42. ミュージカル「アニー」
エドウィンが一番ハッピーだった日は、ハーバードから手紙をもらった日か、アメリカに着いた日か、ニューヨークの大学で教授になった日か、そのどれかだとめぐみ先生は思いました。
でも、エドウィンの答えは違いました。
彼は「ブロードウェイでミュージカルのアニーを観た日」と答えました。
「そのミュージカルのどこが、そんなによかったのですか」と愛子がききました。
それは、エドウィンはボストンからニューヨークに引っ越してきて、2年くらいたった時のことでした。
その頃、遠くから友達がやってきました。その友達とは前にも会ったことがあり、全然知らないというわけではなかったのですが、その時、友達には悲しいことがあって、心がふさいでいました。
エドウィンも母親と長く別れてくらしていたので、母親のことが心配でした。とても会いたかったのです。
でも、彼はその頃、アメリカ市民権を取り、アメリカ人になっていました。国を出る時に3ヶ月で帰るという約束も守らなかったので、母親に会いに国に帰ったらどうなるのか、ふたたびアメリカにもどって来られるのか、それもわかりませんでした。
エドウィンと友達は気分を変えるために、よくセントラルパークを散歩しました。セントラルパークはニューヨークの真ん中にある広い公園です。
とても美しい公園なのですが、何かにつけて、ふたりの気はすぐ気が沈んでしまいました。青い空を見ても、輝いている木々の葉を見ても、公園を仲良く歩いている幸せそうな人達を見ても、灰色がかって見えるのです。
ある日、エドウィンは知人から切符をもらったので、その友達をさそって、ミュージカルを見にいくことにしました。それは、オフブロードウェイの小さな劇場でお昼に上演されている「アニー」でした。
出演者のほとんどが子供でした。
小さな子供たちが歌ったり、踊ったりしました。
子供たちは、とても一生けんめいです。
舞台が小さいので、その汗が飛び散ってくるくらいです。
それを見終わった時、友達の真っ白だった顔がピンク色に代わっていて、瞳が輝いていました。
「わたし、日本に帰って、がんばってみる」とその友達が言いました。
ぼくも、ここでがんばるしかないなとエドウィンも思いました。
「その日が、一番うれしい日」
とエドウィンが言いました。
生徒たちは、祖国にいるお母さんに会えたわけでもないのに、どこがハッピーなのかちょっと理解ができなくて考えこみました。
「その友達って、めぐみ先生ですか」
とれいかがききました。
ああ、そういうことなのか、とみんなも気がつきました
そう言えば、そんなことがあったわ。アニーを観にいったわ、とめぐみ先生は思い出しました。
「そうだよ。その友達がきみたちの先生だよ」とエドウィンが言いました。
「エドウィン先生はめぐみ先生が好きなの?」とくるみがききました。
クラスが急に静かになりました。
「うん。大好きだよ」とエドウィンが答えました。
生徒たちはキャーと叫んで、「すきだって」、「まじかよ」、「結婚するんじゃろか」と大騒ぎになりました。
めぐみ先生がすごくあわてました。
「みなさんは、エドウィン先生が冗談ばかりいう先生だと知っていますよね。本気で聞かないようにしましょう」
そして、エドウィンのほうを見て、早口の英語で、
「ここは小学校なのですから、言うことには気をつけて」と小声で叱りました。
「うそを言ったほうがいいのかい」とエドウィンが言いました。
それをまたれいかが訳したので、みんなが笑いました。




