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銭将軍秀忠、金庫番からの成り上がり  作者: エピファネス
最終章 最後の算盤勝負

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第63話 裁定

 伊勢・関。本陣。


 昌幸は、与えられた一室で、静かに身を整えていた。


 三日の猶予のうち、昌幸はそのほとんどを、独り黙して過ごした。見張りの兵はつけられたが、鎖も縄もかけられなかった。それが、秀忠からの、ささやかな礫であったのかもしれない。


「……秀忠殿も、律儀な男よ」


 昌幸は、誰に言うでもなく呟いた。


 三日目の朝、正信が一室を訪れた。


「上様より、沙汰が下った。真田昌幸、切腹」


「うむ。……相応であろう」


 昌幸は、何の動揺も見せず、頷いた。


「ただし、幸村については、追捕の手配はせぬとのこと。……上様の、御言葉をそのままお伝えする。『あの者がどこへ消えたか、わしは知らぬ。知る気もない』と」


 昌幸の口元が、わずかに緩んだ。


「……そうか。それでよい」


 白装束に改めた昌幸は、庭先に敷かれた筵の上に座った。


 介錯には、本多正信が自ら立った。これは、秀忠の指示であった。


「昌幸殿。上様より、今一つ、言葉を預かっております」


「聞こう」


「『貴殿のような男と、もっと早くに語り合えていれば、戦国も、もう少し違う形になっていたかもしれぬ』……上様は、そう仰せでした」


 昌幸は、しばし黙し、やがて、低く笑った。


「……ふ。今さら、口の上手いことよ」


 昌幸は、脇差を取った。


「真田安房守昌幸、これにて、人生の幕を引く。……幸村、信之。恥ずかしくない父であったと、思うてくれ」


 迷いのない一太刀であった。


◇


 同日。関の本陣、表座敷。


 秀忠の沙汰が、正式に発せられた。この場には、秀頼、本多正信、大久保長安、そして大坂から急ぎ呼び出された大野治長が列席していた。


「申し渡す」


 秀忠の声が、座敷に響いた。


「豊臣秀頼殿、このたびの兵乱、まことに遺憾である。……されど、調べにより、首謀は大野治長であることが明らかとなった」


 治長が、ビクリと身を震わせた。


「な……! それは……!」


「大野治長、豊臣恩顧の情に駆られ、秀頼殿を言葉巧みに唆し、兵を挙げさせた。秀頼殿は、忠臣の進言と信じ、心ならずもこれに従われたもの、と認める」


 秀忠は、治長を一瞥もせず、淡々と続けた。


「大野治長は、改易の上、追放とする。……以後、二度と大坂の土を踏むことは許さぬ」


「お、お待ちくだされ……! それは……」


 治長が、秀頼へ救いを求めるように視線を向けた。だが、秀頼は、治長を見ることなく、静かに目を伏せていた。


(……すまぬ、治長。これが、貴殿にできる最後の忠義だ)


 秀頼の内心は、治長には届かなかった。治長は、ただ、身に覚えのない罪状を着せられたという、理不尽への憤りだけを顔に浮かべていた。


「秀頼殿」


 秀忠が、続けた。


「貴殿は、治長に唆された哀れな若君として、世に記される。蔵入地二百二十万石は、すべて公儀が接収する。……貴殿自身は、大坂城において、蟄居とする。生涯、城の外へ出ることは許さぬ」


 秀頼は、静かに頭を下げた。


「……承知した」


「淀殿も、同様に、大坂城にて幽閉とする」


「……母上のことも、お頼み申す」


 それだけであった。弁明も、抗弁もなかった。


 秀忠は、秀頼の態度に、わずかに目を細めた。


(……この男、己の誇りを、黙って飲み込んだな)


 裁定が下った後、秀忠と秀頼、二人だけが座敷に残った。正信も、長安も、下がらせていた。


「秀頼殿。治長を気の毒とは思わぬか」


「思う。……だが、あの男には、生きて領地を失う方が似合う。死んで真田のように名を残すより、惰弱な佞臣として生き恥をかく方が、あの男らしい」


 秀忠は、小さく笑った。


「貴殿は、存外、人が悪い」


「秀忠殿ほどではない」


 二人は、しばし無言で向かい合った。


「秀忠殿。一つ、聞いてもよいか」


「何だ」


「貴殿は、本当にわしを殺すつもりであったのか。……それとも、最初から、生かす算盤であったのか」


 秀忠は、しばし黙した。


「……分からぬ。正直に言えば、半分は殺す気であった。もう半分は、生かす理由を探していた」


「それが、算盤か」


「それが、政だ」


 秀頼は、ふっと笑った。


「……存外、正直な男よ」


 座敷の外、冬の伊勢の空に、薄い雲がかかっていた。


 太閤の遺児は、大坂の檻の中へ。征夷大将軍は、新たな算盤を抱えて、江戸へ。


 それぞれの道を、歩み始めていた。

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― 新着の感想 ―
当人が納得しても、他人が担いでやっぱり始まってしまいそうな予感。
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