48 えっちゃんとモンブラン
めぐみはホットプレートをテーブルの上に出しながら、やっぱりついて行くべきだったと後悔していました。
ツールを探すのに時間がかかったら、夕食は町のレストランで食べて、えっちゃんを畑野家に送り届けて、自分が車を運転して帰ってくればよいのだから。 どうしてそういうことがすぐに浮かばなかったのかしら。
わたしにはそういうアイデアすぐには浮かばないのよね、とめぐみは思いました。
えっちゃんは、すぐに思いついて、すぐに実行できる、
決断の速さと実行力、それが彼とわたしの大きな違いかしら。もちろん、それだけではないけれどね。
めぐみは教師になると決めるのに2年、準備に1年かかりました。
えっちゃんは18歳でハーバードに来て、すぐに教え始め、3ヵ月後にはドクターコースにも進みました。
天才の真似はできなよねー、とめぐみは思いました。
「友達としては頼りになるけれど、ああいう人と暮らすとしたら、それは大変、できないわね」
エドウィンはこうやってどこまでも駆け続けて、手の届かない遠くへ行ってしまう人なのだろうと思うと、なんだか寂しくなりました。
そんなことをあれこれ考えていたら、エドウィンからTEXTが届きました。
「Going to Akibahara(アキバハラに行く)」と書いてあります。
OMG!
Akibahara というのはアキハバラ、東京の秋葉原のことよね、とめぐみは思いました。
東京駅が一番難しいと言っているエドウィンが、秋葉原に行って、お店を探せるものだろうかと不安になりました。東京がどのくらい遠いのか、わかっているのでしょうか。
気持ちとしては、「なんてクレージーな人なの」、「スマホはいいから、すぐに帰ってきなさい」、「いったい何を考えているの」と叫びたいところですが、今は運転に集中してほしいので、「気をつけて」とだけ書いて送りました。
めぐみは不安がいっぱいすぎて、何も手につきません。
部屋の中を歩き回っていると、窓のカーテンに、車のライトが映りました。
急いでカーテンをあけると、見えたのはパトカーです。
ああ、えっちゃん、やってしまったのか!
めぐみは息ができなくなりました。
足を引っぱってでも、行かせるべきではなかったと後悔しました。
でも、今さっき、連絡をもらったのだから、早すぎない?
めぐみが急いで玄関に行ってドアをあけると、車からふたりの子供が下りて、こちらに向かって走ってきました。
愛子とくるみです。
ゆうかい未遂?
いじめ?
冷たい汗が流れましたが、後ろからルツ子巡査がにこにこと歩いてきたのを見て、めぐみ先生は自分を取り戻しました。
「エドウィン先生は?」
というのが子供たちの第一声でした。
ルツ子巡査は最後のパトロールをして派出所に戻ろうとしていた時、ふたりの子供が道の横を歩いているのを見かけました。きいてみると、エドウィン先生に会いにめぐみ先生の家に行くと言います。夜道は暗くて危険なので、ここまで連れてきたというわけです。
エドウィン先生は昼間、愛子の店にランチを買いにきました。その時、愛子はめぐみ先生の好きなものはおにぎりとモンブランだと教えたら、エドウィン先生はシャケとツナマヨのおにぎりとジュースを買いました。
めぐみ先生が大好きデザートはモンブランだと教えると、「帰りに買うよ」と言いました。でも、いつまで待っても店に来ないので、愛子が届けにきたのです。
くるみのほうは将棋教室に行く途中で、エドウィン先生と会いました。その時、女性の数学者のことをききました。
ソフィア・コワレフスカヤは国で最初の大学教授になり、スタンフォード大学のマリアムというイラン人は、若いのにすごい賞を取ったなどの話です。夜に愛子に電話をして、そのことを話し、「わたしも、数学者になりたい」とくるみが言いました。
それで、どうやったら数学者になれるのか、エドウィン先生にききに行こうということになったのです。
「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに、エドウィン先生は秋葉原に行ってしまいました」
めぐみ先生は少し困った顔をして言いました。
「秋葉原は遠いよ」
「どうして行ったのぉー」
子供たちが口々に言いました。
どうして、今夜、そこまでしなければならないのか。
どうして、そんな遠くまで行くことになったのか、めぐみにもわかりません。
おいしそうなモンブランを見ていると、また悲しくなりました。




