新米社長には、権限は認めない!責任だけ取れ!
翌日の午前中。新土手1丁目店は巧が手配した2丁目店のバイトが入っていた。巧は事務所で日配の発注の手直しをしていた。そこへ、王が花山金太郎と連れ立ってやってきた。
「オーナー、お疲れ様です。」と金太郎を見て、王の方を探るように見た。王は、又半泣きの顔をしていた。
「昨日、誰モ話ニ来ナカッタヨ。」
「ええええええええええええ!だって、石田さんは。」巧は、予想外の展開に驚きの声をだした。計画では、店の運営の主導権を王らが握り、今まで通り、一族が働き、レジから架空給与をあげて、その一部を実と石田に渡すということになっていた。
「店ノ勤怠管理ヲ確認シテミロ。」王は巧に命じた。巧は、ストアコンピューターを操作した。勤怠管理では、王ら全員が退職と登録されていた。
「あの女だ!」巧は呟いた。あの大人しそうな並子がそんなことをするなんて全く想像していなかったのだ。王も舌打ちした。金太郎は二人を不思議そうに眺めていた。元より金太郎は王になぜ自分が連れられてきたか理解していなかった。王が金太郎を連れてきたのは、店に来る口実の為に他ならない。昨日、自分たちが職場放棄したのだから、普通の神経の人間ならば、どの面下げて入れるか?なのだが、彼らにはそんなものなかったのだ。
「こうなったら、計画を変更だ。あの女が自分から手を引きたいというように仕向けてやる。」
「金ハ?」
「俺らがみんなの生活費を何とかする。俺たちに逆らったらどうなるか、思い知らせてやる。だから、みんなに安心するように伝えてくれ。」
「ワカッタ。頼ムゾ、巧。」
王の言葉に巧は肯いた。
夕方、並子は新土手1丁目店の事務所にやってきた。巧と石田が何やら話していたが、並子が入ってくると話をやめて、並子を見た。
「巧さん、明日からお店を手伝うわ。」並子は言った。
「へっ?」巧は一瞬目をぱちくりした。石田はニヤリと笑った。これで、思う存分に傷めつけれる。
「それは、助かります。でも、レジ打てるんですか?」
「学生時代にバイトしたことがあるので、教えてもらえれば、何とかなると思います。」
「それなら、うちの見習いをつけますから、教わって下さい。でも、会社はどうしたんですか?」石田は言った。
「今日、辞めてきました。店が落ち着くまで、手伝います。」並子は答えた。
「でも、今足りないのは早朝なんですよ。ご自宅は千葉でしたよね?」巧は石田の意図を察して、調子を合わせることにした。
「近くにホテルを借ります。」
「分かりました。じゃあ、明日は朝10時に来て、レジ打ちとか習ってください。」
「じゃあ、今から一旦家に戻るわ。荷物を作ったり、ホテルを探さなくちゃいけないから。」並子はそういうと事務所を出て行った。
並子がいなくなると、巧と石田はニヤニヤ笑った。
「いつまでもつかね?」
翌日、朝10時、並子は店にやってきた。
「お疲れ様です。」
巧はストアコンピューターの前に座っていた。彼は社長の並子に一瞥もくれなかった。彼は並子にコンピューターを触らせてはならないと決心していた。一族の為にこの会社から金を奪わなくてはならない。王らを退職登録させるような女に二度といじらせてはならないと思っていた。
「そこにあるユニフォームを着て下さい。石田さんの連れてる見習いの牛島さんが来たら、レジ操作を教わって下さい。」
「巧さん、私は発注を教わりたいわ。」並子は言った。
「いやだ。」巧は一喝した。
石田がその時、牛島と事務所に入ってきた。
「お疲れ様です。あなたには責任を取って働いてもらいます。これが牛島です。牛島にレジを教わって下さい。それと、判子を押してもらう書類があるのですが。」
「判子は今、持っていません。」並子は答えた。石田はニヤリと笑った。
「判子を渡して下さい。花山オーナーに押してもらいます。」
「そんな。わけのわからないものに押印などできません。」
「花山オーナーに説明します。あなたには説明する気はありません。」石田は更に続けた。並子は店舗運営など全く分からない。人の手配もできない。今はニコマートに頼るしか仕方がなかった。しぶしぶ、並子は印鑑を渡した。しかし、並子は代表者印を変更していた。勿論、この場合本物を渡す必要は感じなかった。既に代表ではない人間に説明して押印させるというのだから。しかも、その当人は認知症の高齢者だ。石田の説明がどの程度理解できるか分かったものではない。そんなことに法的責任を負わされる理由はない。
並子は、牛島とレジに立った。牛島は並子より年下の男だった。並子に尊大な態度でまず言った。
「ユニフォームが乱れてます。立ち位置はここです。その手の位置はなんですか?袋詰めのやり方が悪い。」彼は、並子の一挙一動にケチをつけ続けた。しかも、客の前で怒鳴り付けるのだった。それを見ていた客が堪らず文句を言った。
「あんたの態度の方が感じ悪いよ。」
牛島はひるんだようだった。でも、それは一日中続いた。
その様子を防犯カメラで見ながら、巧と石田は馬鹿にして笑っていた。それもそのはず、本来は彼女は牛島に怒られながらレジをする立場ではなく、お金を払っている顧客だった。つまり、牛島は彼女に対してそれなりの礼節をわきまえなくてはならないのだ。勿論、石田も巧もだった。
初日の日だった。巧と石田は商品の納品時に納品の検品をしようとする並子に二人でニヤニヤしてやって来て言ったのだ。
「お宅のお店は、ある事件から納品時に検品をしないことを選択したのです。」石田はいった。巧も肯いた。
「えっ?」並子は驚いた。なぜなら、それは学生時代にバイトでやっていたこととは違うからだ。
「ニコマートは納品時の検品を廃止する方向です。」石田は更に言った。有無を言わせない調子だった。これは、店側が損を負担することになる。そんなことを普通の状態なら承諾するわけがない。石田は、ニコマートが作成してきた納品伝票にただ押印するようにと命じられた。並子は竹山所長の花山金太郎に権限を戻せと言われたことを思い出した。並子は「成年後見人の選任まではできない」と言ったのだ。ニコマートは花山金太郎がそういう状況なのを了解した上で、言っているのだ。どこにも助けはなかった。並子は唇を噛んだ。
一週間が経過した。並子はレジ操作は一応できるようになっていた。彼女にとっての苦痛は、教えてもないことでお客やバイトの前で怒鳴り付ける牛島や巧の態度だった。年下のしかも本来は雇っている人間にそういう態度を取られること、それは、彼らが並子を顧客とも上司とも思っていないことを如実に表していた。その態度を見て、バイトはあからさまに並子を馬鹿にした。それが彼らの狙いだった。新規バイトの面接も石田と巧が並子に断りもなくやっていた。だから、バイトは石田と巧を雇用主と考えていた。並子はそれでも、笑顔で接客し、お客さんと冗談を言い合っていた。
日配の納品が来た。巧は事務所で知らん顔をしていた。新しく入ったバイトの森ちゃんと並子が品物を冷蔵ケースに陳列していた。並子は連日の長時間労働と、帰宅後の事務処理でヘトヘトで、身体が動かなかった。でも、何とか身体を動かそうとした。すると、バイトの森ちゃんが、見かねて言った。
「並子さんはレジをやってください。私が陳列します。」
「でも、森ちゃんも疲れてるでしょう?」並子は言った。
「大丈夫。私はまだ若いもの。」
そう言って、森ちゃんは一人で商品の陳列をやってのけた。
やがて、のっそりと事務所から巧が出てきて、陳列を見るなり、並子を呼びつけた。
「ちょっと、来い!」
「何?」並子は陳列棚の前にやってきた。
「これと、これは温度がちがう。ここに陳列したらダメだ。わかんのか!」巧は並子を怒鳴り付けた。森ちゃんはビックリして眺めていた。自分がやったのだから当然だ。並子はだまっていた。巧は手直しすると、そのまま事務所に戻っていった。
「どうして、みんな並子さんにはひどいの?」巧がいなくなると森ちゃんは言った。
並子は無言でレジに戻った。巧や牛島、石田の目的は並子が花山金太郎に権限を戻したいとすることだった。当然、彼女を精神に壊すためにやっていたのだった。
レジに戻ると、高齢の女性が待っていた。
「いつもありがとうございます。」並子は常連のその女性に笑顔を向けた。
「あなたも大変ね。」そういう労いの言葉と軽い冗談を交わした。二人とも笑顔だった。
それを、監視カメラで見ていた巧が血相を変えてやってきて、事務所に来いと並子を呼びつけた。
「お前、自分がどういう立場か分かっとるのか!」巧はまたも怒鳴り付けた。
並子は涙をこらえた。年上で上司の自分が泣いたらみっともないと思ったのだ。
そこに石田がやってきた。石田は店の会計書類を持参してきた。並子が気づくと、
「これは、花山オーナーに届けます。」と言って、持ち去った。書類の押印だけではない、全てのオーナー業務を金太郎にさせようとするのだ。金太郎は、書類を受け取ってもそれを理解できないし、どこにしまい込むか誰にも予想ができなかった。過去の税務申告のファイルもバラバラにされて、並子はそれを探すのに苦労していた。その金太郎に石田は渡すと言ったのだ。
それに、王らは、並子が金太郎を騙して、会社を乗っ取ろうとしているという噂をばら撒いた。自分たちの行動を正当化し、人員の調達を妨害する目的だった。ある日、過去に新土手1丁目店に勤めていたという客がやってきて、睨みながら並子に言った。
「私達はまだつながっているんですよ。私は働く気はありません。」
並子は黙って聞くしかなかった。証拠を示して、説明したくても、店先でできることではなかった。
そして、何人か人員の補充ができてきた。
美子は、そんな娘のことを心配しなかったわけではなかった。しかし、その頃、折悪しく、夫の徹男が体調を崩して入院することになったのだ。彼女も毎日病院と自宅の往復で忙しく生活していた。家に帰ると、美子もヘトヘトの日々だった。それでも、彼女は並子の負担を減らそうと金太郎のことは気にかけていた。お年寄りセンターの相田からの話では、相変わらず、息子の実との連絡がつかず、施設も決まらない状況だということだった。
「困っています。このままの状況では猛暑の中、熱中症で生命の危険もあります。」相田は美子に訴えた。しかし、美子は何もできることはなかった。相田自身も認めているように、信子は海外で行政に委託したいと言っているが、実がやると言う以上、行政側としては何もできないのだ。行政はできないことを助けるという建前なのだから。勿論、美子が娘の信子に代わって、実以上にやるということであれば、問題は解決する。しかし、美子にはそれはとてもできる状況ではなかった。
「一度、様子を見に来てください。」相田は更に懇願した。美子は責任上、重い腰を上げて、金太郎の自宅に行くしかないと思った。
その日は、7月でも特に暑い日だった。美子が、花山金太郎の自宅に着いたのは午後3時くらいだったろう。一応は金太郎に来訪の約束をしてやってきたのだった。美子は、金太郎の部屋のチャイムを鳴らした。しかし、何の反応もなかった。次にドアノブを回した。鍵はかかっていた。更にチャイムを鳴らした。しかし、反応はなかった。美子は預かっている合鍵で金太郎の部屋に入ってみた。誰も居なかった。美子は困惑して、並子に電話した。並子は丁度手が空いていたようだった。
「どうしたの?」
「花山のお父さんの家に来てるんだけど、いないのよ。」
「えっ?約束してたの?」
「勿論よ。どうしよう?」
「この猛暑で、迷子になっていたら、命も危ないわよ。警察に連絡した方がいいわ。」
「わかったわ。」そう言うと、美子は、電話を切り、110番をダイヤルした。
「どうしました?」受付の男性は尋ねた。美子は、花山金太郎が認知症で約束していたのに、不在だと話した。
「病状は板橋区のお年寄りセンターの相田さんに確認してください。」
「あなたと花山金太郎さんの関係は?」
「親友のお父さまなんです。親友は今海外にいて、頼まれています。」
「わかりました。今、T署の人間を行かしますから、事情を話して下さい。」
「よろしくお願いいたします。」
すると、直ぐにドアのチャイムが鳴った。警官の制服の体格のいい男性がやってきた。美子は、花山金太郎の特徴など、聞かれたことに精一杯答えた。
「全署に通知しましたから、何か連絡があると思います。」警官は美子に安心させるように言葉をかけた。美子は夫の病気のことだけでも、疲れていた。無理に笑顔を作って頷いた。それから、美子は不安な気持ちで連絡を待っていた。
そうして、2時間くらいしたころだろうか。美子の携帯が鳴った。
「はい、もしもし。」
「此花さんですか?花山金太郎さんをご存じですか?」
「はい。居なくなって、心配して探しています。」
「こちらは、荻久保署です。花山金太郎さんを保護しました。引き取りに来ていただけませんか?」
「わかりました。娘と連絡を取って、伺います。」
その日、並子は勤務を午後6時で終えた。美子とT駅で待ち合わせて、タクシーで荻久保署に向かった。
受付で、用向きを言うと、二人を署員が迎えに来て、花山金太郎の所に案内された。金太郎は全く悪びれた様子もなく、美子と並子を見ると笑った。
「おじいちゃんは、杉並と荻久保の隣接する場所で発見されたんですよ。」年嵩の刑事が
説明してくれた。
「昔、杉並に花山さんの家があったんですよ。多分そこに行こうとしてのだと思います。」美子は話した。金太郎が最初の結婚をしていた時にそこに家があった。彼は、離婚した時に、それを売却して殆どの財産を離婚した妻に渡したのだった。
「助かりましたよ。金太郎さんの持ち物から、片端から電話したんですよ。誰も引き取りに来てくれないのですよ。」若い刑事も言った。
「息子さんは?」並子は言った。
「息子さんは電話にもでませんでしたよ。」若い刑事が答えた。そういうと、美子に手続きをしてほしいと個室に連れて言った。
「私達の捜索願いは?」並子が尋ねるそうして、30分くらいもしただろうか、手続を終えると、若い刑事と女性の刑事が三人を玄関に案内してくれ、若い刑事はタクシーと止めて、三人を乗せて見送ってくれた。
金太郎は全く素直に美子と並子とタクシーに乗った。並子の疲労は限界に近づいていた。美子だって夫の看病だけでも大変だったが、息子の実がこのように金太郎の介護に対して放置するのであれば今後、親友の手前放っておくこともできない。実ができないと行政に言ってくれたなら、行政がもっと積極的に関与してくれるのだが、この状況では信子の代わりに美子が動かなくてはならなくなる。
「お母さん、私、暫く私の代わりを派遣社員に頼もうと思うの。」
「えっ?できるの?だったら、そうしたらいいじゃない?」
「お金がかかるわよ。」
「いいわよ。この際仕方ないわよ。」
「放置はしないわ。お店の近くに部屋を借りようと思うのよ。その内、息子さんの成年後見人選任が決まれば、私達は手を引くことになるわ。その前に、もっと詳しく帳簿の調査と修正をしたいのよ。」
「家を出るの?一人で大丈夫なの?」
「出るのじゃないわ。セカンドハウスを作るのよ。ホテルだったら、事務仕事がしにくいのよ。ホテル代もかかるし、息子さんがこんな風に無責任なことを繰り返しているなら、お母さんや私に負担がくるわ。そんな時、お店の近くに拠点を持っていた方が都合がいいと思うわ。」
「そうね。じゃあ、私が泊まれるようにしといてよ。」美子はいたずらっぽく笑った。
並子もつられて笑った。二人が笑っているのを見て、金太郎もニコニコした。
並子が翌日、店に行くと、石田が入店していた。
「お疲れ様です。石田さん、実は母とも相談したのですが、父が入院して、母が看病で大変なので、家のことを手伝うことになりました。それで、派遣社員の方に暫く私の代わりに入ってもらいたいのです。費用が割高なのは知っていますが。」
「いいですよ。」石田はあっさりと言った。彼からしたら並子が店にいないと色々都合がいい、彼らは王らと実に渡すお金を作らなくてはならなかった。
「じゃあ、どうしたら、お願いできるのか、教えて下さい。」
石田は、ニコマートの推奨する派遣会社の電話番号を教えた。並子は言われた通りに申込手続をした。巧は幾分不機嫌だった。しかし、石田が耳元で何やらささやくと頷いて、それ以上何も言わなかった。
「毎日、顔を出します。それに、花火大会の日には手伝いに来ます。」並子は巧と石田に笑顔で言った。
並子はホテルに帰ると、スマホでUR賃貸のサイトを検索し、内見の予約を入れた。そして、美子に電話をした。
「お母さん、ちゃんと帰れた?」美子の声が携帯から聞こえると、まず並子は聞いた。
「大丈夫よ。あんたの方はどうだった?」美子は幾分疲れているが、しっかりした声で言った。ニコマートの反応が気になっていた。
「こちらも大丈夫よ。派遣の手配もできたわ。」
「それなら、良かったわ。とにかく、美味しいものを食べてゆっくり休みなさい。」
「今日はゆっくり休むわ。でも、明日からお部屋探しよ。花山オーナーの所と同じUR賃貸にするつもりよ。とりあえず、最低限必要なものだけは買うわね。それと、色々会える人には会っておくわ。銀行も板橋信用金庫だけじゃ不安だから、新しい口座を作るつもりよ。」並子は今の不利な状況を立て直すために準備をするのだった。
「了解よ。私が泊まれるようにしといてね。」
「それはそうと、お年寄りセンターの方は何か言ってきた?」
「とにかく、花山のお父さんの徘徊と警察に保護されたこと、私達が引き取りに行ったことは連絡しておいたわ。相田さんに警察からも問い合わせがあったそうよ。」
「そうなんだ。早く成年後見人が選任されるといいわね。やっぱり息子さんかしら?」
「多分、そうよね。親族の申立てで息子さんは親族ですものね。」
「でも、いくら何でも息子さんの謝罪とかないの?私達は赤の他人なのよ。ちょっと信じられないわ。」並子は花山実に対して腹立たしく思っていた。
「確かにそうよね。常識のある人なら親とどんな関係でも他人に迷惑をかけたら謝罪とかお礼とかするわよね。信子がお兄さんをよく言わなかったのも納得だわ。」
「そんな人が成年後見人に選任されて、花山オーナーは大丈夫なのかしら?でも、成年後見人には家庭裁判所の監督があるから、少なくともオーナーは最低限の安心した生活を送れるはずよ。なかったら、どうされるかわからないけど。」
「そうよね。せめて、少しでも安心して生活できるように、裁判所に入ってもらった方がいいわよね。私達ができることって。」美子も同意した。
「お父さんの入院だけでも、お母さん大変だもの。これ以上花山オーナーのことまでやれないわよ。」並子は母が金太郎に対して同情しているのを感じていた。
「年を取るって、悲しいことね。」美子はしみじみと言った。並子は、花山金太郎がいくら気の毒でも自分たちのできることしかできないよ、と思った。
その頃、巧は石田に末井を紹介していた。
「彼は、僕と同じくらいの能力があります。彼に新土手2丁目店の方はやらせます。」
「末井です。巧とは幼馴染です。」末井は挨拶した。石田は末井を上から下までジロジロ観察して、考えているようだった。
「ニコマートの石田です。で、巧くんから聞いているんだよね?」
末井は肯いた。
「花山オーナーを騙して、乗っ取った女社長を懲らしめるんですって?」
「そうだ。俺らも協力するから、徹底的にやってくれ。泣いて辞めたいと言い出すまでだ。」石田は冷たく笑った。本当は、彼らがした横領や詐欺まがいの契約のことを追究されたくなかった為とは言わない。
「任しておいてください。日本人なんか俺嫌いだもの。」末井は冷たく言い放った。
「君は?中国人なの?」石田は日本人と言う言葉で末井が外国籍の人間だと感じた。
「台湾です。」末井は答えた。
「とにかく、当面は此花嬢は来ないだろうから、その間にバイトも含めて、作戦を徹底するんだ。それと、この店の利益だが、此花嬢には渡らないようにする。」
「えっ?いいんですか?」末井は驚いて聞き返した。
「大丈夫だ。」巧が言い、石田も肯いた。
「まず、君と巧くんと巧くんの従弟の隆くんの三人の時給は入店のみタイムカードを入れる。退店は切らないでいい。そうすると、パソコンが自動的に残業をつけ続けてくれる。」
「そりゃあすごい。でも、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。俺がいいって言うんだからな。」石田は威張って言った。
「それと、2丁目店でやっていた。レジから給料を引くのをする。それはうちの損益には載らないから、よっぽど詳しく会計資料を見なくては分からない。これは、巧くんは良く知っているよな?」そう言って巧を振り返った。巧は頷いた。
「この利益は、正当に店を引き継ぐべき花山オーナーの息子さんと、オーナーの為に抗議して、仕事を奪われた王さん達に配分する。」巧は末井に説明をした。末井も納得した。
「それに、ご面倒をおかけする石田さんにも、ニコマートの代表として受け取ってもらう。」巧は石田に言った。石田は肯いた。ニコマートの石田が仲間であれば、どのようなことも大っぴらにやっても安心してやれる。彼らは自分たちなりの理屈をつけて、ホットハートコーポレーションから収益を奪う計画を実行する。石田はだから、どうしても契約の継続を強要し、そして、花山金太郎に店舗運営権を持たせ続けなくてはならなかったのだった。
並子は何も知らなかった。そこまでのことが行われるなんて想像するには、まともな人間の中に生きてきすぎたのだ。並子は千葉の実家に戻り、当面必要な荷物を送る為の整理をしていた。すると、中に王らの雇用保険に関する書類が出てきた。
「そう言えば、あの人たちの社会保険の手続をどうしたらいいのかしら?」
見ると、ニコマートの紹介でオール労務管理事務所と契約していた。並子はオール労務管理事務所の代表番号に電話した。
「ホットハートコーポレーションですが、弊社の社員の社会保険について確認したいのですが。」並子は王らの職場放棄をした社員の名前を出した。
「その件でしたら、王さんからの申出で失業保険の手続をしました。」
「えっ?辞めた人間の申出でそんなことをしていいんですか?」並子は驚いた。集団職場放棄をした人間の失業保険を勝手にする?会社の了解も得ないで?しかし、担当者は全く悪びれた様子もなかった。
「問題ありません。」
並子はまたしても、味方がいないのを痛感した。彼女は無言で電話を切った。暫く、ショックで何も手につかなかった。しかし、オール労務管理事務所は王らよりの対応が過ぎる。何か理由があるのだろうか?並子は更に書類を調べてみることにした。すると、丁度王らが差配するようになった頃に以前の労務管理事務所に廃業の届をだしているのが分かった。届には花山金太郎のゴム印と印鑑が押されていた。当然ながら、その頃、ホットハートコーポレーションは廃業などしていない。これが原因で王に借りがあるのではないかと思った。並子は以前の労務管理事務所に問い合わせをすることにした。電話番号を押すと、暫くして男性の声がした。
「川合労務管理事務所です。」
「私はホットハートコーポレーションの代表の此花ですが、社会保険の書類を調べていたら、弊社が廃業届を出していることになっているんですが、弊社は別に廃業していませんし、事情を教えて下さいませんか?」並子は丁寧に尋ねた。電話の男性は弱々しい声で事情を語った。男性は川合労務管理事務所の二代目理事長だった。川合理事長は悪性リンパ腫で長期入院を余儀なくされていたのだが、その最中に部下だった大井社労士ら所員らが川合労務管理事務所の顧客を奪い、ニコマートとの紹介契約も奪ったのだった。奇跡的に回復した川合理事長はそのことを知り、顧客を取り戻すべく、戦っていた。並子はこの労務管理事務所との契約を即決した。
並子の携帯が鳴った。見ると、ニコマートの石田の携帯の番号が表示されていた。正直に言うと、並子は出たくなかった。しかし、気持ちを押し殺して出ることにした。石田の言葉尻は非常に横柄だった。
「此花さん?お疲れ様です。ニコマートの石田です。」
「なんでしょうか?」
「ちょっと、あんたどうなってるんですか?花山オーナーがタクシー代も持たずに店に来たんですよ。巧店長がタクシー代1万円を立替たんですよ。すぐ来て、巧店長に謝って弁償してください。」
「・・・・。」並子は絶句した。花山金太郎は並子と赤の他人だ。なんで石田に呼びつけられるんだ。
「あんた、花山オーナーに金を渡してるんですか?」石田は尚も並子を責めつけた。通常なら並子も文句を言っただろう。でも、並子は連日、石田と巧に怒鳴り付けられ、ヘトヘトになって働いていた。彼らは、彼女をバイト以下のように扱ってきたのだ。石田は、事あるごとに莫大な違約金を払わせると脅していた。並子は、店舗運営について何の知識もない。その彼女に無理やり契約を継続させていた。彼女は単独では店舗運営などできるわけがない。仕方なく言いなりになるしかなかったのだ。
「すぐに来いよ。」石田は命令をした。
並子は腸が煮えくり返るのを抑えて、店舗に向かった。
店舗には石田と巧が待っていた。
「巧店長に謝りなさい。」石田は並子に言った。
「ごめんなさい。迷惑をかけて。」並子は言って、ポケットマネーから一万円を出した。
「いえ、俺の立替じゃなく、店の金で建替えましたから。」巧は笑いをかみ殺して答えた。バイト達も並子を馬鹿にしたように見ていた。石田も笑いをかみ殺していた。
並子は嘲笑の中をトボトボ店を出た。涙がこぼれそうになった。でも、泣くまいと自分に言い聞かせた。




