お嬢様は取り巻きに声をかけられる
「エリーゼ様、たいへんですわね」
エリーゼは、笑みをはりつけたクラスメイトのご令嬢2人に中庭で声をかけられ、振り返った。
「エリーゼ様であれば、犬の躾も任せられると思ってのことでしょうが、おいたわしいと私たちも思っているのですわ」
何のことかはすぐにわかる。アリィシアの面倒を見よとリューネ姫から言われたことについてだろう。
なお、注釈をつけるまでもないが、『おいたわしい』なんて爪の先ほども思っていないに違いない。
もちろん、エリーゼ自身も、同じように笑顔で返答する。
「ご心配いただいて恐縮ですわ。まあ、思ったよりは聞き分けがよいようですが、そもそもの毛並みが良くないですから……」
「ご苦労なさっているのですね」
「心中お察しいたしますわ」
ご令嬢たち――王弟派であり、リューネ姫の取り巻きであるヘレネ・フォン・ベッケンブルクと、リデア・フォン・コーダは沈痛な表情で、そう返した。くどいようだが、別に本気で心配してくれているわけではない。
彼女たちは、王弟派の中でも有力な家の出身であり、リューネ姫には幼い頃から学園の高等部2年の今に至るまで、べったりと張り付くように取り巻いている。
学園中等部入学時からのつきあいであるエリーゼは、彼女たちに比べれば新参者と言えよう。
なお、現在は学園に初等部があるが、エリーゼたちの時代にはなかった。初等部に対応する教育は、それぞれの家で受け持っている。
また、平民や身分の低い貴族は逆に高等部から入学することが多い。主に学費の問題である。奨学金や能力の高い者への優遇は、高等部からしかないからだ。
「それにしても驚きましたわね」
「ええ。わたくしも、驚きましたわ」
二人は、中庭のベンチへとエリーゼを誘う仕草をした。そのままエリーゼの左右に腰掛ける。
逃げる気など最初からないが、さりげなく逃げられない姿勢に持ち込む自然さが手慣れている。
「まさか、リューネ姫があの子の名前を呼ぶなどと」
「しかも『生徒会にこのままいる気ならば、おにいさまに迷惑をかけない立ち居振る舞いを学びなさい』などと、まさか王子の側にいることを認めるなどと」
「いえいえ、きっとそうではありませんわ。王子の側にいることを認めるなんてそんな意味ではありませんわ。そうですわよね、エリーゼ様?」
息のあった、息もつかせぬお喋りは、質問相手に考える暇を与えない。しかしエリーゼは、微動だにしない笑顔のまま、二人の『世間話』に応えた。
「もちろんですわ。生徒会の一員として、自覚を持ちなさいとそのような意図でおっしゃったことです」
「そうですわよね」
「そうに違いないですわね」
「それにしても、リューネ姫があなたに指導を命じるなど、本当に気の毒なことですわね」
「寝耳に水で驚かれたことでしょう?」
「あの子と話すのも疲れるというのに、お気の毒なこと」
どうやら、二人とも、リューネ姫に一番近いのが自分たちであるという自負があるにもかかわらず、エリーゼが、二人の知らない何かをリューネ姫から聞いて知っているのでは――抜け駆けしているのでは、ということを聞き出したいようだった。
「……ええ、本当に驚きましたわ。やはり私がクラス長ですから、今までもあの子への注意はことあるごとに行っていましたし、汚れ仕事にはふさわしいとお思いになったのでしょうね」
「なるほど、クラス長でいらっしゃるから」
「なるほど、今までもあの子への注意をしていらっしゃったから」
「クラス長をやっていらっしゃるのも、お好きでというわけではございませんのにね」
「リューネ姫のご指示でしたわね。本当にお気の毒ですわ」
そもそも、エリーゼがクラス長をやる羽目になったのは、自分のいるクラスを掌握しておきたいが、自分がやるほどではないというリューネ姫の判断のもと、彼女の取り巻きの中で、一番あたりさわりのない人材として選ばれたのだろう、とエリーゼは思っている。まあつまり、リューネ姫の推薦であれば、姫の威光があるから表だって刃向かってくる人間はいないだろうし、逆にクラス長という立場を傘に着て野心のあるような人間の方が御しにくいと思われたのだろう、と。
その点、エリーゼは、絶妙に、やる気がない。なにより、波風を立てるのを嫌がる日和見主義者だ。そこをリューネ姫は見抜いていたのだろう。
ヘレネやリデルのような癖の強い人間であれば、軋轢が生じただろうから、リューネ姫の見立ては正しいと言えよう。
クラス長は名誉職であるが、高位貴族の令嬢にとって、学校時代のリーダーシップは、あまり重要視されない。むしろアピールポイントになるとすれば、男子生徒の方だろう。
したがって、エリーゼには何の得もなく、ただただ、貧乏くじでしかないお役目なのであった。
「私は、リューネ姫のお役に立てるよう、日々精進するのみですわ」
「お互い、そうありたいものですわね」
「でも、わたくしたちも付き合いが長い3人ですから、もし何かできることがあれば言ってくださればお手伝いいたしますわよ」
「愚痴でもなんでも、つらいことがあれば言ってくださいましね」
なんか情報があれば、言えよ、ということである。
エリーゼは、やはり鉄壁の笑顔のまま、答えた。
「もちろんですわ。お二人のことは、本当に頼りにさせていただいておりますので」




