↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銭将軍秀忠、金庫番からの成り上がり  作者: エピファネス
最終章 最後の算盤勝負

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/73

第62話 糾弾と対峙

 熱田の押さえ、真田昌幸の陣。


「父上。何用にございますか」


 幸村が、怪訝な顔で陣幕をくぐった。昌幸は、具足も解かず、黙って酒を飲んでいた。


「幸村。今宵のうちに、落ちよ」


「……は?」


「秀頼様と秀忠殿が、関で会談をなさる。わしが、お供する」


「それがしが参ります。父上は、ここで休まれよ」


「たわけ」


 昌幸は、杯を置いた。


「会談の席で、誰かが『真田の仕置き』を問う。……その時、首を差し出すべきは、徳川の将の首を狙うたお前ではない。お前にそれを命じた、わしだ」


「父上……!」


「お前はまだ若い。この先、長い戦国を、生き延びよ。……わしはもう、十分に生きた。老い先短い命、どうせなら、真田の名に恥じぬ死に方を選びたい」


 幸村は、拳を握り、唇を噛んだ。


「……承知いたしました。父上の仰せのままに」


「うむ。……弁丸、よい子だ」


 昌幸は、久方ぶりに、我が子の幼名を呼んだ。


 夜明け前、幸村は数名の手の者を連れ、闇の中へ姿を消した。




 伊勢・関。本陣の外れに設けられた一室。


 双方、脇に一人の供のみ。武装は解かれている。


 徳川秀忠と、豊臣秀頼が、机を挟んで対座していた。秀忠の傍らには本多正信、秀頼の傍らには真田昌幸が控えている。


「……幸村ではなく、昌幸殿か」


 秀忠が、わずかに眉を動かした。


「幸村は、もう、この場におりませぬ」


 昌幸が、静かに答えた。


「それは、どういうことか」


「追って、お話しいたす。……まずは、秀頼様の御用向きを」


 秀忠は、昌幸の目を見据えたまま、しばし口を閉ざした。やがて、秀頼へ向き直った。


「秀頼殿。まず、問おう」


 秀忠の声は、低く、静かであった。


「貴殿は、わしが上洛という公儀の務めを果たし、帰路にある最中を狙い、裏から槍を突き立てた。これは戦ではない。騙し討ちだ。……その上、真田はどうだ。信之を通じ、徳川に家名を救われた恩がありながら、わしの首を狙った。一体、どの口でわしに物を言うつもりか」


 昌幸は、微動だにしなかった。


 秀頼は、しばし黙し、やがて頷いた。


「否定はせぬ。確かに、我らは先に刃を向けた。騙し討ちと言われれば、その通りだ」


 秀頼は、笑みを消して言った。


「だが秀忠殿。貴殿が民の米を奪い、南蛮の道を塞ぎ、わが領民を飢えさせたことは、戦ではないのか。血を流さなかっただけで、貴殿のしたことも、紛れもない殺し合いだ。貴殿は手を汚さず、わしに手を汚させた。それだけの違いだ」


「……ほう」


「真田のことも、申し開きはせぬ。恩義に悖ると知りながら、彼らに命じたのは、わしだ」


 そこで、昌幸が初めて口を開いた。


「秀頼様。そこは、お言葉を違えていただきたい」


「昌幸……?」


「恩義に悖る真似をしたのは、わし一人にござる。秀頼様の檄に応じ、兵を挙げるかどうかを決めたのも、わし一人。幸村は、ただ父の命に従っただけのこと」


 昌幸は、秀忠へ向き直った。


「秀忠殿。真田が、貴殿に家名を救われた恩、忘れてはおりませぬ。……その恩を踏みにじり、貴殿に刃を向けたこと、幸村に咎はござらぬ。けじめは、この昌幸一人が負い申す」


「幸村は、どこへ行った」


「存じませぬ。……いえ、存じておりましても、申しませぬ。あの者は、もう、この戦国からも、真田の家からも、姿を消しました。……どこぞで、野に咲く花のように、生きるでしょう」


 秀忠は、しばし昌幸を見つめた。


「……貴殿一人の首で、真田のけじめがつくと思うてか」


「つかぬなら、何度でも差し出しましょう。……が、首は一つしかございませぬのでな」


 昌幸は、乾いた笑いを浮かべた。秀忠は、その笑みに、かすかに見覚えのあるものを感じた。かつて上田城で、書状を炎にくべて素通りした、あの老獪な男の笑みであった。


「……よい。その件は、追って沙汰する」


 秀忠は、秀頼へ向き直った。


「秀頼殿、話を戻す。貴殿を今、この場で亡き者にすれば、わしは楽になる。……長安からも同じ進言があった。だが、わしは断った」


「……ほう。それは、武士としての矜持か」


「矜持もある。だが、それだけではない」


 秀忠は、秀頼を見据えた。


「貴殿を今、謀殺したと知れれば、毛利、島津、福島、黒田……今はまだ、それぞれが己の勘定で動いている者どもが、もはや算盤を弾く理由すらなくなる。失うものがない者ほど、恐ろしいものはない。それに、わしの築いた米札は、『約定を違えぬ』という一点の上に立っている。会談に呼び寄せ、刃を交えぬと誓った上で討つ。そんな将軍の言葉を、誰が今後信じようか」


 秀頼は、しばし秀忠を見つめた。やがて、静かに笑った。もう、不敵な笑みではなかった。もっと、諦念に近い、乾いた笑いであった。


「……よく分かった。秀忠殿が、わしをどう勘定しているか」


「言ってみよ」


「わしは、生かしておくには危険で、殺すにはもっと危険な男、というわけだ」


「違うか」


「……違わぬ」


 秀忠は、短く認めた。


「今日、ここで聞きたかったのは、貴殿が命乞いをするかどうかだった。……貴殿は、しなかった。それだけで、わしの算盤は、少し動いた」


 秀忠は、算盤を懐から取り出し、机の上に置いた。


「三日、待て。……わしの算盤が、答えを出す」


 秀頼も、静かに立ち上がった。


「待つしかあるまい。……だが秀忠殿、一つだけ言っておく。貴殿がどう裁こうと、わしは恨みはせぬ。……だが、わしの傍らにいた者たちを、安易に責めることだけは、許さぬ」


 昌幸が、わずかに目を細めた。


 秀忠は、その言葉を、しばし無言で受け止めた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


続きが読んでみたいと思えましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。