お嬢様は夜会へと向かう
「お嬢様、すばらしいですよ」
「いや、驚いたよエリーゼ。こんなに美しい淑女をエスコートできるなんて、本当に男冥利に尽きるね」
「……ありがとうございます」
カティナと叔父のルイスが口々に誉めるのがくすぐったい。いや、誉められたいし誉められるのは嬉しいが、なかなか慣れないので恥ずかしい。
今日は、王弟殿下の誕生日の祝いが行われる当日だ。
エリーゼは、鏡に映る自分の姿を見た。
癖の強い長い金髪は、綺麗に巻いて結われ、いつもならば頭痛のタネであるそのボリュームが、逆に波打つような豪奢さとなっている。
青い瞳に合わせた色を基調としたドレスは、身体の線を必要以上に強調はしないが、コルセットの効果と相まって、豊かな胸と引き締まったウエストを引き立てている。そして、スカートは腰から膨らみすぎないデザインだが、それが女性の中では背の高い方であるエリーゼのスタイルを引き立て、かえって若くみずみずしい印象を与えている。
大人っぽいものを着ているような背伸び感はなく、かといって子供っぽい印象もない。化粧は夜会なので濃いめであり、いつもとは段違いに顔が華やいで見える。
(……なるほど、これは、すごい)
女はドレス次第で化けることも可能である、とエリーゼは実感した。
これは、世の中の女性陣が、化粧だの美容だのドレスだのに血道を上げるのもわかる気がする。
「いやしかし、こんなに美しい淑女だと、求婚者が引きも切らなくなってしまって困るんじゃないかねカティナ」
「……そうですわね。つい、力が入ってしまって、どうしましょう……」
「いや、二人とも、心配しなくともそこまでのレベルじゃないと思うわ……」
綺麗になったとはいえ、化粧とドレスマジックは、他の方々も同じく纏うわけで。
「何を言うんだ! 俺の姪っ子は世界で奥さんの次に可愛いぞ! 胸を張れエリーゼ!」
「そうですわ! 求婚者なんて全部バッタバッタと倒して行けばいいだけなんです! こんなに綺麗なお嬢様に目を止めない男なんていません! 手を抜くなんてそんなこと考えられなかった……っ!」
人に恥ずかしくないレベルの顔立ちではあるが、人目を引くほどの美人ではない、という自己評価のエリーゼとしては、あまり身内贔屓をされても、苦笑するしかないのであった。
◇◇◇
誕生日の祝いは、王弟殿下の邸宅で行われるわけではなく、王弟殿下の有する別宅で行われることになっていた。
今の国王の大叔父だったかなんだったかのお屋敷で、元をたどれば何代か前の国王の庶子の屋敷だったとかの云々。つまりは、エリーゼにはよくわからないが、王族間の相続だのなんだので手に入った別宅ということのようだった。
邸宅をいくつも持っているというのはステータスではあるが、維持費もかかる。まあつまり、維持できることはすなわち金持ちであるという証なのである。権力と金とは表裏一体の関係にある。
訪問者は引きも切らないようだった。門扉からすでに渋滞気味の馬車の列に続き、庭園を抜けて馬車止めに誘導される。
邸宅は夜の闇の中にも燦々と輝き、その中へと入ると、さらに豪奢な調度に彩られる空間に、これまた豪奢に着飾った人々が大勢いて、色とりどりにさざめいていた。
さすがに気圧されたのか、思わず叔父の腕をぎゅっと強くつかんでしまう。叔父は慣れているのだろう、心配ないというように、ぽんぽんとエリーゼの腕を優しく叩いてにこりと笑った。
いつもはヘラヘラとしてどこかつかみ所のない叔父を、軟弱で頼りないと思っていたが、急に頼もしく思えてきたのが、我ながら現金である。
「おお、ルイスじゃないか!」
立派な顎髭を生やした紳士が、大げさに両手を開きながら、こちらへと向かってきた。
「これはこれはリット伯爵、お久しぶりです」
「それはもうお久しぶりだな、3日振りか?」
「そんなものでしたっけ?」
二人は気さくに話しながら、握手をする。
「おや、こちらのレディはどなたかな? トリーチェではない女性をエスコートするなど、君も隅におけないね?」
トリーチェとは、ルイスの妻である。男の子を立て続けに二人生んだ後も華奢な少女のままのような驚異の美女であった。
ルイスはにやりと笑って、芝居がかった大げさな身振りでエリーゼに向かって腕を差し出した。
「我が姪の、エリーゼ・フォン・シュッツナムでございます。このような場に出てくるのは初めてでございまして、さあエリーゼ、ご挨拶なさい」
「エリーゼ・フォン・シュッツナムと申します。以後、お見知りおきいただければ幸いです」
「おお、素晴らしい! 君はこんなに美しい姪御さんを隠していたのかね!」
リット伯爵は、エリーゼの手を取り、しっかりと握りしめた。
「こちらこそ、お見知りおきいただきたいものだ」
そう言うと、鷹揚な笑みを浮かべて手を振り、その場を去っていった。
「あの、叔父様、リット伯爵というのは……」
「宰相の弟君で、実質的な右腕だ。宮中の実力者だよ。まずあの人にご紹介できるとは、幸先が良いね!」
というかむしろ、ルイスがそんな実力者とあんなにも親しげに話せる仲だということにエリーゼは驚いた。
外交に関してはやり手だという話は、どうやら本当らしい。
会場はその邸宅の大広間で行われていた。
きらきらしい大広間の奥に、幸せそうに微笑む三人家族。そこだけスポットライトが当たったかのようにキラキラしいその三人が、王弟アレス殿下、王弟妃リーシャ殿下、そして娘であるリューネ姫だった。
リーシャ妃はアレス殿下よりも年上で、そろそろ50歳に届こうという年齢には見えないほど美しい佳人だ。淡い金色の髪と深い森のような緑の瞳は、どこかぼんやりと夢見がちな色が漂っている。
さすがは王族というべきか、このような場所にも慣れているのだろうリューネ姫は、いつも通りで特に緊張した様子も見受けられない。
こうして並ぶとよくわかるが、髪や瞳の色は王弟殿下と同じこの国の王族の色だが、顔は母親であるリーシャ妃によく似ている。
そして王弟殿下。
プラチナブロンドの髪をオールバックにまとめ、金糸で彩られた品の良い豪奢な衣装を身に纏っている。40代とは思えないほどに若々しく、威厳に満ちている。
フェリクス王子もまた王族の威厳はあるが、アレス殿下やはり年齢を重ねているだけのことがあり、思わず膝を折りたくなるような、圧倒的な威厳があった。
ルイスと同様に、膝を折って腰を落とし、頭を深々と下げる。
「王弟殿下におかれましては、ご健勝で何よりでございます」
「久しぶりだな、シュッツナム卿。兄上はご壮健か?」
「はい。久しく会ってはおりませんが、領地にて日々励んでいるようです」
「そうか。横にいるのが、そなたの姪か?」
「はい」
自分の名前を呼ばれ、エリーゼは、わずかに顔を上げて王弟殿下を見て、再度頭を垂れた。
「リューネが世話になっていると聞く。これからもよろしく頼むよ」
「は、はい。光栄でございます」
声がかすれ、言葉が少し震えた。王子は満足げに頷き、それで、挨拶は終わったようだった。
ルイスに連れられて御前を離れる。ちらりと目の端で、リューネ姫が声を発せずに口を動かすのが見えた。
『あ・と・で』
やはり、エリーゼを呼んだのは、リューネ姫の何らかの考えによってのことだったのだろう。
でも、それが何なのか、皆目検討がつかなかった。




