56 オーストラリアからの電話
いつきさんのスマホに残っていた写真には、透き通った丸い水滴のような昆虫の卵がたくさん写っていました。
めぐみはそのコピーをいつきさんのお母さん、エドウィン、そして、いつきさんの研究室の同僚だったリバー先生こと川口けんじ先生に送りました。
するとすぐに電話がかかってきました。
誰かしらと思ったら、それはリバー先生でした。
彼は国際昆虫学会に出席するために、オーストラリアのパースに来ていました。今、南半球のオーストラリアは夏で、日本とは1時間の違いがあります。
「それはチョウの卵の写真です。何枚ありますか」
リバー先生は早口です。
「4枚です」
「すぐに全部送ってくださいませんか。詳しいことは帰国した時に話します」
何やらすごく興ふんしている様子です。とても急いでいるようなので、めぐみは電話を切って、すぐに残りの写真を送りました。
いつきさんのさいごのメッセージには、「見つけた。こうご期待」と書いてありました。
こうご期待って、何かしらと思い続けてきましたが、リバー先生が学会から帰ってきたら、尋ねてみようと思います。
その後で、京都のエドウィンから電話がありました。
「スマホがひらいてよかったね。パスコードは簡単に見つかったのかい」
めぐみは回数的にぎりぎりだったけれど、れいかちゃんが「まいったね」から「0132」を思いついたのだと答えました。
「アメージング」
「スマホにあった写真を、いつきさんの同僚だったリバー先生に送ったところ」
「まいったねって、メグの口ぐせ、それともイツキの口ぐせなのかい?」
えっちゃんが「イツキ」と呼び捨てなのは、アメリカ式だからです。
「たぶん、わたしの」
めぐみの記憶の中では、いつきさんは「まいったね」と言ったことがありませんから。
「イツキはメグの言葉、よく聞いていたね」
「えっちやん、わたし、まいったね、ってよく言う?」
「そう言えば、あれはまいったね、だったのか。メグはよく、『まってて』と言っていたけど、あれは『まいったね』だったのか。ぼくは待っててだと思って、次の言葉がでるまで、待っていたことがあるよ」
「えー、そうなの」
そう言えば、なにか、エドウィンが突然、黙ってしまった場面があったような気がします。あれはそういうことだったのかもしれないと思いました。
めぐみはエドウィンをゴロ合わせ数字で書くと、「0101」だと教えました。
「それはいいね。今度、何かに使おう」と喜んでいるみたいでした。
めぐみはクリスマスイブに、生徒たちと「ハッピーバースデー」を歌ったことを話しました。
「それ、いいね。さいこうのイブじゃないか」
「ところで、言わなきゃならないことがある」とえっちゃんが、少し神妙な声を出しました。
「なに」
「ソーリー」
ええっ。
「それが、富士登山は山根埼教授のブラフ(はったり)だった」
エドウィンが申し訳なさそうな声を出しました。
「どうして」
「教授も登ったことがないけど、まさかぼくが本気で登るとは想像してもいなかったから、自慢してしまったらしい。冬の富士登山は危険だって言われた。というか、禁止なんだ」
「わたしも冬はだめな気がしたけど、えっちゃんが大丈夫って言うから、そうなのかなと思っていたけど」
「ごめん。でも、メグが信じてくれて、うれしい」
「えっちゃんって、どこまでも、ポジティブね」
「それで、教授が 山梨県の本栖湖に別荘があるから来ないかと言うんだ。そこからの富士は絶景で、ダイヤモンドみたいな富士の日の出が見られるそうだよ。それは本当だって」
「いいわね。それに、そのほうが絶対に安全だわ」
「それから、行く途中で、竜ヶ岳という山があるんだけど、そこに登ればどうかって勧められたよ。その山は、冬でも、大丈夫だそうだよ」
「竜ヶ岳の標高は何メートル?」
「1458メートル」
「富士の半分以下ね。そうね、こちらにしましょう」
「決断、早いね」
「心配していたので、安心したわ」
「よかった。しかられるかと思った」
「わたし、しかったことなんて、ある?」
「あるよ。どんな時だったのかは忘れたけれど、あったと…思うよ」
「突然秋葉原に行った時だって、しからなかったでしょ。ものすごく心配してたんだけど。でも、スマホを直してくれて、感謝しています。ありがとう」
「いいよ、そんなこと」
「ところで、えっちゃんはどんなクリスマスイブを迎えているの?」
「ずうっと研究室だよ。今、仲間が食べ物を買いに行ってる。そんなイブだよ」
「えっちゃんはいつも忙しいね」
「でも、今、ゴロ合わせ数字とハッピーバースデーの話を聞いたし、富士山をキャンセルしても、メグにしかられなかったし。楽しいイブになったよ」
「それは、まいったね」とめぐみが笑いました。
「それ、0132だろ」と0101が返しました。




