21 日本では奥ゆかしくね
めぐみ先生はアメリカで育ちましたが、日本とアメリカの違いをそんなに感じたことはありません。うちでは日本語をしゃべり、日本のものを食べ、日本のテレビだって見ていましたから、日本もアメリカもSame(同じ)だと思っていました。
でも、日本に帰ることになった時、ママが言いました。
「メグは日本に帰ったら、もっと奥ゆかしくしなければだめですよ」
「どういうこと?」
「Modestで、 Politeにね」
とママが言いました。
お兄ちゃんの洋は自分が天才だと思っていたので大きな態度をしていましたが、めぐみはひかえめで、ていねいだと自分では思っていました。
「たとえばね」とママがいくつかの例を出しました。
その中でよく覚えているのが、よその家から食事に招かれた場合のことです。
「一度目は遠慮をして、ていねいに断るのよ。でも、日本人は断っても、二度、三度ときいてくれますから大丈夫」
それで、今日も、和歌ちゃんの家を出る時に、「夕食でもいかがですか」ときかれた時、めぐみ先生はていねいに断りました。でも、もう一度きいてくれることはありませんでした。まいったね。
いつもそうです。
めぐみ先生は一度断った後で、もう一度、さそってもらえたことがありません。
テレビのケンミンショーでは、誕生日でもないのに、テーブルの上にそれはたくさんのごちそうが並びます。日本のふつうの家ではどこでもそうなのか、あれはヤラセなのか知りたい気持ちがあるのですが。
まただめだったよ、とめぐみ先生は空に向かって言いました。
ママの考えは古いのでしょうか。それとも、今の日本人がアメリカ式なのかしら。
もしかして、自分の言い方が強すぎるのかしらと思いました。どうやって断れば、もう一度、さそってもらえるのかしら。
断らなくても、いいのではないかしら。
めぐみ先生はお腹がすいたと思いました。ずうっと食欲がなくて食べていなかったので、あの小さなおにぎりふたつだけでは、足りません。
愛子ちゃんのところの店が見えてきたので、またブルタックポックンミョンを買って帰ろうというアイデアが浮かびました。
ガラス戸から店の中をのぞいてみると、レジに愛子ちゃんがいました。
これはまずい、とめぐみ先生は店をはなれました。
愛子ちゃんは「先生、またすか。インスタントばかりは身体に悪いです」とか、「炭水化物ばかりですよ」とか言うからです。
日本人はよく自分の考えを言わないとか言われているようですが、この生徒たちを見ていると、そういうことはないわ。あと、2年、3年たったら、わたしも押されてしまいそう。
がんばらなくっちゃ、とめぐみ先生は思いました。
めぐみ先生は家に向かって歩いていました。
黄色い落ち葉がオレンジ色に光っていました。
1本だけまっかな赤い葉をつけた木がありました。燃えるような赤で、これから落ち葉になって冬がくるのかと思いと、心にしみました。
めぐみ先生は、日本の特によいところは何かな、と考えました。
コンビニ、デパ地下、自動販売機がどこにでもあること。ニューヨークのストリートに自動販売機を置いたら、1日で壊されてしまう。いや、1時間だわ、と思いました。
日本に帰って、驚いたこと。
みんな、小さいこと。
めぐみは156センチなので、周囲の人はたいてい自分よりも大きく、電車にのっても、人の顔は自分より上にありました。それがふつうだと思っていたのに、日本だと、人の顔は、大体、同じ目線にあります。
そんな大きなアメリカ人より、頭ひとつ大きな友達がいました。
コーリーという黒人で、ソーホーのアントンというクラブで知り合いました。
そこに連れて行ってくれたのはエドウィンというお兄ちゃんの友達でした。お兄ちゃんは態度が大きい人でしたが、エドウィンはその逆で、フレンドリーでやさしく、その上、数学の天才と呼ばれている人なのでした。
アントンというクラブを始めたのはアントンという旧ソ連圏の人でした。でも、今ではオーナーも変わり、ジャズ中心のクラブになっていますが、旧ソ連圏からの人がけっこう多いのです。エドウィンもその国の出身なので、このクラブを知っていました。
そこに、大きいマシュマロのようなコーリーがよくやってきました。
コーリーは音楽が大好きで、仕事を終えると毎日のようにクラブに行くので、ニューヨーク中のクラブを知っています。
エドウインは生まれてすぐにロシアのS市に引っ越しし、そこで育ちました。母子家庭で豊かではなかったのですが、お母さんがお金をためてよくコンサートにつれていってくれたので、クラシック音楽が大好きです。
でも、ロックとか、ヒプポップとか、そういうのはよくわかりません。
めぐみもKPOPは知っていますが、ロックコンサートには行ったことがありません。
ある日、コーリーがめぐみとエドウィンをマディソン・スクェア・ガーデンでのロックコンサートに連れていってくれました。ものすごい人で、小さなめぐみが押しつぶされないように、コーリーが守ってくれました。
コンサートでは何を歌っているのか、叫んでいるのかわかりませんでしたが、ものすごい盛り上がりで、手を上げたり、振ったり、叫んだりしているうちに、めぐみもエドウィンもだんだんと熱くなっていきました。
「歌詞の意味、全部わかる?」
めぐみがコーリーにききました。
「わからないよ」とコーリーが答えました。
「わからなくても、いいの?」
コーリーがうなずいて、「Togetherness《連帯感》」と言いました。
コンサートでは、連帯感、つまり一緒になにかやっているという感覚がいいのだということです。
「ああ。そうなんだ」とエドウインが言いました。
エドウィンがクラシックのコンサートに行く時、オーケストラ対エドウィンひとりという感覚で、時には観客が邪魔なくらいですが、ロックのほうはみんながつながっていくのがよいらしいです。
そんなエドウィンのことを、めぐみは「えっちゃん」と呼んでいるのですが、そのえっちゃんから手紙がきたのは今年の夏のことでした。Eメールではなくて、封筒にはいった手紙です。




