人だよ。リュウノスケ・キリタニ」
どこかで聞いたような名前です。
「あー、知っている」とめぐみが叫びました。
「あのもんじゃ焼きの人でしょ」
「もんじゃ焼き?ああ、その人。よくわかったね。東大の数学科教授で、前から知っている。電話をしたら、秋葉原まで来てくれた」
壊れたスマホを直すためのツールと部品を買いに秋葉原に行った時に、助けてくれた人でした。
めぐみはその人が書いた畑野さんから本を借りていますが、まだ読んではいません。たしか、おばあさんが変わった人だと言っていた気がします。
「その人って、変人?」
「うーん。人は見方によっては誰でも、変な人じゃないかい」
「それはそうね」
「でも、確かに、理解できない部分はあるなぁ とエドウィンが言ったとたん、また彼から電話がありました。エドウィンがまた謝っています。
桐谷先生はエドウィンの助けが必要なので、富士山から帰ったら、東京に来てほしいと言うのです。
でも、エドウィンは1月1日に帰り、2日は畑野家でお正月を祝うことになっています。そこにはめぐみも参加して、夜はふたりで買い物に行く予定です。
3日は大つた村へ行き、子供たちと会う約束があります。そして、4日にはアメリカに帰るので、東京に行く時間はありません。
「リュウノスケは、説明するたびにわかったと言うんだけど、10分で忘れてしまうらしくて、また電話がかかってくるんだ。ここのところは、やっぱり変わっているかな」とエドウィンが笑いました。
めぐみはエドウィンが生徒との約束をしっかりと覚えてくれているのをとてもうれしく思いました。
「リュウノスケの変わったところをもうひとつ思い出した」
「それはなに」
「彼はぎりぎりまで、ガス(ガソリン)をいれないんだよ。この間も、ガス欠のグリーンのランプがついていた」
「どうしてなの?」
「中途半端はいやなんだって。ランプがついても30分は走れると言っている」
「それで困ったことって、ないのかしら」
「あったとしても、困ったことは忘れてしまうみたいなんだ」
エドウィンが何かを思い出して、笑い出しました。
「リュウノスケはよいことだけ、覚えているんだ」
エドウィンはこんな話をしました。
桐谷先生と初めて出会ったのは、テキサスのダラスで開かれた学会でした。
ふたりは知り合ったばかりでしたが、リュウノスケはヒューストンから車を運転してきているので、これでドライブに行こうと誘いました。
「テキサスを運転してみたいんだ。アラスカに次いで、二番目に広い州なんだから、それを体感したい」
でも、ひとりで行くのは不安だから、一緒に来てほしいというのです。
エドウィンもテキサスの田舎は見たことがなかったので、おもしろそうだと思ってその話に乗りました。
運転していくと、一面に綿花畑がどこまでも広がり、白いコットンの花が咲いていました。
エドウィンはこういう景色は見たことがなかったので、来てよかったと思いました。
その時、リュウノスケがコットン畑の真ん中の細い道をドライブしていたのですが、急に車をストップさせました。
そして、ぽつりと「ガソリンが切れそうだ」
その時はGPSというものがなく、今、どこにいるのかさえ、わかりません。
ふたりは地図を眺めながら、「ガソリンスタンドはどこにあるのだろうか。進むべきか、返すべきか」と考えました。
時は真夏で、車内でも、テキサスの太陽をじりじりと感じました。
「ここで死んだら、カラカラのミイラか」
リュウノスケは顔を引きつらせて笑い、手に何かを載せるポーズをしました。そこに自分の骸骨が載っていることを想像しているみたいでした。彼はなぜか骸骨が好きなのでした。




