33 ピラミッドのてっぺん
めぐみ先生には洋という兄がいます。
生徒たちには、ニューヨークに兄がひとりがいることは話したことはありますが、それ以外のことは言っていません。あまり生徒の手本になるような兄ちゃんではないので、まねされると困るからです。
洋は子供の時から態度がとても大きいな人でした。
彼は頭がよくて、何でもとびぬけてよくできました。特に何かを発明したとか、発見したとか、そういうことはないのですが、自分を天才だと思っていました。
「おれは天才。おまえはふつう」とめぐみによく言っていました。
でも、本当の天才は天才とは言わないはずだとめぐみは思っていました。
お兄ちゃんは特に年上の人、大きな人、頭のよさをほこる人には、反抗心がむらむらと燃えるタイプでした。
こんなエピソードがあります。
アメリカでは、クリスマスが近くなると、モールなどでは、白いひげのサンタクロースが大きな椅子に座り、子供をだっこします。子供はサンタにプレゼントを頼むのです。親たちは、熱心に、サンタと子供の写真を撮ります。
矛盾するのですが、お兄ちゃんはなぜかサンタクロースが大好きなのでした。彼の番になり、サンタの膝に乗った時、「いい子にしているか」ときかれました。すると、洋はサンタさんに向かって「You smell stinks」と言いました。サンタの口がくさいという意味です。
だめだめ、とママが顔をしかめて、合図をしました。そんなことを言ったら、プレゼントがもらえなくなるわよ。
すると、お兄ちゃんは、
「サンタ、おれのところにプレゼントを届けてこないと、しょうちしないからな」と捨て台詞をいいました。
そんな態度をとっても、サンがいてプレゼントを運んでくると信じているアンバランスなお兄ちゃんでした。こんな子供は初めてだとサンタさんが呆れました。
お兄ちゃんは中学も高校も一番で卒業し、高校ではバレディクトリアン(卒業生総代)でスピーチをしました。
自信に満ちあふれたスピーチに、両親は誇りには思ったのですが、それより心配のほうが大きかったのです。
お兄ちゃんはハーバード大学の物理に合格しました。ハーバードは一番優秀な大学で、その中でも、物理は一番頭のよい人が集まるところだと言われています。
物理学部には世界中から頭のよい人が集まっているので、お兄ちゃんはそれほどとびぬけた存在ではなく、勉強しなくてはならなくなりました。それでも、まだ優越感はありました。
ある時、物理学会があり、お兄ちゃんも出席しました。
お兄ちゃんはそういう学会に行って、難しい質問をして困らせるのが好きでした。でも、今回の内容は難しくて、なかなか黒板の数式が理解できません。
発表の途中で、誰かが質問しました。
その質問に答えようと、発表者が黒板に、数字を書き始めました。黒板が数字でいっぱいになった時、なにやら問題が見つかったらしく、その手が止まりました。次に進まなくなりました。
今こそお兄ちゃんの突っ込みどころなのですが、何が問題なのか、実はそこのところもわかりません。黒板の数式を写して、頭を絞りました。
何かがおかしいというところまではわかってきたのですが、肝心な部分が一向に見えてきません。
その時、うしろの扉が開いて、若い学生がはいってきました。教室を間違えたような感じです。彼は一番後ろの椅子にすわると、黒板をじっと見つめました。
誰だ、こいつとお兄ちゃんは振り向きました。
その彼は2分後に手をあげて、「下から3番目の左側」と言いました。
すると、発表者がすぐ間違いに気づいて、下から3行目から数字を書き直し始めたので、問題が解けました。
その若い彼は、見たばかりの数式の間違いをあっという間に見つけたのです。
半分くらいの人達が20分くらい後で、わかりました。お兄ちゃんはうちに帰ってから、ようやくわかりました。
その学生がエドウィンというハーバードに来たばかりの数学科の学生で、もう大学院生に教えているという話でした。
「おれは天才ではないことがわかった。おれただの人だ」
その夜、お兄ちゃんが泣きました。
「いいかい、メグ」とお兄ちゃんは妹に言いました。
「おれの頭脳はピラミッドでいえば、てっぺんなんだ。だけど、ピラミッドの上をこえて、はるかその上にいるものが天才なんだ」
「わたしはどこ?」とめぐみがきくと、「メグはスフィンクスだ」と言いました。
さっばり意味がわかりません。その後、お兄ちゃんは物理科をやめて、コンピュータ科に移ることにしたのです。




