お嬢様はアリィシアと再び会話する
そんなこんなでそれから一週間、不気味なほどに平穏な日々が続いた。
まとわりついてくるアリィシアにも慣れた。何か言ってくるかと思ったリューネ姫の他の取り巻きたちも、ヘレネとリデルに話した内容で何か結論を導きだしたのか、不自然なまでにそのことには触れなかったし、そのことでエリーゼをつまはじきにすることもなかった。
何らかの使命を帯びているのだろうエリーゼに対して、抜け駆けではないかという複雑な思いを見せることはあったが、令嬢たちだってリューネ姫の『ご意志』を妨げるのは得策ではないと思っているのだろう。
逆に、エリーゼが下手を打って、『アリィシア番』が自分に割り振られても美味しくはないと思っているのかもしれなかった。
「そういえば、エリーゼ様って、今週末の『王弟殿下の誕生会』にご参加されるんですね」
「よく知ってるわね。というか誕生会って言い方、子供みたいね」
「そりゃあ、そういう情報は仕入れてナンボのお仕事ですから! あと、言い方は可愛い方が良いと思いません?」
「思いません」
「エリーゼ様……冷たい……」
アリィシアはもはや、エリーゼに対して、自分が王子派の工作員であることを隠しすらしない。あまりの開けっぴろげな言い方に、エリーゼの方が、周りの誰かに聞こえていないか慌てるくらいだった。
ここは週末の礼拝堂裏。誰もいないとは思うが、その油断が大敵なのである。
「そういえば、エリーゼ様ってあまり社交の場に出ないって聞きましたけど、お好きじゃないんですか?」
「いいえ、家の方針よ」
「へー。まあ、妙齢のご令嬢方はいろいろ大変ですよねえ。既に婚約者が決まっているような人たちだと、社交の場には積極的には出ないって聞きますけど、そうじゃない人はひっきりなしに出ている人もいるって聞きますし」
「あなたはどうなの?」
あまりにも他人事きわまりない言い方に、話をアリィシアに振ってみる。
「わたしですかぁ?」
しかし、それまで、饒舌に話を続けていたアリィシアが、困ったように沈黙した。
「うーん、おじさまが特に何も言ってこないんですよねぇ……。そのわりにこの学園に入れられたってことは、学園で誰か捜してこいってことかとも思ってはみるんですけど、もしかしたら、誰かを『この人と結婚しろ』って連れてくるかもしれませんし……それか、もしかしたら、わたしの結婚とか考えてないのかも……持参金もかかりますしそこまでおじさまにご迷惑をかけられるのかもわからないし……そうなったら王子のコネで国家官僚の端くれとして勤めさせてもらった方が良いのかなって思わなくも……王子のお役にも引き続き立てるし、自分で持参金を稼ぐとか、まあわたしくらいの出自だったらそれもアリ……? いや、やっぱりそれならわざわざ引き取らないかな?」
もにょもにょと歯切れが悪い言葉が続く。どうやら、アリィシア自身は、自分が将来どうなるかということについて、いまいち掴みかねているようだった。
「まあ、相手が見つからなかったときや、おじさまの意図がつかめない時のことを考えて、成績だけはちゃーんと良くしておかないとって思ってるんですけど」
「あなた、成績は突出して良いものね……魔法の実技も防御特化としてはなかなかの腕だと聞いたわ」
「まあ、努力してますから!」
アリィシアの目立つポイントとしては、生徒会に入ったというだけでなく、高等部から入学した平民であるにもかかわらず、トップクラスの成績を誇っているというところにある。
学園では、実技も含めての成績なので、全体のはっきりとした順番は出ないが、そういった情報はすぐに出回るものなのだ。
特に筆記試験でアリィシアは優秀だ。なお、一位は高等部入学時からディールだったりする。
あの幼なじみは、少し頭の出来が他とは違うのだ。
「というか、結婚したいとは思っているのね」
「したいわけではないですけど。ほら、私の能力って遺伝しますからねぇ」
エリーゼはドキリとした。忌まわしい能力の遺伝。これは、エリーゼ自身も避けて通れないことであり、エリーゼ自身は『結婚しない』ということで封じた事柄でもあった。
「遺伝するの?」
「母親が同じ能力持ちでしたから。祖母や祖父については母親から聞いたことがないんですけど、母親は両親を早くに亡くしてるから、知らないかもしれないし、隔世遺伝とかかもしれないし。まあ、遺伝の可能性は高いと思いますよ」
「……問題ないという認識なの?」
「不安ではありますけどね。でもおじさまの養女になった以上、家長であるおじさまの意向に従うってことになりますからね。おじさまはわたしの能力のことを知らないし。貴族の娘として引き取られた以上、理由もないのに結婚しないってのは難しいし、おじさまもそこらへんはわかった上で引き取ってるはずだし」
エリーゼの能力とは違い、ある程度コントロールできる魅了の力であれば、なんとかなる、という判断なのだろう。アリィシア自身がそう判断しているのであれば、エリーゼとは違う結論になったということに不思議はなかった。
「問題は、夫になる人にどう説明するかですよね……もうめんどくさいから、ガッツリと魅了して言いなりにしちゃって、家中も能力使いまくってガッツリ把握しちゃって、子供は能力がコントロールできるまで身体が弱いとか言って屋敷に閉じこめておくとかしなきゃですかね?」
「……なるほど」
解決方法は身も蓋もロマンもなかった。最近、話していて段々わかってきたが、アリィシアは、驚くほどに身も蓋もない、というか、いわゆるご令嬢らしいロマンを蹴っ飛ばすような現実主義者のようだった。
「おじさまの跡継ぎは5歳になったばかりとはいえ男の子がいるので、わたしを引き取ったってことは、何か利用価値がありそうだと思ったってことなんだろうなーと。だったら、それは仕方ないことだと思うわけですよ」
「それでいいの?」
「利用していただけるなら、それはわたしに価値があるってことですからね!」
それは嬉しそうに言うことなんだろうか、とエリーゼはぼんやりと思った。
「そういえば、あなたのおじさまは、あなたが王子の側にいることをどう思っていらっしゃるの? あなたが生徒会の一員になったことや、王子の側にいつもべったりくっついていることは知っていらっしゃるのかしら」
「言ってないので、知らないかもですねー」
軽い。エリーゼは予想を外されて、かなり驚いた。
「あなた、王子の工作員なんてやってて、それを自分の家に知らせてないの?! 信じられない! 貴族としての自覚はないの?!」
アリィシアは、さすがにバツが悪そうになり、もぞもぞと身体を揺らした。
「まあその、わたしが王子の工作員やってるのって、家の指示じゃないですし、家は一応、王子派ってことになってるので、大きな方針には反してないですし、いざってときには、所詮は平民上がりの養女だと切り捨てていただけないかなぁとか思ってるんですけど」
「切り捨てたって、何か悪い噂でも立てば、家としてはダメージでしょうに」
「まあそうなんですよね。そうなんですけど、そこらへんは、さすがに王子の工作員なので、王子派の方でなんとかしてもらえるっぽいので、まあいいかなって」
「してもらえるっぽい、まあいいかな……ってあなた……」
エリーゼは呆然とした。さすがは元々庶民として暮らしていたからか、貴族にとって時には自分の命より優先すべき家督や一族についての感覚が軽いのだと、目の前の少女との価値観の違いをまざまざと見せつけられる思いだった。
「というか、実際、学園の中の出来事って、どのくらい世間様の噂になるもんなんですか?」
「……それは、事柄に、よるでしょうね」
エリーゼは慎重に言葉を選んだ。
たとえば、アリィシアが王子の側にべったりとくっついており、寵愛だの恋愛だのという噂は、学園内では知らぬものもいないホットな噂だが、それが学園外――特に社交界――でも大きな噂になっているかと言われたら、それは多分ないのだろう、と思う。まあ、正直、エリーゼ自身、社交界でどんな噂が流れているか、ということを知っているわけではないので何とも言えないが。
「私も、まだ、実家の方から、あなたについて何か聞かれたことはないし、あなた自身がなにか噂になっているということはないと……思うわね」
「だったら問題ありませんね」
ひょっとしたら、王子が熱を上げている女生徒がいるとかいう噂くらいはあるかもしれないが、学生の学園内でのおままごとである。
そもそも、所詮は王族の色恋沙汰の一つでしかない。王族の愛人がいたとしても、表だって何か権力を傘に着て行動し始める女ならばともかく、ただの愛人であれば噂にならないことすらあるのだから。はっきりと恋愛かどうかもわからないレベルでは、アリィシア自身がとりたててクローズアップされるとは思いにくかった。
「ねえ、実際のところ、どうなの?」
「どう……とは?」
「……王子と、あなたよ」
「前にも言ったじゃないですか、わたしは虫除けですよ」
本当は、ここで話を切るべきだと、エリーゼだって思っていた。
でも、エリーゼ自身も驚くことに、好奇心がそれを上回ってしまった。深く関わる気はなかったのに、聞いてしまった。
「あなたは、王子のことを、どう思っているの?」
アリィシアは、驚くほどに、綺麗に笑った。
「もちろん、好きですよ」
どういう意味の好きか、などと、そこまで聞くほど、エリーゼだって野暮ではなかった。
そして、聞いてはいけない言葉だったのだと、すぐさま後悔した。
それは、アリィシアの立場では、決して、本当は言葉に出すことすら許されないような、実ることのない、思いなのだから。




