表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/85

40 めぐみ先生の一番ハッピーな日

 めぐみ先生が一番ハッピーだった日、それは小学校5年生の時のことです。


 その頃はニューヨークの郊外に住んでいました。家の近くにはITシステムやコンサルティングの事業を展開している会社があり、このあたりに住んでいる人の多くがその会社で働いていました。めぐみのパパもそうでした。


 めぐみは地元の小学校に通っていました。朝はパパと一緒に車で出かけ、学校前で下ろしてもらいました。帰りは20分くらいの道を歩いて帰りました。


 途中に大きな雑木林があり、その横を歩きます。

 秋にはグレープフルーツくらい大きな松ぼっくりが落ちていて、それを拾って、ママとクリスマスの飾りを作ったことがありました。


 ある日、雑木林の横をあるいた時、誰かが見ている気がして、ふと振り返ると、そこに犬がいました。捨てられたのでしょうか。とてもやせていて、かなしそうに見えました。めぐみが近づいていくと、その犬は雑木林の中に、とぼとぼと戻っていきました。


 毎日、めぐみが歩くと姿をみせ、でも、近づくと、いなくなります。その犬は黒いので、「ブラッキー」と呼ぶことにしました。


 めぐみはママに相談して、食べ物を持っていきました。食べ物を置いておくて食べますが、近寄ると、やはりいなくなってしまいます。


 でも、だんだんと慣れてきて、食べている最中に、そっと頭をなでることができるようになりました。もう少しで、うちに連れて帰れるかもしれないと思っていました。


 そんなある日、めぐみは子供たちがブラッキーをいじめているところを見ました。「野良犬だ」、「狂犬」だと言って、枝をもって追いかけ回していました。どうにかしたいと思っていましたが、めぐみには、よいアイデアが浮かびませでした。


 ある時、子供のひとりがブラッキーにかまれて怪我をしたという知らせがあり、テレビニュースにもなり、学校では保護者会議がひらかれました。


 ブラッキーはそんな犬ではない。

 子供たちがいじめたので反撃をしたのか、もしかしたら、その子供は犬を追いかけていて、転んだのかもしれません。


 でも、それを声に出して、言うことができません。

 アメリカの人達ははっきりと意見をのべる人が多いですし、それも、大きな声で、休みなくしゃべり続けます。

 ママも保護者会議には出かけたのですが、みんなの前でブラッキーは悪くないということを話す英語力も、度胸もありませんでした。


 保護者達は、子供を守るために、その野良犬をつかまえて、アニマルコントロール(動物管理局)で処理してもらおうということになりました。


 その週末に、父兄たちが雑木林に集合しました。

警察官も来て、東と西のふたつのグルーブに分かれて、犬を両側から追いつめてつかまえる、という作戦です。


 めぐみのママも参加しましたが、みんな、ハンティング気分で興奮していて、とても止められそうにもありません。


 ママとめぐみは作戦を立てました。車を移動させて、雑木林の真ん中あたりの道路の横に止めました。ここにいたら、ブラッキーが逃げてくるかもしれません。


 人々の声が聞こえてきました。だんだんと大きくなります。


 その時、めぐみは木々の間を逃げるブラッキーを発見しました。

 すぐに車のドアをあけて、叫びました。

「ブラッキー、走って。ブラッキー、走って」


「ブラッキー、こっちにおいで」

 と叫んだ時、雑木林の中から黒い姿が見えて、めぐみのほうに走ってきて、開いたドアから車の中にさっと飛び込み、うしろの座席にちょこんとすわりました。


 やった!


 めぐみはブラッキーを毛布でかくし、ママが車をスタートさせました。


 ブラッキーは毛布から目をのぞかせて、車の内部をきょろきょろ見ていました。

「ママ、ブラッキーは昔のことを思い出したのではないかしら」

 とめぐみが言うと、ママも「きっとそうね」とうなずきました。


 獣医のところに連れて行くと、この犬はたぶんオーストラリアン・キャトルドッグのメスで、かなりの高齢で、白内障が進んでいることがわかりました。

 キャトルドッグは飼い主には従順だけれど、実は気が弱く、攻撃されると反撃する性格。この犬は手にいれにくく、野良犬ということはありえないと教えてくれました。


 警察や保護者会がまだ犬を探し続けていたので、ママとめぐみは、今度は「動物保護団体」のところへ行きました。


 ママが英語がそれほど上手ではなかったので、めぐみが説明をしました。

 めぐみは英語はできたのですが、こういう大人の前では、話したことがありません。

 でも、がんばりました。


「この犬はきっと飼い主を必死で探していたと思いますが、その間に、人からいじめられて、時には動物から追いかけられて、何もかもがこわくなっていたのだと思います。ブラッキーは、自分から、人をおそったりなどしません。助けてください」

 めぐみは話しているうちに、迷子になったブラッキーがかわいそうになって、涙がぽろぽろと流れました。すると、動物愛護団体が力になってくれると約束してくれました。専門の弁護士がいるから、頼んでみましょう。


 でも、ブラッキーは子供をかんだと疑われているので、そのまま、うちに連れて帰ることはできず、愛護団体が預かることになりました。


 それから、ひと月くらいたったある日、めぐみの家のドライブウェイに車が止まって、中から動物愛護団体の人が下りてきました。

 彼が後ろのドアをあけると、中からブラッキーが飛びおり、めぐみをめざして、駆けてきました。

 そして、めぐみに飛びつきました。

 ブラッキーがどんなに会いたがってくれていたか、わかりました。


「それが、わたしの一番うれしかった日です。ブラッキーがうちに来た日です」

 とめぐみ先生が言うと、生徒たちが拍手をしました。


 その後、めぐみ先生はニューヨークの中心、マンハッタンに引っ越ししたのですが、その時もいっしょでした。学校から帰ると、毎日、セントラルパークに散歩に出かけたものです。


「ブラッキーはおばあちゃんだったので、あれから3年くらいで死んでしまったけれど、ブラッキーとの日々は、とてもハッピーでした」

 

「先生、よくがんばったね」

「すごい」と生徒たちが口々に言いました。


 まいったね。

 あの日から、15年もたって、生徒たちからほめられちゃったわ、とめぐみ先生は照れました。


 その時、廊下側の窓をコンコンと叩く音が聞こえました。

 窓のほうを見ると、そこにいたのはエドウィンでした。


 えっちゃんが、どうして、ここにいるの?

 まさか、今の話、聞いていなかったわよね、とめぐみ先生はあせりました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ