61 リバー先生の発表
28日の夜に、エドウィンから電話がありました。
30日の夜には畑野さんのところに戻れるから、31日の朝、めぐみが彼を車で迎えに行き、いよいよ富士山に向かうという打ち合わせです。
「研究のほうはうまく進んでいる?」
「うん、うまくいってるよ。メグのほうは」
めぐみはリバー先生が学会で、大つた村で見つかった「ユリウス」の新種について発表することになったことを話しました。
オーストラリアの北東部に生存する「ユリウス」は国にとってもとても大事なチョウで、この新種が日本にいるかもしれないという説は大いに歓迎され、意外にもあっさりと許可が出たのでした。また政府観光局も関心をもち、発表の日には新聞記者たちが来ることになっています。
「それでなくてもプレッシャーなのに、リバー先生は大変。論文をまとめて、資料を作って、スピーチを練習して、暗記して……」
「彼、英語はどうなの?」
「読めるけど、発音はまあまあ。Butterflyが Butterfry(バターのから揚げ)になっちゃうわ」
「ああ、発音なんか問題ないよ」
とエドウィンがあっさりと言いました。
「国際会議では、いろんな国の学者が来て、いろんな発音で話しているんだし、チョウのことがテーマなんだから、誰もから揚げだとは思わない。そんなあげ足をとる学者はいないはず。だから、発音の練習に使う時間があったら、資料をそろえたほうがいい」
「わかったわ」
めぐみはリバー先生に伝えることをメモしました。
「他にアドバイスはある?」
「数学と自然科学とでは証明の仕方も違うから、どんなアドバイスをすればよいのか、よくわからないなぁ」
「彼、ここずっと、眠れていないみたい」
「彼、お腹、こわしてる?」
「そうなのよ。よくわかるわね」とめぐみが驚きました。
「実は今もテレビ会議中なんだけど、リバー先生がトイレに走ったところ。もう何回もそうなの」
「それ、神経的なものだよ。ぼくも、そうだった」
「そうなの?えっちゃんもそうだったなんて、知らなかった」
「そんなこと、メグに言えるかい。最初、授業で教えたり、学会で発表する前は、いつも腹をこわしていたよ」
「その時、どうしたの?」
「塩、なめてた」
「塩は効果があるの?」
「知らないけど、身体から塩がなくならないように。でも、最近では、薬局に行けば、一発で下痢を止める薬があるそうだよ」
「そんなの身体に悪いんじゃない?」
「そうかもしれない。でも、人生に何度かは、何日も寝ないとか、塩をなめるとか、下痢止めを飲むとか、そういうことをしなくてはならない時があるんじゃないのかい」
「そうね。それも、伝えてみます」
「今はどんな名優が論文をミスなく読んだとしても、リバー先生の発表にはかなわないだろう。彼はたどたどしくていいんだよ。彼にはやるんだという情熱があるからね」
「そうね。ほかにアドバイスは、ある?」
「一番伝えたいことを明確にし、資料をしっかりと用意し、あとは深呼吸かな。特に新しいことはないよ。発表者の誰もが通る道だしね」
「ああ、画面にリバー先生が戻ってきた」
今、エドウィン先生に、アドバイスをきいていたところというめぐみの声が聞こえてきました。
「すみません。お世話になっています」
リバー先生が画面の中で、頭を下げました。
「もう少しですね」とエドウィンが言いました。
「あのう、質問いいですか」
とリバー先生。
「どうぞ」
「発表が終わって、質問されますよね。その時、意味がわからなくて立ち往生なんかしたことありますか。そんな夢ばかり見ちゃって、汗かいて、飛び起きます」
「ありますよ、大ありです」
「そんな時、どうしましたか」
「そういう時は、とにかく、自分を落ち着かせることです。質問者に対して、それはよい質問ですね、とか、ありがとう、そういう考え方もあったんですね、と言って時間をかせいで、その間に、答えを考える、そういう方法を学びました」
「そうかぁ、なるほど。ありがとうございます。エドウィン先生でも、そうだったのかと思ったら、少し気持ちが楽になりました。」
「貴重な経験ですからね、あわてないで、がんばってください」
「はい」
「ここで切るけど、後で時間ができたら、電話をして」
とエドウィンがめぐみに言いました。




