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金太郎おじいちゃん、ちょっと子供に戻っちゃたの。

此花美子は、娘に半年前の花山良子の亡くなったことを話ながら、少し肩の荷を下ろしたような気持ちになった。

「私は、お店のこと分からないし、花山のお父さんの様子を見に、時々お家に伺うのがやっとだったのよ。」と美子の目は、理解を求めるように並子を見た。

「そうよね?うちのお父さんも大変な人だものね」並子は理解を示した。

「でも、これを見てよ。」と美子はカバンから小さな紙片を出した。

「これって、源泉徴収票じゃないの。」その紙片は、支払者欄に板橋区の知らない会社の名前が書かれていた。

「私もらってないのよ、このお金」

「えっつ?」並子は思わず言ってしまった。金額は、100万円以上だった、大金だ。

「税理士先生から送られてきたのよ。変でしょう?」

「問い合わせてみた?」

美子は首を振った。

「今の税理士先生になってから、決算報告も見せてくれないのよ。良子お母さんはただの経理だったけど、毎年ちゃんと報告してくれたのに。」

並子は母がなぜ自分に声をかけてきたのか分かった。

「お母さん、帳簿を調べたいのね?」

「それとなく….よ。税理士さんは、ニコマートが紹介してくれたのよ。だから、疑うなんてまずいじゃない?」

並子は肯いた。ニコマートと契約してる小さな店舗のオーナーがニコマートの紹介の税理士先生を疑うというのは、ニコマートを疑うようなものだ。大変に具合が悪いことだ。なぜなら、今後契約更新やその他の運営で何か意地悪をされるかもしれない、そう考えてしまうのだ。それに、並子は、税理士のような高難易度の資格はないけど、経理でずっと働いてきた。並子には、誠実にやってきた自分の仕事に対する誇りがあった。もし、高齢者や主婦のような知識のない人たちを税理士が知識を使って騙しているのであれば、許せないと思った。

突然、携帯の呼び出し音が鳴った。美子は慌てて、ハンドバックの中をかき回した。

「お母さん、どうしたの?」

「良子お母さんの携帯を預かっているのよ。」と言い、携帯に出た。

「もしもし….えっつ?」

「呂さんよ。花山のお父さんが、迷子になったって。」

「迷子?」

「そうよ。お店と自宅の間で、見つからなかったのですって。」

電話口から呂の大きな声が漏れてきた。

「….オーナー、いつもだよ。うちの王さんが知り合いに紹介してもらったよ。明日、板橋区の高齢者長寿医療センターのお医者さんに連れていくよ。」

「明日?」美子は並子を見た、そして、「私も行きます。」と呂に話した。

「私達だけで大丈夫ですよ。」と一瞬面倒くさそうに言って、直ぐ「どうぞ、ご面倒をお掛けしますね。」と少し横柄な口調で付け足した。

電話を切ると、美子はため息をついた。

「並子、呂さんが明日花山のお父さんを病院に連れていくんですって。信子おばさんに連絡しなくちゃ。」

「お母さん、大丈夫なの?私はついていけないわよ。」

娘の言葉に、美子は無理に肯いた。友達に頼まれているのだ。


「オクサン」

駅沿いの車道から、王は、軽自動車の運転席の窓を開けて、美子を促した。

後部座席には、花山金太郎が座っていた。美子は、スライド式のドアを慣れない手つきで開け、金太郎の隣に座った。

「花山のお父さん、こんにちは」

金太郎は、美子を見ると、笑った。

「お母さん、信子は?」

「私は、美子です。」

「美子さん?」金太郎は、曖昧な表情を浮かべ、勝手に話し出した。

「お母さんは、北海道に旅行に行ってるだよ。」

「?良子お母さんは……」と言いかけて、美子は黙った。金太郎の目は虚空を見ていた。

「王さん、すごいわね。新車じゃない?王さんのなの?」美子は話題を変えようと王に話しかけた。

「イイエ、会社ノデス」

美子は驚いた。というのも、それは紛れもなく新車だった。しかも、会社の経営上必要ではなかった。店舗は金太郎の自宅から徒歩で15分の距離にあったし、商品はニコマートのトラックが配送してくる。

「王が買ったんだよ」と金太郎は呟いた。

王は聞こえないふりをして、運転に集中した。

美子は、後で並子に相談しよう、何だかとんでもないことが起こっているのかもしれないと感じた。


板橋区の高齢者長寿医療センターは、T駅から丁度30分くらい車で行ったところに立っていた。まだ建て替えられて時間もたっていない、真新しくて大きな建物だった。受付は一階にあり、大きなホールの入り口近くに円形状のカウンターがあり、事務の女性が座っていた。その一つ、初診受付の前の椅子に美子と金太郎は座った。王が受付の女性に大きな声で話していた。「紹介ダヨ。オーナー迷子ニナッテ」

「もの忘れ外来ですね。これに記入してください。」と紙を渡されて、美子のところに来た。

「オレ、日本語、チョット」

美子は、渡された初診の申込用紙を記入した。

「オーナーは、迷子になったのって、何回くらいなの?」

美子は王に尋ねた。

「ショッチュウよ」

もっと気にしてあげればよかった。美子は自分を責めた。

「診察の前に、検査をしていただきます。」受付の女性は初診受付がすむと、検査の順番が書かれた紙を渡した。美子と王は金太郎を検査室に連れて行った。金太郎は、子供のように駄々をこねて嫌がった。二人はそれをなだめすかして検査を受けさせなくてはならなかった。その検査が全て終わったら、美子はもうヘトヘトになっていた。

「もの忘れ外来の受付の前でお待ちください。順番が来たら、お呼びしますから」看護師は二人に事務的な笑顔を添えて言った。

もの忘れ外来の前は、同じように高齢の男性や女性と付き添いの家族で混みあっていた。

金太郎ら三人はその隅に座る場所を見つけると、ヘトヘトな体をよっこらしょと椅子に落とした。

王の携帯が鳴った。美子は「病院でしょ」と少し咎めるように王を見た、王は席を立ち、少し離れた場所に移動した。金太郎は、理由も分からず連れまわされて、機嫌があまり良くなかった。

「良子、なんでこんな所にいるんだ?信子は?」

美子を亡くなった良子と思って文句を言っているのだ。美子は、もう間違いを訂正する気力も無くなっていた。適当に受け答えをし、なだめた。

金太郎は、無関心な虚空をみるような表情にもどり、おとなしく座っていた。



「王さん、今どこ?」王の携帯の相手はニコマートの石田SVだった。

「石田サン、ドコカラ掛けてるの?」

「一丁目店だよ。来たら、呂さんが王さんがオーナーと病院だっていうから。それで花山オーナーの具合はどうなの?」

「ものわすれ外来にキテルヨ。今、診察の順番待ちだよ。」

もの忘れ外来と聞いて、石田はそれ以上追究することを躊躇った。自分は知らない方が良いと思うからだ。

「それじゃあ、今日は、俺、営業所に戻るから。打合せは来週にするな。」

「わかりました。オーナーのハンコがいる?」

「多分。」

王は、ニヤリと笑った。花山金太郎からハンコをこっそり借りなくてはならない。もしくは、石田は別の印でもいいと言ったら、自分の手持ちの印を用意するのでもよい。王は、いくつかこの会社の代表者印を作って持っていた。印鑑証明の不要なものはこれで相手は何も言わなかった。勿論、花山の認印もその印鑑の中に含まれている。石田は王がその印を押したとしても何も言わない。もう、何か月も前から、書類の内容を花山金太郎に理解させて、押印させるなんて不可能なことだった。銀行からのお金の出し入れや全ての差配は王がやっていた。事実上のオーナーは王だった。ニコマートは当然、花山金太郎以外に此花美子という株主であり、役員がいるのを知っていた。なぜなら、契約時に法人の登記事項も確認して、契約していたからだ。しかし、ニコマートは女性の株主や役員の存在を全く無視していた。彼らが評価するのは毎日店舗にいる花山金太郎である。女なんかになにができるのか、ニコマートの看板があれば、何を言ってきても握りつぶせると考えていた。だから、王が勝手に会社の差配をし、金太郎の印を押印しても、問題ないと考えていた。何より王は、石田の営業成績を上げることに協力的だった。花山オーナーなら拒否する不要な発注を王は協力するし、商品の納品の検品も廃止してくれた。王は、自分の身内を好条件で雇えればそれで文句はなかったのだ。無駄な人件費が嵩もうが、少々在庫が増えようが、廃棄が出ようが、王の懐がいたむわけではないし、面倒な検品作業がなくなり、仕事が楽になるのであればそれに越したことはないのだ。金太郎が訳が分からなくなっているから、会社の経費も使い放題だ。会社のお金で買った自動車も自分のマイカーとして使っている。王は、車やオートバイが好きだったが、買って維持するお金がなかった。一度、呂を説得してオートバイを買ったことがあるが、手放した経緯がある。他人の懐で好き勝手ができる今は王と妻の呂には天国だった。


「お母さん、花山さんはどうだったの?今日は付き添わなくて大丈夫なの?」

並子は病院から帰宅した美子に聞いた。

「金太郎お父さんは、とりあえず、家に連れて帰ったわ。王さんが様子を見に行くっていうことでね。病院は検査だけだったわ。診断は来月になるみたいよ。お医者さんが言うには、区のお年寄りセンターに相談した方がいいと言われたわ。」

「王さんが様子を見に行くって、おうちの鍵を持ってるの?花山さんは一人にしておいて大丈夫なの?」

「火の元が心配だったから、ガスの元栓は閉めてきたわ。携帯の電話に私の直通ボタンを設定しておいた。でも、部屋がひどい状況だったのよ。鍵は合鍵を王さんが持っていたわ。」

美子の声はとても疲れていた。肉体的にもだが、精神的にもショックだった。他人の王が合鍵を持っているというのは驚きだった。確かに安全上必要かもしれなかったが、王が合鍵を持つ前に、自分か身内の誰かに相談をしてもらいたかった。又は、役所に相談するということもあるはずだ。金太郎の状況でそのようなことを勝手にされて、果たしていいのだろうか、美子は不安な気持ちになっていた。確かに、病院でも王は金太郎の世話をかいがいしくしていた。しかし、それとこれは別の話だ。親友の信子に相談しなくてはならない。


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