20 めぐみ先生の涙
「海?」
「そう。今、和歌ちゃんが砂浜にいて、ひとりで大きな海をながめているところ。想像してみて」
とめぐみ先生が言いました。
大きな海は悲しみで、波は寄せては返し、返しては寄せてきます。
時には波は砂浜をおおってしまうほど大きく、でも時には波は沖まで引いて、おだやか浜辺になります。これなら波にさらわれることはないから、もう大丈夫。なんて思ったとたん、津波級の波がやってきて、流されてしまったりします。
「人もおんなじではないかしら。悲しすぎる時、もうダメと思ったりするわよね」と先生が説明すると、和歌がうなずきました。
「だから、和歌ちゃんは砂で堤防を作って、波が寄せても大丈夫なように、がんばっているところなのよね。でも、波はそんな堤防なんかをすぐに壊してしまうから、どうしていいのかわからなくなるわよね」
めぐみ先生は自分の心を感じてくれているかもしれないと和歌が思いました。
「おばあちゃんのことを思うと、悲しくてたまらないんじゃ。死んでしまいたくなるんじゃ。どうすればいいんですか」
和歌が真剣な目をしています。
「そうね。和歌ちゃんが自分でおばあちゃんをお世話をしたい気持ちはわかるけど、でも、これから冬が来るでしょう。おばあちゃんが冬に迷子になったら、大変なことになるから。凍えて、死んでしまうかもしれない。おばあちゃんはあったかいセンターにいるのだから、和歌ちゃんが会いたいと思ったら、会いにいけるでしょう」
それはそうなんじゃが、と和歌は思いました。
「でも、海ばっかりながめていては、心が押しつぶされてしまう時があるわ。じゃ、海にはいって泳いじゃう?でも、海の水は冷たいし、いつまでも、泳ぐことはできないわよね。おぼれてしまうもの」
「じゃ、どうすればいいんじゃ」
「少し砂浜からはなれてみるというのはどうかしら」
どういう意味ですか、と和歌の瞳がきいています。
「悲しい海を見てがまんするだけじゃなくて、森にいって虫たちをさがしてみるとか。町ではクリスマスセールも始まるし、学校には友達もいるし、そういう楽しいこともさがしてみてはどうかしらと思うのよ」
「いいの?」
「わたしはいいと思うけど。でもね、浜辺を出るという決心をするまでには時間がかかるのよ。だから、学校へは急いで来ることはないのよ。そうね、卒業式までには来てくれると、うれしい」
「先生、本気ですか?」
「本気よ。ほかに楽しいことを見つけるのって、時間がかかるもの。世の中は悲しいことが多いから」
めぐみ先生が涙ぐんだように見えました。
「先生の悲しいことって、いつき先生のことですか」
「そう。でも、いつきさんのことだけではないのよ」
めぐみ先生は起こったように大きなため息をつきました。
「アメリカでようやくお友達ができたと思ったら、日本に帰ることになって、父や兄とは離れ離れになって、ブラッキーが死に、ママが死に、いつきさんが死に、コーリーも死んでしまったのよ。大好きな人はみんな死んでしまったわ」
「ブラッキーって、だれですか」
「飼っていた犬、一番の親友」
「コーリーは」
「ニューヨークの友達。黒人で、心も身体もとても大きな人」
それから、めぐみ先生はおにぎりの話をしました。
ママがニューヨークで大腸ガンになり、日本で抗がん剤の治療を受けることになったのです。手おくれで、もう手術ができなかったからです。
最初は抗がん剤が効いて、ふたりで桜を見に行ったこともありました。
ママは「来年も、再来年もみたい」と言ったのに、一度しか見ることができませんでした。ガンが体制を立て直して、またおそってきたからです。
入院して抗がん剤を投与して2週間は家に帰り、また入院という生活が続きました。
さいごのほうではママは弱くなってひとりで歩けなくなり、病院から戻ることができなくなりました。
でも、ある日、お医者さんにお願いして、1日だけ家に帰ってきました。
めぐみが大学から帰ってくると、ママがいたのでびっくりしました。
テーブルの上に、おにぎりがおいてありました。
「ママにはもうにぎる力がなくてね、すぐにくずれてしまうおにぎりだったの。でも、ママがお米をといで、一生けんめいに作ってくれたおいしい夕食だったわ」
「中に何がはいっていたのですか?」
「・・・・・・・昆布」とめぐみ先生がぼそっと言いました。
「わたしはね、いつまでも悲しい海を見ていないで学校の先生になろうと決めて、ようやくなれたの。そしてこうやって6人の生徒たちに出会って、ここに自分のいる場所を見つけたと思ったのよ。わたし、和歌ちゃんには死んでほしくはない。学校にこなくてもいいから、生きていてほしいの」
先生の声が鼻声になったかと思ったら、目から涙があふれでました。




