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ルツ子さんの別れ

 派出所のルツ子さんが、どうして3年間もスマホを保管し、持ち主に会いたいし思い続けていたのか、それがスマホケースの内側に書いた「Never leave me alone Meg」にあると、めぐみは感じていました。


 めぐみ先生は「スマホを置き忘れないでね」という意味で書いたのですが、ルツ子さんは「わたしをひとりにしないで」と取っているに違いありません。


 しばっていた髪を下ろして、ワンピースに着替えてやってきたルツ子さんは、制服の時より、年上に見えました。

 今、30歳で、25歳の時に警察官になろうと決心したのだと言いました。

 25歳と言えば、めぐみ先生の今の年齢です。


 ルツ子さんは以前は、丸の内のOLでした。

 短大を出て、憧れていた商社に就職ができ、好きな人もできました。

 近くにビルがある別の商社の人でした。


 その彼との付き合いはおだやかに、5年間も、続いていました。そのうちに結婚して仕事をやめ、子供を作り、海外に赴任をして、そこでも子供を作り、また赴任して、そんな明るい未来図を考えていました。


 ところがある日、彼からもう付き合いはやめたいと言われました。それも、本人からではなく、彼の男友達を通して伝えられたのです。そのちょっと前、彼は胃の病気で入院していて、その間の支払いや、部屋の管理はルツ子さんが頼まれていました。


 ルツ子さんは別れる前に、一度、会って話をしたいと言いました。鍵やカード、貯金帳を返さなければなりませんから。彼は会ってくれると言ったのですが、いくら待っても、約束の喫茶店に彼が現れることはありませんでした。ルツ子さんがあずかっていたものは郵送で返しました。


 どうして、急に彼が会いたくないと思ったのでしょうか。

 誰かから、ルツ子さんが彼の友達の悪口を言ったからだと言う人がいましたが、心あたりはありません。

 それなら、どうして本人に直接、たしかめてくれないのだろうと思いました。


 考えてみたら、「きみといるとますます気が暗くなる」と言われたことがありました。でも、それは彼が仕事でミスをして落ち込んでいた時で、普通はそんなことは言いませんし、ルツ子さんはいつも、そっと彼を支えていたつもりでした。


 ルツ子さんは別れを告げられてから、一度も本人とは会うことがなく、別れてしまいました。どうして彼は、約束の喫茶店にさえ会いにきてくれなかったのだろうかと何万回も考えました。

「私が泣いて、すがると思ったのでしょうかね」

 

 ルツ子さんが町をふらふらと歩いていた雨の日、交番の壁に警察官募集中という張り紙を見たのです。そして、応募してみようかなと思ったのでした。


 ルツ子さんはスーツを捨て、丸の内を捨て、友達を捨てると決めました。そして警察学校で10ヵ月勉強した後、ある署で約1年間見習いをして、3年前に平家山の派出所の勤務になりました。

「黄色いスマホが届けられたのは、ここに来て間もなくでした」


 SIMカードを取り出そうとした時、裏側のメッセージを見つけました。

 ルツ子さんはめぐみという女性が、恋人に「ひとりにしないでね」と言っているのだと思いました。それはルツ子さんが恋人に言いたかった言葉でした。

「私をすてないでね」


 めぐみ先生はそのスマホの持ち主は、スマホを落とした日に、青ヶ岳で遭難して、死んでしまったことを告げました。

 めぐみは父親のいるニューヨークに2年いて、日本の小学校の教師になろうと決め、東京に戻り勉強をして、この村の教師になりましたと言いました。


「めぐみさんの彼は死んじゃったのですか。どうしてスマホを探し続けていたのですか」


 いつきさんの最後のメッセージが、「見つけた。こうご期待」だったので、その「見つけた」ものの写真がスマホに残っているかと思って、とめぐみが説明しました。


「ああ、そうなんですね。あのスマホ、そうとう壊れていましたけど」

「今、修理中です。見つかってとてもうれしいです」

「直るとよいですね。何が映っているのでしょうか」 

「普通は3年間も保管できないのでしょう。ご迷惑かけてすみません」

「私も、畑野本部長が現れた時にはびくっとしたのですが、とても話のわかる方でよかったです」


 あの時、ルツ子さんが規則をや破って申し訳いりませんと頭を下げると、「何のことですか」と本部長が言いました。


「今、年寄りが山でスマホを拾って届けた。そしたら、このおじょうちゃんが探しにきたというだけの話じゃ。問題はひとつもない。これからも、よき働きを頼みますよ」とあのおじいちゃんは言ったのだそうです。


 さすが本部長、ただ者じゃない、とめぐみは感心しました。


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