44 不可能の隣り
道の両側には、まるで人が頭の上で両手をあげているような形をした木々が並んでいました。黄色い葉に見えましたが、そばに行くと赤くなっている葉もあります。
エドウィンは道をまっすぐに歩いて行き、平家山に登ることにしました。
水音が聞こえたので音のほうに行ってみると、小川がありました。そばに行くと、川は思ったよりも急な流れでした。
水は透明ですが、途中で石を飛び越えるので、その部分は白い流れる模様になっていました。こんなふうに、じっくりと自然の中で水を眺めたことがありません。
平家山は難しいようには見えなかったのですが、登り始めると、濡れた落ち葉が重なっていて、道がすべります。
今日は生徒に会うためにスーツを着て、それに合わせた革靴をはいてきたので、登山には向いてはいません。でも、せっかくなので、行けるところまで行こうと決めました。
目の下に見える崖の切り立ったような崖面に、薄い紫の花がひっそり咲いていました。
胡蝶蘭を小さくしたような花で、東洋の国のプリンスを思わせるとても美しいです。そこまで下りていって、写真を撮って、メグに見せたいと思いました。
でも、それは無理です。あそこまでは、行けません。
エドウィンは、さっき子供達に「そのぎりぎりのところに、何か大きなものがあるみたいなんだよ」と言ったのですが、うまく言葉で説明ができませんでした。
人がよく目にする場所や、簡単に行ける場所には、こういう花は咲いていないのではないかと思いました。
たとえば、真実は人を寄せつけない崖に咲いているこういう花。
たとえば、真実はブロードウェイ(大通り)ではなくて、小さな路地に咲いている花。
でも、すべては行き止まりと思ったところから始まるのではないかと思い、今考えている数学の理論を頭で考えてみました。
「Next to Impossible(不可能の隣り)」
ほぼ無理なところの近くに真実がある。
ぼくは真実のすぐそばまで来ているのだろうか、と彼は思いました。
エドウィンは眺めのよい場所にすわり、青ヶ岳を眺めながら、おにぎりを食べました。
なんておいしいんだと思って、何度もおにぎりとにらめっこをしました。
こんなにゆっくりと食事をしたことがなかったように思いました。
ニューヨーク・ミニット(速く時間がすぎること)で生きているエドウィンにとっては、初めてののんびりした時間でした。
食べ終わると、時差がおそってきたのか、急に眠くなりました。
それで、ピクニックテーブルのところに行き、少しだけ、その上で横になることにしました。座っていた時には白いビニールを敷いていたのですが、寝るには小さすぎました。
ジャケットを汚さないように脱いで、身体の上にかけて寝ることにしました。
「大丈夫ですか。ハロー、ハロー」
という女性の声がきこえました。
エドウィンが薄目をあけてみると、黒い影が見えました。
だれ?
どのくらい眠っていたのでしょうか。
5分かもしれないし、2時間のようにも思えます。
時計を見ようとしても、なかなか目があかなくて、数字が見えません。




