幸せの甘さ
くるる様お誕生日おめでとー!
「これで一旦落ち着いたかな~?」
「チャハーン祭りでしたね」
「もも、そろそろ行かないとダメでしょ? お店落ち着いたし、学校行ってきな」
開店から1時間半。
次々に訪れる客を捌いて、ようやく一息ついた三人娘。
どかっと最初に客が集中した日は、あとはまったり。
この店の来客パターンのひとつ。
学校のために今日は店に出ないつもりだった桃叶も、開店すぐの混みようを見て慌てて飛び出るくらいには客が来た。
「くっそ疲れたんですけど……。水飲む人~!」
「「「はーい!!」」」
ひたすらにチャーハンを作っていた悟志がばてながらそう言うと、元気よく手を上げる三人。
この場合の水、は当然井戸水だ。
厨房の冷蔵庫から、沸かした井戸水の入った容器を出すと手早くコップに注いでまずは一気飲み。
「あ~……、効くわぁ」
と疲労などの回復を果たした悟志がしみじみ呟くと、忘れちゃいけない三人娘の分。
今日はもうラストオーダーまで来ないはず。
来ないと信じたい、来ないで。そう願いつつ三人分の水を用意すると、三人が座っているカウンターへと運ぶ。
「悟志くんありがとー」
瑠実が礼を言うと、乃亜と桃叶も続けて礼を言いコップを手に取る。
そして、三人そろって腰に手を当ててグイっと飲み干した。
「これこれー!」
「かー、こいつぁ五臓六腑に染み渡るぜぇー」
身体をぶるっと震わせて喜ぶ乃亜と桃叶だが、桃叶の言った言葉が気になる悟志。
「桃叶ちゃん、どこでそんな言葉を覚えたんだい?」
思わず声をかけると、桃叶が胸を張ってこう答えた。
「昨日見た時代劇です! 暴走奉行戸塚の銀さん!」
「そ、そっか……」
へぇ~、意外と渋いものも見るんだなぁ。
そんなことを思いながら、いってきますとカバンを持って店の出入り口から学校へと向かう桃叶を見送る。
すると悟志の予想通り、客足はまったり。
ラストオーダーの時間に客がいないため、早じまいできたのであった。
「ねぇ! 悟志くん! 覚えてるよね!」
日曜の朝、ゴン太の散歩から帰ってきた悟志を迎えたのはニコニコ笑顔の瑠実だった。
覚えてる? はて? 何かあっただろうか。
何か予定を入れていた? スマホの予定を見ると九月十三日。
ああ、そうか。思い出した。
「今思い出した。でも、大丈夫。ちゃんと作るよ」
それは瑠実と悟志の約束。
桃叶の誕生日を祝った後のことだった。
「ねぇ! 乃亜とももだけずるくない?」
そう言った瑠実がほっぺたを膨らませて、悟志に近付く。
「去年の私のお誕生日! 伏屋のケーキだったのに! 乃亜とももは悟志くんの手作り!」
「ああ、まぁあの時は製菓にまで手を出してる余裕なかったからなぁ」
「ずるいずるいずーるーいー! ねぇ、今年の誕生日は絶対に悟志くんがチョコのお菓子作ってね!」
「わかったわかった」
「この前作ってくれたチョコのケーキともう一つ! 新しいチョコのお菓子が食べたいな~! 約束!」
その約束から半年。
いよいよ明日は瑠実の誕生日。
当日は営業があるため、作る時間はないかもしれないから。
「大丈夫、材料買ってきたらすぐ作れるよ」
「ほんと?! ねぇ、待ってるからね! あ、悟志くん今からお買い物行こ! それでね、帰ってきたらすぐ作って? お願い!」
リードを片付けたり、ゴン太に水をやったり動き回る悟志を後ろをちょこちょこと付いていく瑠実。
その様子にふっと笑みを浮かべると、悟志は車の鍵を手に取る。
「はいはい、じゃあ行きましょうかね」
「やったー!」
『お、悟志買い物か? 俺寝るから瑠実殿に守ってもらってくれな~』
ゴン太が嬉しそうな瑠実を気遣ってか、尻尾を振ってお見送り。
上機嫌の瑠実と悟志は二人でスーパーへと向かうのだった。
「そういやくるる様はなんでチョコ好きなの?」
「え?」
「いや、うち来てほんとすぐのころはどっちかって言うとクリームの方が好きだったことない?」
「今もクリームだーいすきだよ? でも~、チョコの方がちょっと強いかな~?」
「へぇ~」
悟志くんの何気ない一言にドキッとする。
チョコが好きになったきっかけは、悟志くんだったから。
プラム様に連れられて、できたばっかりの神代亭にやってきた私は、護れと言われた人間の男。
サトシ・カミシロの護衛をすればいいと思っていた。
実際にやることと言ったら、給仕の真似事がそこに追加されててびっくりしたんだけど。
プレオープン? っていうやつを五日間通しでやるってなった時。
その三日目で私は倒れた。
お医者さんに診てもらった結果は過労。
千年の時を経た身体はなまりきっていて、労働にはまだ早かったみたいで。
なにやってんだろうな~、って思いながら寝ていた。
そんな中悟志くんが作ってくれたうどん。
とっても心がこもってあったかくておいしくて。
そこから私はうどんが好きになった。
そしてこの店に慣れた頃、ももがやってきた。
私より若い人間の女の子。遠い記憶にかすかに残る、妹の姿を重ねた私は世話を焼いた。
それは全然負担にならなかったつもりだったんだけど、身体は正直で。
私に生じたほんの少しの違和感を見抜いたのも悟志くんだった。
「くるる様、はい」
「わっ、なにこれ!」
「最近疲れてるようだから甘いもの食べて、ゆっくり休みなよ。今紅茶淹れるから」
そう言ってお湯を沸かす悟志くんの後ろ姿をちらりと見ると、手渡された箱を眺める。
鼻に届く甘い匂い。封を開けるとそこに入っていたのは六粒のチョコレート。
「いただきます」
最近習慣になった食事の時の挨拶。
それをすると一粒つまんで口へと運ぶ。
口の中に広がる濃厚な甘さ。
私は嬉しくなった。
そして私の頭に響いたのは、悟志くんの心の声。
それはももの世話を焼く私を案じている声と。
あったかい優しさ。
チョコを食べるとその時に感じたあったかさを思い出す。
だから私はチョコが好き。
うどんの次にあなた様を感じられる食べ物だから。
これは絶対に内緒の話。
バレたら恥ずかしくってしょうがない。
乃亜の生暖かい目を想像するだけで、顔が赤くなる。
ももの無邪気な一言が胸に刺さる。
チョコレートと、他にも色々カゴに詰め込んでいく悟志くんの後ろをついていく私はきっと猫。
きまぐれで、わがままで、それでもうしろをついていく。
大好きな人と一緒にいるために。
尻尾をピンと立てたあまえんぼ。
な~んてね?
「こら、お菓子は一個までの約束でしょ?」
「え~、でも私エゾイモヤサイとプレッツェどっちも食べたいの。おねがい、見逃して?」
両手を合わせて上目遣い。悟志くんが大好きなしぐさの一つ。
しゃーなしな? なんて言いそうな顔で歩く悟志くん。
その方向はお菓子売り場とは逆、レジの方向。
「やったー! 悟志くんだーいすき!」
「ちゃんとどっちかは三人で食べなね」
「うん!」
そんなやり取りをしながら私と悟志くんはレジで会計を済ませて、おうちへと戻るのであった。
「さて、やりますか」
買い物から帰ってきた悟志は早速耐熱ボウルにチョコを細かく割って入れる。
そこにバターと生クリーム。
レンジに入れて、1分と少し。
いい感じに溶けたらゴムベラで混ぜる。
準備は完了。乃亜の時に使ったクッキートルテ再び。
封を開けて取り出すと、そこに溶かしたチョコを入れる。
くるみを上から散らしたら、あとは冷蔵庫で四時間以上冷やし固める。
悟志が作ろうとしているのはチョコタルト。
混ぜて冷やして固めるだけの簡単お菓子だった。
チョコを使った新しいものであることには間違いない。
うんうん、と頷いて一言。
「タルトはいいねぇ」
続けて悟志が作るのは、以前作ったガトーショコラ。
瑠実が大喜びをしていた代物。
これもチョコとバターと生クリームをレンジで加熱した後。
卵を加えてよく混ぜたら再びレンジで加熱するだけの手軽な代物だ。
「さてさて、喜んでくれるといいんだけどね」
レンジの前、膨らんでいくチョコを眺めながら独り言つ悟志。
加熱が終わると、キッチンペーパーを焼けた生地の上に置いてふたをする。
タルトの横にしまっておいてあとは冷やすだけ。
安心した悟志は座敷で横になってひと眠り。
夕方お腹を空かせた桃叶に起こされるまで熟睡していたのであった。
「るーみん、お誕生日おめでとう」
「るーさん、おめでとです」
日付が変わった瞬間に部屋に飛び込んできた乃亜と桃叶。
「ありがとー!」
愛しい妹を部屋に迎え入れるとゴン太もやってくる。
『瑠実殿おめでとう! 今日は瑠実殿がやりたがってたやつやってやるからな!』
「わっ、ゴン太ちゃんもありがとね~。犬枕楽しみ!」
犬枕、以前神代家で行った異世界。
外で悟志が大きくなったゴン太にもたれかかって寝ていたそれ。
瑠実もやってみたいとゴン太に頼み込んだ結果、
『瑠実殿のめでたい日にな』
とゴン太の許しを得たのだ。
そうして桃叶の時と同様に夜遅くまで話して寝て、やってきた朝。
枕になってくれたゴン太はまだ夢の中。
起こさないようにそっと部屋を出る。
同じタイミングで部屋から出てきた寝ぼけ眼の乃亜と一緒に下に降りると、向かうのは座敷。
迎えたのは桃叶。
桃叶は少し早く起きていて、朝食を済ませていたらしく。
桃叶の前にある皿は空だった。
いつもの朝食かと思いきや、乃亜とはどうやら違うみたいで。
瑠実の目の前にあったのはタルトとガトーショコラ。
「瑠実ちゃん、おめでとう。これが約束のチョコタルトだよ」
「悟志くん、ありがとね! じゃ、いっただきまーす」
アイスティーを手に持った悟志がそう声をかけると、礼を言いまずはタルトを一口。
想像以上の濃厚さに驚くが、それでも美味しい。
チョコの甘さに、くるみの塩気がちょうどいいアクセントで。
ちょうど最初の一口を飲み込んだ時、頭に届く悟志の声。
『タルトだなぁ~。乃亜ちゃんの時、けっこう嬉しそうに食べてたもんなぁ。あ、チョコそのまま入れたら駄菓子みたいになるじゃん。生クリーム入れたら柔らかくならないかな? ついでにくるみも散らして……。まって? くるみとチョコって合う? 調べないと』
きっとこれは昨日のスーパーで思ってたこと。
そこからずっと色々自分のことを考えてる声が聞こえてきて。
嬉しいな、嬉しいな。
思わず笑みがこぼれる。
「ねぇ、るーみん! 私も食べたい!」
「私も!」
三人娘の暗黙の了解。
誰かが作ってもらったものをみんなで食べる時、最初の一つと、最後の一つはその人のもの。
じっと待ってた妹たち。
「うん、二人も食べな!」
いつの間にか、悟志が用意してくれた皿にひとつずつ乗せて渡す瑠実。
口々に礼を言って、食べ始める様子を見て瑠実は次のお菓子へ。
いつかも作ってくれたガトーショコラ。
これも甘くて美味しくて。
あったかい、が溢れた誕生日の朝だった。
『これ、悟志から』
風呂場から出た瑠実の元にやってきたゴン太。
口にくわえた袋を受け取ると、中にはブラシが。
お風呂で使う、スカルプブラシ。
いや直接渡せよ、なんて思ったがたぶん照れくさかったんだろう。
そんな気がした。
「ありがとう!」
ちゃんとしたお礼はまた明日、直接。
これを使ったお風呂上がりに。
飛び込みで書類作らないといけんくなって。
0時に公開したかったのに!!!
加筆だよ!!




