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32 18歳のエドウィン、ハーバードで教える

 えっちゃんの本名はエドウィン・ギンズブルグといい、旧ソ連圏の生まれなので、言葉はロシア語です。中学の頃から数学が大好きで、高校の時には論文を書いていました。


 将来はロシアの国立大学にはいり、そこで数学を勉強しても教授になりたいと思っていました。母国の高校での成績がよかったので、先生も、周囲も、エドウィンが合格するのは間違いないと思っていました。でも、結果は不合格でした。その理由として考えられるのは、エドウィンの亡くなった父親がユダヤ人だったこと。でも、詳しいことはわかりません。


 仕方がないので、エドウィンは教師になる学校に行くことになりました。

 それでも、数学のことがあきらめられなくて、ロシアのМ大学のモロゾフ教授のところに論文を送りました。高校の時にも何度か論文を送ったことがあるのですが、返事はありませんでした。

 でも、他に方法が見つからないのでもう一度だけと思い、最後のつもりで、送りました。


 モロゾフ教授は自分のもとに、論文を送ってくる高校生がいることは気がついていました。

 でも、そういう少年は彼だけではありません。教授は忙しいし、ずうっと健康がすぐれなかったこともあります。でも、その日、モロゾフ教授はその論文に目を通してみました。


 それは目を疑うような斬新なもので、教授は「この子を第二のガロアにしてはならない」と思いました。


 ガロアとは19世紀の初期のフランス人の大天才、エヴァリスト・ガロアのことです。彼もやはり大学の受験に失敗し、数学の大御所コーシーにその論文を送りましたが無視され、結局、21歳で死んでしまいました。


 モロゾフ教授はエドウィンの論文をハーバード大学のゴードン博士に送りました。数学科のゴードン主任教授はそれを見たとたん、この学生を招こうと決めたのです。本物かどうか、確かめてみなくてはと思いました。


 間もなく、エドウィンのところに、手紙が届きました。

「ハーバードに来て、3ヶ月間、この論文について講義してくれませんか」と書いてありました。渡航費も、宿泊費も、給料も払ってくれるというのです。信じられない話です。


 でも、エドウィンは国を出るのも、アメリカからビザをもらうのも、簡単なことではないと知っていました。何ヶ月も、何年もかかるでしょう。国には3ヶ月で帰ってくると約束して、許可をもらいました。米国ビザのほうは、ハーバードからの手紙を持参すると、その場でスタンプを押してくれました。


「たった1枚の紙なのに、ハーバードの威力って、すごいと思った」とエドウィンが語ったことがあります。


 エドウィンは18歳で、ハーバード大学の大学院で教え始めました。学生はみんな年上で、修士や博士課程の者ばかりでした。それまで教えた経験はなかったし、英語で講義しなければならなかったので、最初は大変でしたが、だんだんと慣れていきました。


 時間は、あっという間に過ぎていきました。

 3ヶ月目にはいった頃、ゴードン博士はハーバードに残って、教え続けてはどうかと言いました。教えるといっても、エドウィンは高校しか出ていないし、学生はみんな大学院生です。


「ここで大学を卒業して、博士号をとればいい」

 ゴードン博士がそう言って、学士と博士号が同時にとれるコースを設定してくれました。アメリカの大学では、特別な人のためには、特別なことをしてくれるのです。


 そのことを話すとモロゾフ教授は、すぐに帰ってきなさいと言いました。それが約束なのだし、М大学で勉強させてやるからと。


 エドウィンはとても悩んだのですが、ハーバードに残ることにしました。恩人のモロゾフ教授の指示に従わなかったことは、今でも申し訳なく思っています。彼は3年で博士号を取り、ハーバードの正式な講師になりました。


 ノーベル賞に数学の分野はないのですが、数学のノーベル賞と言われる「フィールズ賞」というものがあります。この賞は、40歳以下の若い数学者に与えられます。

 エドウィンはそのうちにこの賞を取るだろうと言われており、さまざまな大学から、声がかかりました。

 彼は22歳の時にコロンビア大学から正教授として招かれ、ニューヨークに移ったのです。それから、ずっとニューヨークです。


 めぐみがエドウィンと知り合ったのは、彼がめぐみの兄、洋の友達だったからです。洋のほうが3つ年上です。


 洋はある時、エドウィンのおそるべき才能を知り自信をなくし、おそれて、遠くから見ていました。でも、えっちゃんのほうから洋に接近して、友達になってほしいと頼んだというのですから、世の中、わからないものです。


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