40 めぐみ先生の一番ハッピーな日
めぐみ先生が一番ハッピーだった日、それは小学校5年生の時のことです。
その頃はニューヨークの郊外に住んでいました。家の近くにはITシステムやコンサルティングの事業を展開している会社があり、このあたりに住んでいる人の多くがその会社で働いていました。めぐみのパパもそうでした。
めぐみは地元の小学校に通っていました。朝はパパと一緒に車で出かけ、学校前で下ろしてもらいました。帰りは20分くらいの道を歩いて帰りました。
途中に大きな雑木林があり、その横を歩きます。
秋にはグレープフルーツくらい大きな松ぼっくりが落ちていて、それを拾って、ママとクリスマスの飾りを作ったことがありました。
ある日、雑木林の横をあるいた時、誰かが見ている気がして、ふと振り返ると、そこに犬がいました。捨てられたのでしょうか。とてもやせていて、かなしそうに見えました。めぐみが近づいていくと、その犬は雑木林の中に、とぼとぼと戻っていきました。
毎日、めぐみが歩くと姿をみせ、でも、近づくと、いなくなります。その犬は黒いので、「ブラッキー」と呼ぶことにしました。
めぐみはママに相談して、食べ物を持っていきました。食べ物を置いておくて食べますが、近寄ると、やはりいなくなってしまいます。
でも、だんだんと慣れてきて、食べている最中に、そっと頭をなでることができるようになりました。もう少しで、うちに連れて帰れるかもしれないと思っていました。
そんなある日、めぐみは子供たちがブラッキーをいじめているところを見ました。「野良犬だ」、「狂犬」だと言って、枝をもって追いかけ回していました。どうにかしたいと思っていましたが、めぐみには、よいアイデアが浮かびませでした。
ある時、子供のひとりがブラッキーにかまれて怪我をしたという知らせがあり、テレビニュースにもなり、学校では保護者会議がひらかれました。
ブラッキーはそんな犬ではない。
子供たちがいじめたので反撃をしたのか、もしかしたら、その子供は犬を追いかけていて、転んだのかもしれません。
でも、それを声に出して、言うことができません。
アメリカの人達ははっきりと意見をのべる人が多いですし、それも、大きな声で、休みなくしゃべり続けます。
ママも保護者会議には出かけたのですが、みんなの前でブラッキーは悪くないということを話す英語力も、度胸もありませんでした。
保護者達は、子供を守るために、その野良犬をつかまえて、アニマルコントロール(動物管理局)で処理してもらおうということになりました。
その週末に、父兄たちが雑木林に集合しました。
警察官も来て、東と西のふたつのグルーブに分かれて、犬を両側から追いつめてつかまえる、という作戦です。
めぐみのママも参加しましたが、みんな、ハンティング気分で興奮していて、とても止められそうにもありません。
ママとめぐみは作戦を立てました。車を移動させて、雑木林の真ん中あたりの道路の横に止めました。ここにいたら、ブラッキーが逃げてくるかもしれません。
人々の声が聞こえてきました。だんだんと大きくなります。
その時、めぐみは木々の間を逃げるブラッキーを発見しました。
すぐに車のドアをあけて、叫びました。
「ブラッキー、走って。ブラッキー、走って」
「ブラッキー、こっちにおいで」
と叫んだ時、雑木林の中から黒い姿が見えて、めぐみのほうに走ってきて、開いたドアから車の中にさっと飛び込み、うしろの座席にちょこんとすわりました。
やった!
めぐみはブラッキーを毛布でかくし、ママが車をスタートさせました。
ブラッキーは毛布から目をのぞかせて、車の内部をきょろきょろ見ていました。
「ママ、ブラッキーは昔のことを思い出したのではないかしら」
とめぐみが言うと、ママも「きっとそうね」とうなずきました。
獣医のところに連れて行くと、この犬はたぶんオーストラリアン・キャトルドッグのメスで、かなりの高齢で、白内障が進んでいることがわかりました。
キャトルドッグは飼い主には従順だけれど、実は気が弱く、攻撃されると反撃する性格。この犬は手にいれにくく、野良犬ということはありえないと教えてくれました。
警察や保護者会がまだ犬を探し続けていたので、ママとめぐみは、今度は「動物保護団体」のところへ行きました。
ママが英語がそれほど上手ではなかったので、めぐみが説明をしました。
めぐみは英語はできたのですが、こういう大人の前では、話したことがありません。
でも、がんばりました。
「この犬はきっと飼い主を必死で探していたと思いますが、その間に、人からいじめられて、時には動物から追いかけられて、何もかもがこわくなっていたのだと思います。ブラッキーは、自分から、人をおそったりなどしません。助けてください」
めぐみは話しているうちに、迷子になったブラッキーがかわいそうになって、涙がぽろぽろと流れました。すると、動物愛護団体が力になってくれると約束してくれました。専門の弁護士がいるから、頼んでみましょう。
でも、ブラッキーは子供をかんだと疑われているので、そのまま、うちに連れて帰ることはできず、愛護団体が預かることになりました。
それから、ひと月くらいたったある日、めぐみの家のドライブウェイに車が止まって、中から動物愛護団体の人が下りてきました。
彼が後ろのドアをあけると、中からブラッキーが飛びおり、めぐみをめざして、駆けてきました。
そして、めぐみに飛びつきました。
ブラッキーがどんなに会いたがってくれていたか、わかりました。
「それが、わたしの一番うれしかった日です。ブラッキーがうちに来た日です」
とめぐみ先生が言うと、生徒たちが拍手をしました。
その後、めぐみ先生はニューヨークの中心、マンハッタンに引っ越ししたのですが、その時もいっしょでした。学校から帰ると、毎日、セントラルパークに散歩に出かけたものです。
「ブラッキーはおばあちゃんだったので、あれから3年くらいで死んでしまったけれど、ブラッキーとの日々は、とてもハッピーでした」
「先生、よくがんばったね」
「すごい」と生徒たちが口々に言いました。
まいったね。
あの日から、15年もたって、生徒たちからほめられちゃったわ、とめぐみ先生は照れました。
その時、廊下側の窓をコンコンと叩く音が聞こえました。
窓のほうを見ると、そこにいたのはエドウィンでした。
えっちゃんが、どうして、ここにいるの?
まさか、今の話、聞いていなかったわよね、とめぐみ先生はあせりました。




