18 先生は空気が読めないのかな
めぐみ先生が和歌の家に行くと、お母さんがおにぎりふたつとお茶をおぼんにのせてくれました。先生はそれをもって、二階の和歌の部屋に行きました。「ノックノック」と言って、部屋にはいってきました。
「ノックノック」なんて日本人は言わない。やっぱり先生は外人っぽいと和歌は思いました。
「和歌ちゃんの顔が見られなくて、さみしかったよ」と先生が言ってハグしようとしました。日本人はハグなんてしないんじゃ、と和歌はまゆ毛を八の字にしてベッドの上にすわっています。
「これ、お母さんがくれたんだけど、わたしにっていうことよね」と先生がおにぎりを見せました。
和歌がえっという顔をして先生を見ました。
それはわたしのおにぎりに決まっているじゃ。でも、アメリカ育ちの先生には、そんなことが全然わかっていないみたいです。
「わたし、おにぎりが大好きなの」
めぐみ先生はマイペースです。
ベッドの下に座り、おしぼりで手を拭いて、ひとつのおにぎりをふたつに割りました。
「オーマイグッドネス」
わけのわからない言葉を言って、「このにぎり方がいいね。シャケだ」と喜んでいます。
そして、ばくりと食べて、「うめぇ」と言いました。ここは日本語ですが、先生らしくない言葉です。
「おっと、おいしいと言うべきでした。このことは内緒ね」
なんて言いながら、あっという間に半分を食べてしまいました。
和歌はあきれていました。お腹はぺこぺこだし、いらいらしているから、何にでも、すぐに頭にきます。
「こっちのほうは何かな」
もうひとつのほうのおにぎりを割ると、昆布でした。
「やっばり、シャケにしよう」
そう言って、先生は残りの半分のシャケおにぎりを食べようとしました。
和歌がにらんでいます。意地をはっていたので今さら食べることができなくなっていましたが、先生が来たら、うまくやってくれるだろうと思っていたのですが、逆でした。
「だめですよ」と先生が言いました。
何がだめなんじゃ。
「これはお母さんがわたしのために作ってくれたんだから。でも、食べたかったら、昆布のほうならあげてもいいけど」
和歌はれいかの言葉を思い出していました。おじいちゃんのところに外国人が泊まりにくることがあるのですが、「意見をはっきり言わないと、ガイジンはわかってくれんじゃ。ガイジンはKYじゃ」と言っていたことがありました。
「わたしも、サケが好きなんじゃ」と和歌が言いました。
がんばって意見を言ったのに、ぜんぜん効果がなくて、先生にくれる様子はなく、ひとりでもぐもぐ食べています。
和歌はますますいらいらしました。
「先生はどうしてシャケというんじゃ。ここではサケじゃ」
「ああ、そうなの。うちは北海道の出身だから、シャケ」
そう言いながら、全部食べてしまいました。
これまでは、先生は日本のふつうの先生だと思っていたけど、めぐみ先生はガイジンじゃ。KYじゃと和歌は思いました。
「さっき、台所でお母さんが豚汁を作っているところを見たのよ。あれ、食べてみたいんだけど、和歌ちゃん、行って、頼んでくれない?」
どこまでガイジンなんじゃ、と和歌があきれました。もっと意見をしっかり言わないとならねぇと思いました。
「先生が自分で行けばいいじゃ」
「先生だからね、そんなこと、頼めないのよ。もらってきてくれないのなら、仕方がない。お茶にするか」と今度はおいしそうにお茶を飲みました。
先生は気がついていないけれど、それは和歌の湯飲みなのです。
「日本のふつうの先生なら、おにぎりとかお茶とか、生徒にくれもんじゃ」
「わたし、ふつうの先生じゃないの?それって、いい意味?」
いい意味なわけがないでしょ。めぐみ先生はほんとうにKYです。
先生はお茶を飲むと、今度は昆布のおにぎりに手をつけようとしています。
まだひとりで食べる気?和歌はあせりました。
「わたし、おにぎりが大好きなのよ、前に明夫くんのお母さんが作ってくれたのは梅。あれも、おいしかった。愛子ちゃんにすすめられて、ツナマヨを買ってみたのよね。わたしが子供の頃はツナマヨなんてなかったから、おにぎりにマヨネーズなんて引いちゃったけど、食べてみたらおいしく、今では、愛子ちゃんのお店ではよく買うのよ」
よくしゃべる先生です。
生徒が3日も食べていないというのに、先生はその目の前でよくおいしそうに食べられるものだなぁと和歌はむかむかしました。怒りで腹に力がはいったので、おなかがグウーと鳴りました。
「お腹、すいていたの?」と先生がききました。
あったりまえじゃ、と和歌がにらみつけました。
「あのおにぎり、もしかして、お母さんが和歌ちゃんのために作ったの?」
ようやく気がついたようです。
和歌がうんとうなずきました。
「それなら、そう言ってくれればいいのに。もう食べちゃったよ」
自分では言ったつもりなんだけれど、あのくらいではだめなのかと和歌は思いました。
めぐみ先生は右のポケットからビスケット、左のポケットから小さなミルクパックを取り出して、「これ、かわりにどうぞ」とわたしました。
和歌がどうしようかと迷っていると、
「いいよ。和歌ちゃんがいらなかったら、わたしが食べる」と言ったので、
「いるじゃ」と和歌がさっと取りました。
取らないでいると、この先生ならもう一度きいてくれないで、すぐに自分で食べてしまうと思ったからです。あーあぶない。
和歌がビスケットを前歯でかじりました。
バターの味が広がりました。何度も食べたことのある普通のビスケットですが、今は特別においしく感じました。
「おばあちゃんがいなくなって、さみしいのよね」とめぐみ先生が言いました。
和歌は黙っています。
「でもね、生きていれば、また会えるのだから」
人は死んでしまったら、二度と会えないということは和歌にもわかります。でも、・・・・・・。
「わたしが和歌ちゃんに早く会いに来られなかったのは、どうしてよいのかわからなかったからよ。でも、心が決まったから、会いに来ました。心が決まったら、お腹がぺこぺこだったことに気がついたの。全部食べてしまってごめんなさい」
「いいじゃ」
よくはないれど、和歌は流れでそう言ってしまいました。
「わたしが言いたいことは、和歌ちゃんは、学校にはしばらく来なくていいから。その気になったらもどっておいで、ということよ」
うんと和歌がうなずきました。
「でも、3年以内には戻ってきてほしいな」
「3年?」
和歌がびっくりしました。どうしてそんな計算になるんじゃ。
「わたしはね、前に悲しいことがあって、元気になるのに、長くかかったの。2年くらい。和歌ちゃんは子供だから、3年くらいはかかると思うのよ。子供の時の1年や5年10年は、たいしたことがないから。生きていればそれでいい。そういう結論に達したのよ」
そして、お皿に残っていた米つぶを指で取って口にいれ、「お百姓さん、ありがとう」と言いました。
3年も友達と会えんなんて考えられないじゃ、と和歌は思いました。
「先生って、かわっている」と和歌が言いました。
「そう?でも、和歌ちゃんの気持ちは、少しはわかっていると思うけど」
この悲しくてつらいきもちは、誰にもわかるはずがないと和歌は思いました。
「おばあちゃんがいないのは悲しいけど、ひきこもっているのも楽じゃない。和歌ちゃんもつらいよね」
それはそうだから、「うん」と和歌がうなずきました。




