58. ユリシスの長い旅
めぐみがお店に行くと、愛子ちゃんの父親がカウンターにいました。
いつき先生の同僚のリバー先生が、オーストラリアの学会に出席していて、緊急に青いチョウの写真が必要なことを話しました。
愛子パパは、すぐに、日てふてふクラブのメンバーに声をかけてみると言ってくれました。日曜日なので、家族と出かけてしまった者もいるから、どのくらい集まれるかはわからないけれど。
その集合場所はめぐみの家で、午後の4時ということなりました。
オーストラリアのパースの時刻では午後3時、リバー先生がコンピュータの前に待機していて、2ヵ国間で、ビデオ会議をします。
午後4時近くになり、日てふてふクラブからは7人が参加できました。 それに、もうひとり、愛子ちゃんがやってきました。
コンピュータの画面がオンになり、川口けんじ先生の顔が現れました。
「ユーチューブ、昆虫たのしいのリバー先生です」とめぐみが紹介しました。
「みなさん、お忙しいところをすみません。どうかお力を貸してください」と川口けんじがあいさつをしました。
「実はぼくは2代目のリバーで、初代のリバー先生は中川いつき先生です」
メンバーがおおっと声をあげました。
「私は2代目の日てふてふクラブのリーダです。初代はいつき先生です」
と愛子パパが言い、みんなが笑いました。
リバー先生は、いつき先生が残したスマホの写真に、チョウの卵が写っていました。それが、もしかしたら、オーストラリアにしかいない「ユリシス」の新種かもしれません。先週の学会では、ユリシスらしいチョウがシンガポールと台湾で見られたと発表されました。
そのことから、ユリシスはさらに北上して、日本の大つた村の山で生きていると考えられないこともありません。
それが立証できたら、大発見です。
リバー先生は、南の熱帯に住んでいたチョウがなぜ長い旅をして、日本のこの村にたどりついたのか、仮説をたてているところなのだと言いました。
メンバーのひとりが、「おれは、いつき先生に平家山で青いチョウを見かけた話をしたことがある」と言いました。
「ああ、その方があなたでしたか。あの時、いつき先生はとても感激されていました」とリバー先生がうれしそうな声を出しました。
メンバーの誰もが青いチョウは見たことはあるのですが、日本にも青いチョウはたくさんいます。アオスジアゲハ、紫シジミ、ルリタテハ、ルリシジミ、その変種など。でも、それが南の国のチョウが海を渡って飛んできたかもしれないなどとは想像もしていませんでした。
「みなさんのところに、青いチョウの写真はありますか」とリバー先生がききました。
「うちに帰って、探してみます」
メンバーが口々に言いました。
リバー先生が画面に「ユリシス」の写真をアップして、特徴を説明しました。
メンバーが捕ったチョウの写真は、たぶん2万枚はあるでしょう。
その中からユリシスに似たチョウの写真を見つけて、直接、リバー先生のところに送付することになりました。メンバーは写真を探すために、すぐに帰っていきました。
めぐみはこの村と平家山の様子を撮影する仕事を頼まれました。
わたしも、ユリシスの卵を探してみたい。冬眠している卵を見つけて育て、部屋で飛ばしてみたいと思いました。
いつきさんは「こうご期待」と書いてくれました。でも、彼はそれを実現できませんでした。だからめぐみはその続きを、自分でやってみたいと思いました。




