お嬢様は探し当てる
「外へ出ろってことかしら」
結局、ヴァイスの行動に左右されてしまっているのは事実だ。エリーゼは、開いている扉から、するりと暗い廊下へと出る。
そのまま歩き出した。
ーーそうね、私らしくない
そうしながら、エリーゼは苦笑する。
ディールの言うとおりだ。いつものエリーゼならば、こんなことは絶対にしない。リューネ姫からのお召しがあるかもしれないのに、部屋から出るなんてことは絶対にしない。そもそも、得体の知れない使い魔の言うことなんかに揺らがないだろうし、扉をわざとらしく開けていったからといって、その扉を閉めずに出るなんてことはしない。
どうしてだろう。どうして、自分はそんな、エリーゼ・フォン・シュッツナムらしくないことをしているのだろう。
どうして、正しくないことをしているはずなのに、こんなにも心が浮き立つのだろう。
そんな考え事をしていたせいか、思ったより、部屋から離れてしまったことに気づく。まあ、部屋までは一本道だし、エリーゼの部屋にリューネ姫からの使いが来るのであれば灯りを携えてくるはずだから、ここからでも見えるだろう。問題はないーー。
と、振り返った瞬間だった。
キィ、と扉の開く音。それに反応して振り返る前に、後ろからガバリと抱きつかれて、またしても口を塞がれる。
「……!!」
「エリーゼ様、わたしです」
ふわりと香る見知った匂い。耳元でささやかれる知った声。
「アリィシア」
「当たりです。すごいですね、エリーゼ様。なんだか、いつもわたしのいるところがバレちゃってるみたい」
「……そんなつもりはないのだけれど」
そういえば、ヴァイスに導かれると、いつもアリィシアが現れる。エリーゼの死を防ぐ鍵は、ひょっとしてアリィシアなのだろうか?
アリィシアとともに部屋の中に入る。
「見つかったらマズイので、あまり物音は立てないでくださいね」
「……あなた、忍び込んでるの?」
「まあ、リューネ姫の許可は得てるので、実質、家主の許可は得てるんですけど……っと」
アリィシアは不自然にバランスを崩した。エリーゼはその身体を抱き留める。
「……怪我は治してもらわなかったの?」
「魔法で治そうとすると、身体全体の生気の流れのバランスを崩しちゃう場合があるので……。熱がちょっと高くなっちゃって、中止したんです」
「あなた、足の怪我が治っていないおまけに、もしかして熱があるの?」
エリーゼがアリィシアの額に手をやると、確かに熱い。
こんな状態で動き回るのは、よくないのでは?
「そこで寝ておきなさい」
「……すぐに終わりますよ」
「私がやるわ。何をするつもりなの?」
「え?」
エリーゼが力をかけて引っ張ると、おそらく抵抗はしているのだろうが、その抵抗も弱々しく、アリィシアをベッドに座らせることに成功した。
「えーと、エリーゼ様の手を煩わせるのは……」
「時間がもったいないわ。あなた、何をしようとしていたの?」
「……さがしものです」
「捜し物って、何?」
アリィシアは少し迷ったように視線を動かした。
エリーゼはアリィシアをベッドに倒した。布団をかぶるかは、本人の自由に任せることにする。
「……手紙とか、それに類するものです。今日、この部屋に隠して受け取るはずだった、と聞いてます。ただ、どこにあるのか」
「何か手がかりはないの? 魔力がかかっているとか」
その手紙が魔力をかけられていても、正直、エリーゼに向けられているものでなければ感知はできないのだが、一応聞いてみる。
「魔力はかかってないらしいです。一応、一通りは探してみたんですけど……見つからないんですよ」
「うーん」
この部屋は、そんなに隠し場所があるわけではない。ベッドと机とクローゼット。おそらくは客間なのだろう。
「それにしても先生もディールもひとでなしね。そんな体調のあなたに捜し物をさせるなんて」
「あー、いや、それは……」
憤慨するエリーゼに、アリィシアは煮え切らない返事をした。
「何よ」
「その……先生やディールくんのせいじゃないんです。わたしが、勝手に探しに来ただけなので……」
「はあ? どういうこと?」
「……じっと待ってるのって、性に合わないんですよね」
「バっカじゃないのあなた?!」
もにょもにょと思いも寄らないことを言い出したアリィシアに、エリーゼは大声を上げた。
「エリーゼ様、声が大きいです……!」
アリィシアが上体を起こし、人差し指を唇に当てた。
「……ディールと先生はあなたがここにいることを知っているの?」
「置き手紙はしてきました」
「そんな体調で、逆に迷惑よ、あなた」
「……その時は、痛みも熱も、そんなにひどくなかったんですよ……。わたしのミスですし、時間だってそんなにないし、もともとわたしの役割だったから……」
エリーゼはイライラした。あまりにも非合理的な行動だ。そもそも秘密裏に動かなければならない任務において、自分の感情を優先して途中で倒れたりなんてしたら、むしろ目的達成のための行動としてはマイナスになる。もともとエリーゼは非合理的な行動は嫌いなのだ。
なお、自分が最近非合理的な行動ばかりしていることについては棚上げしている。
「で、この部屋にあるのね?」
「そのはずなんですけどね……ってエリーゼ様?」
「ああ、気にしないでいいわ。あなたが回復するまで暇だから、少し部屋を確認しているだけよ」
「……ありがとうございます」
なんだか、そういうことを面と向かって言われるのは、嫌いだ。まるで、自分がアリィシアを心配して行動しているみたいじゃないか。
何も回答せず、エリーゼは、しゃがみ込んで、低い位置から部屋を見回した。
ベッドと机とクローゼット。机の上には、手元用の花型の灯りと、備え付けのペンとインク壷のみ。引き出しは二つあったので、抜き取ってその奥まで見るが空。その奥を部屋のカンテラで照らし、手でも慎重に探るが、特に何かがある感じはしない。
「……」
手紙の受け取り、と言った。
「手紙の受け取りをする予定だったのは、誰なの?」
「はっきりと、誰、とは特定できていないんですけど、おそらくこの屋敷を管理していた中の使用人から、この夜会に来た誰かへの受け渡しだったのだということです」
「この部屋を使う予定だった誰か?」
「いいえ。この部屋は、今夜は使われない予定だったんですよ」
「それが、ヘルゼン卿から聞き出したこと?」
アリィシアは少しの間、黙った。
「確認した、という方が正しいですね」
「ヘルゼン卿が、受け取り役だったってこと?」
「……そうですね」
ーー俺のバックに誰がいると思ってる
「ヘルゼン卿のバックって誰なの? 彼の家は王子派だとばかり思ってたけど」
アリィシアは、黙して答えなかった。それは知らないか、エリーゼには言えないか、どちらかなのだろう。エリーゼも、それ以上は追求しなかった。
エリーゼは目を閉じて、想像する。
隠す方は使用人とはいえ、この部屋にあまり長い間滞在すると他の者にバレる可能性がある。受け取る方はなおさらだ。この部屋は誰も滞在しないはずなのだから、この部屋にいるところを見つかれば、不審に思われるだろう。
人目を避けて部屋に入る、とする。隠し場所は、他人には見つかりにくい場所であるが、知っている人間にはすぐにわかる場所がよい。
それも、時間がかからずすぐに取り出せる場所。
ならば、そんなに大きく『物を動かす』必要がある場所にはないだろう。
ベッドの下を探る。見た目も何もないし、手が届く範囲の空間には何もない。
もっと詳細に探すかどうかは、後で考えよう。おそらく、ベッドを動かさないと見つからない場所にはないと、まずは仮定しよう。
クローゼットを開ける。
中にはハンガーがかかっているだけであり、何も入ってはいない。引き出しがいくつかあるので、全て出してみる。やはり何も入ってはいない。アリィシアも一通り見たというので、何かあれば気づいているだろう、想定内だ。
ならば……部屋それ自体? いや、部屋自体を改装するのは使用人の権限では難しいだろう。ならば、設置してある家具に仕込んであるのだろうか。
ーー答えを教えてくれる気はあるかしら
迷ったエリーゼは、ダメもとで心の中でヴァイスに話しかけてみる。
しかし、特に回答はない。自分で考えろということだろうか。まああまり期待してはいなかったので、すぐに呼びかけることはやめる。
入り口付近に戻る。できるだけ短時間でコトを終わらせるためには、入り口付近の方が良いのではないか。しかし、入り口付近は壁だし、何かあるとは思えない。とはいえ、とにかく壁を手で撫でる。
「……?」
壁のある部分に手が触れた瞬間、エリーゼの能力が魔力を勝手に『喰らう』のを感じた。断続的に何度か2・3度魔力を感知したところを見ると、ひょっとしたら何らかの手順が必要な魔法だったのかもしれない。しかしながら、エリーゼの能力は、そういったものを問答無用に喰らう性質を持っている。
「あ……っ!」
声を上げたのはアリィシアだった。エリーゼの手元から光が放たれ、それが机の引き出しへと収縮する。
エリーゼが壁を探ると、壁紙に少し違和感を覚える。どうやら、ぱっと見にはわからないが、薄い何かが上から貼られているのがわかる。
おそらく、壁紙の補修に擬態させているが、何らかの魔導具なのだろう。
エリーゼは机の引き出しを開けた。相変わらず、何もないように見えるが、その引き出しの底を触る。
同じく何か魔力を喰らった感覚と共に、その底が外れた。
「二重底……だったんですね」
いつの間にか、アリィシアが立ち上がり、エリーゼの後ろからのぞき込んでいる。
その中には、少し古びた手紙が入っていた。
「これが、あなたの探していたものなの?」
「……多分、そうだと思います」
エリーゼは、その手紙を取り出す。その中を読んでみたい衝動にかられる。
「……あなた、リューネ姫に許可を得ていると言ったわね」
「言いました」
「この手紙、中身を読んでもいいとは言われているの?」
「決して読むな、と言われています」
「そう」
エリーゼは、その手紙をアリィシアに渡した。
「いいんですか? 読まなくて。多分、バレませんよ?」
「危険だから、やめておくわ」
アリィシアは嬉しそうに笑った。
「さすがエリーゼ様。わたしと同じ意見ですね」
「とりあえず、これを持って戻りなさい。……体調がひどいならば、私がついて行った方がいいのかしら」
「大丈夫です」
そういうと思ったので、エリーゼは強引にアリィシアの額を触った。さっきより熱が上がっているようだ。
「どこの部屋に行けばいいの?」
「隣の部屋です」
「……早く言いなさい」
それならば、この部屋に寝かせておかずに、さっさと隣の部屋に帰したものを……と思いながら、エリーゼはがっくりと肩を落とした。




