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お嬢様は何度でも死亡フラグを折る  作者: 蓮葉
お嬢様は舞踏会で巻き込まれる
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エピローグ:いつかの未来

これは、あり得るかもしれない未来の話である。

いや、既にあり得た未来の話である。

誰かにとっては未来であり、そして誰かにとっては過去である。

そんな話である。





 いずれ戻ってくるとわかっていても、別れというのは、感傷的になるものだ。


 ディールは今日、ホルネードへの留学へと出発する。大きなトランク二つとともに、馬車を待っていた。

 トランクは、王子が餞別として立派なものを贈ると言ってくれたのを断り、養母であるツェツェーリエの古いトランクを使っている。

 フェリクス王子の心使いはありがたいが、あの王子が選んだ……もしくは選ばせたトランクなど、立派すぎてその日のうちに盗まれてしまうだろうと思ったからだった。

 卒業を待たずに旅立つディールに、生徒会の皆は、昨日、盛大な送別会を開いてくれた。盛大すぎたくらいだ。そもそも、王家の第一王子お抱えシェフの料理が所狭しと並べられる晩餐の席に着く機会など、そうそうないだろう。


 今は、朝早く寮を出て、ツェツェーリエの屋敷で、馬車を待っているところだ。大がかりになるし、そのためだけに外出許可をとらせるのもどうかと思ったので、生徒会の皆の見送りは固辞した。なんだか恥ずかしかったし。

 はあ、とディールは息を吐いた。入学以来、ほとんど帰っていない自室は、本と魔導具がたくさんあって、どうにも片づけきらなかった。ツェツェーリエも似たようなタイプだからか、部屋がごちゃごちゃのまま留学に行くことについて何も言わないのをいいことに、このままにしていこうと思っている。


 窓の向こう。空はぽっかりと青い。白い雲が浮かんでいる。遠くに見える山々の連なり。あの向こうに、今から旅立つ。


 ーー故郷では、山が見えたの。あの向こうに行きたいって、ずっと思ってた。何があるんだろうって。……でも、私は行けないんだよね。

 ーーなら、代わりに俺が行って、山の向こうを見てくるよ。


 「山の向こうに、何があるんだろうな」

 「それは今からわかるんじゃなくって?」

 「……?!!」

 思わずもらした独り言に答える声があった。驚いてディールは振り向く。

 開け放たれていた扉に、よく知る姿がある。

 エリーゼ・フォン・シュッツナム。彼の命の恩人にして、昔からの知り合いであるお嬢様だった。


 「どうやら出発には間に合ったようね」

 「お嬢様、わざわざ見送りにきてくれたのか」


 ディールは驚いた。エリーゼのことは昔からよく知っていて、一時期は彼女に仕えていたわけだし、ディールがこの家に養子に来たときの後見人の家の娘として、ずっと親交はある。しかし、ここ数年、特に学園に入ってからは、立場の違いから、親しくする機会はほとんどなかったのだ。

 ディールとしては、ずっと彼女のことを気にはしていたのだが、そもそも身分が違い過ぎるため、自分から親しく近づくことははばかられていたのだった。

 「カティナから聞いたわ。今日、出発だって」

 「ああ、そういえば師匠が、少し前にお屋敷にご挨拶に行ったと言ってたな」

 そのとき、カティナにディールの留学の話をしたのだろう、とディールは合点がいった。

 カティナは、シュッツナム家の首都での屋敷の元締めだ。少し厳格で融通の利かないところはあるが、子供には意外と甘く、ディールがお屋敷にいたときも、いろいろと面倒を見てもらったものだ。昔を思い出して、少し懐かしい気分になる。

 「……カティナにもしばらく会ってないな」

 「もう、今日は出発日だものね。戻ってきたら、またお屋敷にも顔を出しなさいな」

 「それもそうだな」


 疎遠になったとはいえ、一年に一回は挨拶に顔を出している。そのうち結婚して出て行くと思っていたが、もしかしたらカティナはこのまま一生お屋敷にいるのかもしれない。

 まあ、これが今生の別れというわけではないし、機会はこれからもあるだろう。


 「卒業を待たずに行くなんて、あわただしいのね」

 「留学生に選ばれるのは、タイミングだからな。少し西の方がきなくさいのはお嬢様も知っているだろう。何かあったら、留学制度自体が停止される可能性だってある。早いうちに行って、少しでも学びたいと思ったのさ」

 「そうなの。いろいろと考えているのね」

 「まあな。早く一人前になれるよう、頑張るさ」

 「さすがはディールね」

 にこりとエリーゼは笑うと、少し遠い目になった。

 「立派になったと思うわ」

 「出会ったときに比べると?」

 しみじみ言われると少し照れる。ディールは軽口で混ぜっ返す。

 エリーゼもころころと笑った。

 「そうね。だってあの時のあなた、すごく薄汚れてたもの」

 「あー、そうだろうな……」


 初めて出会ったのは、7年前。お互いに10歳の頃だった。

 あんな薄汚れた、親に売られた子供を、よくぞ拾って受け入れてくれたものだと、今でもその幸運が信じられないくらいだ。

 すべて、エリーゼのおかげだ。

 屋敷の人々は、当然ながら、得体の知れない子供であるディールを、怪我が治ったら元の奉公先へと返すべきだと主張したのだ。

 おそらく、ディールの身体の傷から、店での虐待に薄々感づいていたのだろうが、だからといって、貴族は慈善事業家ではない。特に、10歳と幼い主を頂いているのだから、そのあたりの判断はシビアであってしかるべきであり、その主張が間違いであったとは、本人のディールですら思わない。


 しかし、エリーゼはそれを泣いて暴れて拒否した。

 今思えば、本人は決して認めないだろうが、エリーゼは寂しかったのだろうと思う。

 屋敷で大人に囲まれ、親兄弟と引き離された境遇は、『お嬢様』と『奉公人』という天と地ほどの境遇の差とはいえ、ある意味、ディールと同じと寂しさを抱えていたと言えるかもしれない。

 同じ年齢の遊び相手というのに、きっと、飢えていたのだ。


 『イヤ! 元の場所に戻したら、せっかくこの子を助けたのに死んじゃう!』

 『死にはしないでしょう。この子は店の奉公人です。わたしたちと同じです。働く代わりに部屋と食べ物を与えられているのですよ』

 『じゃあどうして、この子の身体はこんなにやせこけて痣と傷だらけなの? どうして逃げていたの?』

 『それは……』

 『この子だって戻りたくないよ! もう、ぶたれたくないよね? 痛い思いはイヤだよね?!』

 『……お嬢様、しかしながら、素性の知れない人間を、勝手にこの屋敷に置くわけには……』

 『人間だからダメなの? だったらカティナ、ヴァイスの代わりにペットを飼っていいって言ってたよね! わたし、この子にする。この子は今日から"ヴァイス"になればいい! それでいいでしょ?!』 


 「まあ、猫扱いだもんな」

 「それは忘れなさい」

 お嬢様は、この話になると、いつも不機嫌になる。黒歴史というか、純粋に恥ずかしい記憶だと思っているらしい。


 ーーディールにしてみたら、それはとても大切な宝物のような記憶なのだが。


 「三代目ヴァイスにもよろしくな、お嬢様。まあー、俺もお嬢様の二代目飼い猫ヴァイスだし、今のヴァイスは俺の後輩に当たるしな」

 「だから! その話は! 忘れなさいって!」

 頬を膨らませるエリーゼだったが、楽しそうに笑うディールに、怒りが持続しなかったらしい、仕方ないなぁというような表情になった。


 エリーゼからもらったものは多い。物ではなく、思い出だった。

 エリーゼ自身は大したことはないと思っているだろう。

 でも、山の向こうに行こうと思ったのも。

 魔法を学んで早く一人前になりたいと思ったのも。

 親たちに忌まわしいと捨てられる原因になった、この身のうちに備わった膨大な魔力が『忌まわしいものではなく素晴らしいものなのだ』とエリーゼが教えてくれたから……持った願いだった。


 『魔力が強いって、すごいことじゃない。師匠が言ってたわ。今まで見た中で一番強い魔力の持ち主だって』

 『……そんなの、俺みたいな庶民じゃ役に立たない力だ』

 『そんなことないわ! 師匠に頼めば、きっとディールも魔法を習わせてもらえると思うの! わたし、頼んでみる! 誰よりも魔力が強いんだから、きっと誰よりも強くなれるわ!』

 あの日、エリーゼは、きらきらとした瞳で言ったのだ。


 『きっとディールは、世界一の魔法使い・・・・・・・・にだってなれるわ!』


 その一言が、ディールの原点だと言ったら、きっと、彼女は笑うだろう。いや、恥ずかしがって怒るかもしれない?


 「聞いてるのディール? 戻ってきたら、必ず屋敷に顔を出しなさいよ。……もし、私が既に修道院に入っていたら、会えないかもしれないけど」

 「面会くらいはできないのか?」

 「あなた男だからね……。まあ、何か魔導具か差し入れか持って、カティナか師匠かと一緒に来ればいいんじゃない? こう言っちゃなんだけど、どうせ特別枠だしね」

 「いいのかそれで修道院」

 「貴族特権よ」

 「身も蓋もないな……。ま、いいや。当然行くよ。きっと」

 「待ってるわ」


 そんなことを言われたから、きっと嬉しくなって言ってしまったのだと思う。


 「わかった、約束する。どんな遠い所に行っても、その場所の話を、きっとお嬢様に伝えに会いに行くよ」


 そんな、約束をした。

 軽い気持ちで。

 きっと、かなうだろうと、そう、思って。







 あれからどれだけの時が経っただろう。

 簡単だと思ったーー決して守れなくなったーー最後の約束を、ずっと、今まで、彼は忘れられないでいる。


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