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日本の父って言ってたよね?

翌日、美子は夫と並子が出勤した後、家事を終え、ゆっくりとテレビを見ながら、居間でくつろいでいた。最近慌ただしかったので、久方ぶりに落ち着いた時間だった。此花家は千葉の北総公団線S駅から徒歩5分ほどのマンションであった。このエリアはバブル時に作られたベッドタウンで、街は都市計画によって整備されていた。しかし、バブルが弾けてからはあまりにも高い電車賃に嫌気がさされて急激に値下がりした地域でもあった。徹男はバブルが弾けた時に当初の半額まで下がった値段でマンションを手に入れた。

美子は一目見て、このマンションが気に入った。それというのも、この台所は広く対面式のキッチンだったからだ。それまでの借家は家事をするために美子一人小さな隅の台所で立ち働くことになった。狭くテレビもなく、暗い台所で一人立ち働くのは寂しく、辛い作業だったのだ。娘たちも会社が交通費を払ってくれるので、文句は言わなかった。

美子は、最近の花山金太郎とホットハートコーポレーションのトラブルが早く片付いて、またいつもの日常に戻ってほしいと願っていた。並子と吉田税理士のことも、王店長らのことも彼女には恐ろしい話の連続だった。そんなことをあれこれ考えていると、花山良子の携帯の呼び出し音が鳴った。

「はい。もしもし……。」

「オクサンデスカ?王デス。」新土手1丁目店店長の王からの電話だった。

「王さん、どうしたんですか?」

「実ハ、今日、ニコマートノ石田サンガキテ、息子ガオーナーノ判子ト通帳ヲ取リアゲロ、ト言ッテル」王の声は興奮していた。

「なんですって⁈ そこにニコマートの人はいるの?」

「ハイ、代ワルヨ」王は言うと、間があって、別の声になった。

「ニコマートの石田です。実は、息子の実さんから、花山オーナーの通帳と印鑑を全て取り上げてほしいと言われてきました。」

「すみませんが、花山さんの個人の通帳の印鑑も既に行政にお預けしています。会社の方は行政の方が成年後見人の申立てをしてくださることになっています。」

「そうなんですか?行政が管理してるんですか?成年後見人の申立ても手続が進んでるんですね。」

「娘の信子さんとご相談したんです。」

「了解です。息子さんにはそうお伝えします。」

「よろしくお願い致します。」

携帯を切ると、石田の顔色が変わっていた。

「王さん、ひとまず俺、営業所に帰るわ。」そういうなり、速足で事務所を出ていこうとした。

「石田サン、何ガアッタンデスカ?」王は必死に石田から聞き出そうとした。

「花山オーナーの成年後見人の申立てがされるんだ。」石田はそれだけ言うと、王を振り切って店を出て行った。

王はポカンと石田の出て行ったドアを見ていたが、呂が駆け寄ってきた。

「吉田先生ニ聞コウ。」

王は肯いて、直ぐに携帯で吉田税理士の携帯に電話した。

「吉田先生、成年後見人ッテナンダ?」

「それは、不味いですよ。オーナーの認知症が公になることになる。それに、そうなると、オーナーの権限が取り上げられて、此花さんが代表になるかもしれません。」

「ソンナ事ニナッタラ何モカモダメニナル。ドウシタライイ?」

「ニコマートも望んでないから、何か石田さんが手を打つかもしれませんよ。」

呂が隣で聞いてて頷く、王も頷いた。

「ワカッタ。又ナニカアッタラ頼ムヨ。」

「分かってます。」吉田は応じた。吉田にしても、此花親子がこれ以上主導権を握ることは望ましいことではないのだ。


板橋営業所に戻った石田は早速、竹山に此花親子が花山オーナーの成年後見人の行政申立の手続をしていることを報告した。

「石田君、それは不味いよ。法務部に確認したところ、あの会社は花山オーナーと此花美子氏の二人株主で、二人役員の会社なんだそうだ。花山オーナーに成年後見人がつくと、此花美子氏しか役員がいなくなることになる。行政が成年後見人を選任するとなると、それはきっと弁護士や税理士ということになるだろうとのことだ。もう、花山オーナーの認知症を知らなかったとは言えなくなるぞ。」

「所長、それでどうしたらよいでしょうか?」

「法務部の方で言われたのは、行政申立より親族申立の方が優先されるということだよ。つまりは、あの実氏に申立てをさせるのさ。」

「それは、でも、実氏が申立てをしても、同じことになるじゃありませんか?」

「そして、直ぐに取り下げさせればいい。誰も、気づかないよ。申立てをしたことだけしかいう必要はないだろう?」

「なるほど。でも、あの息子さんがしてくれるでしょうか?」

「それは、君の腕さ。よろしくな。」竹山は石田の肩をポンポンと叩いた。石田は、頷いた。

「お任せ下さい。」これで、竹山に自分の力を印象付けできる。竹山は、この案件もこれで処理できるだろうと思った。


此花美子は石田との電話の後、妙な胸騒ぎがした。花山金太郎の別れた妻との間の息子が金太郎の全ての通帳と印鑑をニコマートに回収させようとしたことは、その息子が金太郎のお金に興味を持っていることを示していた。今後どんなことをしてくるか分からない。金太郎の娘、信子はあまりその息子について良い気持ちを持っていないようだったが、美子としては、その息子が誠実な人間で父の面倒を誠実に見てくれるのであれば、任せてもよいのではないかと考えていた。自分は金太郎の介護に責任は持てないし、信子は海外で帰国して認知症の父の面倒など見られるわけもない。信子も美子もお金には困っていないし、息子が金太郎の個人資産を得たとしてもかまわないと思った。とにかく、並子の意見を聞きたいと思った。娘はどういう見解なのか確認しなくてはならない。並子はその日は仕事が長引き、帰宅は夜の9時頃になっていた。美子は、娘がマンションの鍵を開けて、入ってくる音を聞くと、自室の襖を開けて、娘を出迎えた。

「おかえり」美子は声をかけた。

「ただいま、どうしたの?」並子は心なしか母の声が不安そうに聞こえた。

「実は……。」美子は王からの電話のことを話した。並子は、黙って聞いていたが、だんだん表情が険しくなってきた。

「ふざけてる!ニコマートはどこまで私達を馬鹿にしてるのかしら。会社の印鑑や通帳を息子に渡すなんてどういう発想でそんなことを言い出すのかしら?現在は息子さんは何の権限もないじゃないの。」

「でも、ニコマートが言うのよ。」美子は、ニコマートが不法なことはするわけない、きっと何かそういう権利があるのだろうと思うのだった。

「あるわけないでしょ?個人のお金だったら、まだ、父親だから管理する権利はあるかもしれないけど、会社は別よ。それに、吉田税理士の会計処理について、調査して、不正は修正しなくてはならないわ。それは、会計知識のない人間には無理よ。だから、これが終わるまでは私達が権限を持っていなくてはならないわ。その後は、息子さんでも、誰でも好きにさせたらいいと思うわよ。だって、お母さんの会社に対する権利が侵害されているのよ。そんな欲張りな息子さんがキチンと調査して、修正してくれると思う?」並子は声を荒げている。

「でも、ニコマートが言ってきてるのよ。私達に抗うことなんでできるの?」美子は大企業のニコマートに抗い、ややこしくなるのは嫌だった。

「お母さん、何言ってるのよ。私達は何も悪いことをしているわけじゃないのよ。認知症の花山さんの権利を守ろうとしてるのよ。なぜわからないの?認知症の人は、お金を無造作にばら撒いたり、欺かれて不必要な契約をさせられたりするのよ。認知症の診断書がないということは、そういう時にそれを止めることができないのよ。だって、第三者に病気を証明することができないのですもの。見た目では分からないでしょ?成年後見人が選任されるまでは、私達でできるだけのことをして守ってあげなくちゃいけないのよ。」美子は娘の怒りに圧倒されてしまった。

「でも、お医者さんは、仕事をさせろって言ってるのよ。取り上げたら悪化させるって。どうやって、それまで守るのよ。ニコマートがそうなのに。」美子は混乱していた。

「お母さん、これはやらなくてはダメなことだと思うわ。」並子の声は決然としていた。

美子は娘にこれ以上言っても無駄だと悟った。曖昧に頷いた。

「わかったわ。亡くなった良子お母さんの為にもう少し頑張ってみましょう。」


翌日の午後3時頃、新宿のニコマートで店長の花山実と石田が面談していた。

「実は、先日、竹山が言ってた協力の件なんですが、」

石田は竹山所長の発案の父親の成年後見人の申立ての件を切り出した。花山実はストコンの前の椅子に座って、石田の話を聞いていたが、目は異様に鋭かった。

「嫌です。お断りです。そんなことをして俺にどんなメリットがあるんですか?」声はキッパリとしていた。

「それはそうですが、もし、メリットがあれば、考えてくれますか?」石田はこの答は想定していた。

「……。」実は心が動いたようだったが、黙っていた。

「わかりました。また、来ます。」石田は、それだけ言うと、事務所をでた。

石田は、その足で新土手2丁目店に向かっていた。彼にはある目算があった。


新土手2丁目店は、新土手1丁目店から徒歩5分くらいの場所独立した一軒家で駐車場スペースも広く取られていた。真新しい店舗の中は、広いイートインスペースもあり、近所の喫茶店代わりに使われる事もあった。石田はその駐車場スペースに車を止め、店舗に入って行った。カウンターでは、バイトが暇そうに立っていた。この店舗は昼間以外はあまり客数が伸びない、その昼間の客数も大半は新土手1丁目店の客を食うものであった。新土手1丁目店と新土手2丁目店の間には大きな都営住宅があるが、立地的には新土手1丁目店の方が近く、その住人は大半が高齢者の為、近い新土手1丁目店に行くことが多かった。つまり、この2店舗の立地はそれまで新土手1丁目店一店舗の顧客だったものが、2分割されたことになっていた。これによって、ニコマートは2店舗分のロイヤリティーと商品在庫をホットハートコーポレーションに持たせることに成功した。売上倍増したことになるのだ。逆に言えば、ホットハートコーポレーションの経営効率は人件費面も含めて、悪くなったことになるのだ。もし、花山金太郎が認知症でなければ、この不利な契約を応じたかどうか不明である。だから、花山金太郎の認知症をニコマートは知らなかったことにしなければならなかった。石田は、直ぐに事務所には行かず、店舗の陳列棚を見て回った。

「石田さん、お疲れ様です。」巧店長は防犯カメラを見て、事務所から出てきた。

「店長、お疲れ様。相変わらずだね。」

「ええ、この時間は暇です。」

「ちょっと、ストコン見たいのだけど、いいかな?」

「ええ、どうぞ。」巧は事務所に石田と入っていった。

石田は、事務所に入ると直ぐにストコンの前の椅子に座り、何やら操作を始めた。巧はその傍で石田を見ていた。しばらくして、石田は巧を振り向いた。

「ねえ、巧店長。去年の7月8月9月分の従業員給料だけど、処理はもう完了したのかい?」

巧は一瞬、ギクリとしたが、落ち着いた声で答えた。

「はい、今日で終わりました。」

「ふーん、そうか。」石田は巧をじっと見た。巧は目をそらした。それを見て、石田はニヤリと笑った。やっぱりだと石田の勘は言っていた。ニコマートとの契約では、給料が2種類に分かれていた。その1つはA勘定と呼ばれるもので、オーナーの儲けから支払われる給料のことだ。そして、もう一つは、B勘定と呼ばれるもので、経費として売上から差し引くことを認められている給料だ。ニコマートに払うロイヤリティーはニコマートが認めた経費を差し引いて計算される。一般的に従業員給料はこのB勘定で処理される。ニコマートが認めている従業員給料の売上から差し引く方法はニコマート本部から従業員への振込という形と、レジから現金を支払う形の二つあった。この新土手2丁目店の開業から3か月分の従業員給料が売上から差し引かれていないことが分かり、本部の経理から売上から差し引くようにとの指示が出された。勿論、これは立替払いしているホットハートコーポレーションへ精算金として支払うようにという意味だった。しかし、花山オーナーは認知症だ、きっとこの処理のことは理解していない。そして、レジから引かれたこの給料はニコマートに作成する損益計算書には表示されないのだ。ニコマートの会計処理に詳しいものにしか気づかれない。

「協力してほしいことがあるんだけど。」

「なんですか?」巧は石田に気づかれたことを理解した。でも、それを言わないのは取引を持ち掛けているのだ。

「実は、ニコマートは新土手1丁目店も、新土手2丁目店も花山オーナーの息子さんに引き継がせたいと考えているんだ。しかし、今のままだと此花美子さんが引き継ぐことになる。それを阻止するのに協力してほしいんだよ。」

「それは、分かりました。でもどうするのですか?」巧にとっても願ったりかなったりの話だった。これは、王らの気持ちでもあった。

「実は、・・・。」石田は竹山所長の発案の成年後見人の申立て阻止の方法を語った。

「息子の実さんは、メリットがなければ、協力しないと言われてる。つまり、お金だよ。新土手1丁目店と新土手2丁目店の売上からいくらかの利益を渡せないだろうか?方法はあると思うのだが。」と石田は巧の目をまたジッと見た。

「みんなと相談してみます。」巧は、肩を竦めた。バレてるのなら仕方ない。確かにお金以外には協力は取り付けれないだろう。それに、此花親子が権限を握ったら全てがバレる。石田は、了解したと肯いた。

「早めに頼むよ。此花親子は手続に動いてるのだから。」

「明日には、連絡します。」巧は答えた。石田は、笑顔で頷いて立ち去った。巧は石田が店舗から出るのを防犯カメラで確認すると、携帯を手に取り、王に電話した。

「王さん、石田さんにバレた。」

「何ダッテ?何ガ?」王の大きな声が携帯から流れた。

「俺たちが、レジから引いた給与をオーナーに渡さないことだよ。」

「ドウイウコトカ説明シテミロ。」王の声は不安で震えていた。巧は今さっきの石田とのやり取りを王に説明した。

「ワカッタ。吉田先生ニ相談シテミヨウ。」王は答えた。この件には吉田の助力が必須であった。吉田が予め花山オーナーの配当処理を短期借入金で消すという経理処理をしておいてくれなければ、この給料の金額がホットハートコーポレーションの帳簿上消えることはない。そして、吉田が味方でなければ、警察に通報される危険があった。

「石田さんは急いでるよ。明日には返事が欲しいって。」

「ワカッタ。」王の声は震えていた。

暫くして、王から巧に電話が入った。

「今、吉田先生ニ連絡ガツイタ。先生ハ協力シテクレル。金額ハイクラニスルカ、石田サンニ聞ケ。」

「分かった。明日、石田さんに連絡して、聞くよ。」

「呂ガ言ッテル、石田サンモ嚙マセロ。」

「分かった。仲間にするのが安心だよね。」

「ソウダ。」

「そうする。」答えて、巧は携帯切った。


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