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お嬢様は何度でも死亡フラグを折る  作者: 蓮葉
お嬢様は舞踏会で巻き込まれる
27/81

お嬢様は釈然としない

 暗い廊下に出る時には、誰かの目に触れるのではないかと緊張したが、首尾良く隣の部屋に滑り込むことができた。ほっとする。

 「とりあえず寝ておきなさい」

 「そうします」

 ディールと先生がいたらどうしようかと思ったが、考えてみれば、彼らがこの部屋にいて、もぬけの殻であることを見つけたならば、すぐに隣の部屋を確認しただろうから、それはありえないのだろう。

 アリィシアがもぞもぞとベッドに入る。それを見届ると、エリーゼは帰ろうと立ち上がった。

 「ありがとうございました、エリーゼ様。これで任務を全うできます」

 本当に嬉しそうなアリィシアの声に、何故か苛立ちが募る。

 ……エリーゼは、横たわるアリィシアを見た。その幸せそうな、満足そうな表情が、何故だろう、すごくカンに障る。

 「ねえ、あなた」

 「なんでしょう?」

 さっきの言葉は、何の曇りも迷いもないのであろう、純粋な喜びだった。それが何故だか、許し難かった。

 「あなた、いつもあんなことをしているの?」

 「あんなこと……とは?」

 「私が巻き込まれたセンヴァイク伯の事件もそうだったわね。あなた、いつも色仕掛けの仕事をしているの?」

 「あー、それですか。いつもじゃないですよ。でも、わたしの魅了の力とすっごく相性の良い仕事だなとは思ってます」

 アリィシアは、腹立たしいことに軽いノリで言った。

 「あなただって、一応、今はご令嬢でしょう。あんな危険なこと……妄りがましいことをさせられてていいの?」

 「いいんです。適材適所ですよ、こういうのって」

 「適材適所って……」

 「お嬢様なら、わかってくれるんじゃないかなぁって思うんですけどね」

 アリィシアは、ふと、まじめな口調になった。

 「わたしの魅了の力は、人を不幸にする能力なんですよ。そんなことは、ずっとわかってるんです」

 「……」

 「同じ力を持った母は、使い方がなってなくて、自業自得ではあったんですけど、自分も不幸になったし、周りも不幸にしました。母の力によって幸せになった人なんて、誰ひとりとして・・・・・・・いなかった。わたしは、母のように、ならないと決めたんです」

 アリィシアは、厳かに、宣言するように、低い声でゆっくりと、そう言った。

 「でも、この力を王子のために役に立てることができれば、きっと、誰かの不幸を防げたり、誰かが幸せになったりする、そんな世界の土台になることができると思うんです。わたしは、王子が、いい国を作ってくれると信じています。だから、それがわたしの生きる意味なんです。今は……そうなんです」


 自分の、やりたいこと。

 生きる意味。

 それを、忌まわしい力で逆に切り開きたい、とアリィシアは言うのだ。


 「価値のないわたしが価値のある王子のために死ねるのならば、きっとそれは最高の幸せなんだと思うんです」


 ーーあなたの考え、あなたの思い、そういうことを、知りたい

 ーーやりたいことはないのか?


 黒猫が問い、エリーゼがみつけられない答えを、アリィシアは迷わず掴んでいる。

 それを、既に覚悟完了している他人を、何も答えを持たないエリーゼが、非難することが、果たして許されるのか?


 何も言えないでいるエリーゼを見て、何を思ったのか、アリィシアは再度嬉しそうに笑った。

 「やっぱり、エリーゼ様はわかってくれるって思いました」

 「……いいえ、わからないわ」

 「わかってるはずです。だって、エリーゼ様は、わたしと同じ匂いがするんです」

 「違うわ……」

 いや、本当に、違うのだろうか?

 家のため、自分を必要とするもののためなら死ねる。そう答えたのはついさっきの自分ではないかーー忌まわしい能力を持つ自分には価値がないから、何か大義のために死ねるならば良いとそう思ったのではないか。それは、アリィシアの言葉と何か違うのだろうかーー


 でも、でも、それで、アリィシアは本当に、|幸せになれるのだろうか(・・・・・・・・・・・)?

 彼女の献身の果てに得られるものが、それだとして、それは本当に彼女の努力に見合った結果だと、言えるのだろうか?

 いや、彼女が納得さえしているのならば、それもまた、ひとつのハッピーエンドだと……言えるのだろうか?

 どうしてだろう。何故か、釈然としない苛立ちばかりがつのる。


 その時、ノックの音がした。コンコンと二回、その後、コンコンコンと三回、そしてまたコンコンと二回。

 起きあがろうとするアリィシアを制止し、エリーゼが扉を開ける。

 「お嬢様? どうしてここにいるんだ?」

 やはりと言うべきか、そこにいたのはディールだった。

 「まあ、その……」

 「わたしの体調が悪くて、ついていてくれたんです」

 アリィシアの言葉に、ディールは眉をひそめた。問題はそこではなく、エリーゼがどうしてあてがわれた部屋ではなく、アリィシアの部屋にいるのだ、ということだろうから。

 非難するような目でエリーゼを見る。またしても部屋を出た理由にヴァイスが絡むことから、エリーゼとしても説明はなかなか難しい。それに、ディールには、さっき苦言を呈されたばかりである。

 黙ってはぐらかすことにした。


 確かに、反省点ではあるが、最近のエリーゼの行動は、かなり怪しい。何故そこにいるのか、と言われた場合にいろいろと反論がし難い。礼拝堂裏でディールと会ったときは、ヴァイスを追ってきたというのも理由となったかもしれないが、この屋敷にヴァイスがいること自体、そもそもおかしい。

 勝手にエリーゼがふらふらと歩いていたことになってしまうのだ。単なる浅はかな散歩だと解釈されればよいが、下手すれば、何かを探っていたのかと疑いをかけられかねない。

 今度からは、少なくとも、何か言い訳を考えて動くべきだろう。


 「まあ、手間が省けてよかったじゃないか」

 相変わらずの軽い口調で、ディールの後ろから現れたアルベルトが言う。

 「どうやらその様子だと、状況の説明は終わってるのかな、アリィシアくん?」

 「わたしが手紙を探していたことだけはお話しました」

 「ほう、手紙は見つかった?」

 「はい。エリーゼ様が見つけてくださいました」

 どういうことだ、と言いたげにディールがエリーゼを睨むのがわかるので、視線を合わせず、無視した。

 「アリィシアくん、体調が悪いのかい?」

 「はい……少し、熱があるようでして」

 今更と言うべきか、ベッドから上体を起こしたまま話しているアリィシアに、アルベルトが問う。

 「それは困ったね。手紙が手に入ったならば、今夜、動くことになりそうなのに、肝心のアリィシアくんが動けないのでは……」

 「俺一人でいけますよ」

 「まあ、ディールくんの腕は信頼しているけど、それでもねぇ……」

 アルベルトは少し考え込むようにして、細められた鋭い視線で、エリーゼを射た。

 「代わりにエリーゼくんにお手伝いしてもらうのも、アリかな」

 「先生! それは無茶です!」

 間髪入れずにディールが否定する。しかし、アルベルトは面白げにちらりとディールを見ただけで、言葉を続けた。

 「しかし、今夜、アリィシアくんを動かすのは難しそうではないかな? しかし、リューネ姫のサポートは必要だろう。結構、エリーゼくんはれる方だし」

 「……俺一人でも、やれます」

 「まあそうなんだけどねえ、数は大事だよ、数は」

 「お嬢様用の準備ができていません」

 「別に準備なんてそんなに必要ないだろう。あのときだって、別に準備をしていたわけじゃないし。アリィシアくんはどう思う?」

 突然に話を振られたアリィシアは、少し首を傾げて考えた。

 「エリーゼ様なら、わたしも大丈夫だと思います」

 「アリィシア!」

 非難の声を上げるディールに、アリィシアはエリーゼを見て言った。

 「というか、エリーゼ様が話に置いてきぼりになっちゃってますよ。先に、本人の意思を確認すべきじゃないんですかぁ?」

 あっけに取られていたエリーゼは、アリィシアの言葉にはっと気を取り戻し、こくこくと必死に頷いた。

 「……まずは、ご説明いただかないと、私としても困ります」

 「説明の必要なんてない。お嬢様は俺たちと違って、こんな汚れ仕事をする必要なんてないし、そもそも、リューネ姫にお使えする身だろう。全然役割が違うじゃないか」

 なおも言い募るディールに、エリーゼは少し苛立った。

 話が完全に読めているわけではないが、おそらくはアリィシアが今夜、リューネ姫のサポートとして何らかの動きを期待されていたのが、難しくなったのだろう。

 「アリィシアにできることなら自分にもできる、とは思いません、が……、リューネ姫に関することであれば、無視はできない、とは思いますので、お話を聞かせていただけますか」 

 エリーゼは単なるご令嬢であり、アリィシアはプロだ。できることとできないことがある。しかし、聞く前に『できない』と言いたくはなかった。

 ーー自分ができることならば、やろうと思った。

 それは、少し前の、事なかれ主義の自分とは違う心の動きかもしれない……。


 その時、扉が密やかな音と共に開いた。そこには、間深くフードを被った誰かがいた。


 「あらエリーゼ、人を呼びにやったけど、行き違いになったかしら」

 「……!」

 フードをはずしたのは、リューネ姫だった。


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