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銭将軍秀忠、金庫番からの成り上がり  作者: エピファネス
第5章 双京の軋轢編

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第48話 双京冷戦、胎動す

 慶長八年(一六〇三年)二月 伏見城・大手門

 春浅き京都の空に、太鼓の甲高い音が響き渡っていた。


 朝廷より遣わされた勅使の行列が、重々しく伏見城の大手門をくぐり抜けていく。


「——宣旨(せんじ)を下す。徳川内府家康、征夷大将軍に任ず」


 大広間に響き渡る勅旨の声。

伏見城の大広間にて、徳川家康は束帯姿で平伏し、将軍の宣旨を受け取った。


 源頼朝以来の武家の頂点——「征夷大将軍」。東国の覇者であった徳川が、名実ともに武家社会の首魁(主権者)として天下に君臨した歴史的瞬間であった。

だが、その儀式を見守る徳川秀忠の瞳は、どこまでも冷ややかであった。


 父・家康の背後に控える秀忠は、将軍宣下の歓喜に沸く家臣たちの興奮とは一線を画し、心の中で冷徹に算盤を弾いていた。


(……将軍宣下。朝廷の権威を借りて武家の棟梁たる『格』は得た。……だが、それだけでは大坂の豊臣を崩すことはできぬ)


 家康が受爵した「征夷大将軍」は、武家を統括する官職に過ぎない。

 大坂には、関白・太政大臣を歴任した秀吉の正統な後継者であり、蔵入地二百二十万石と佐渡・石見の鉱山を握る「豊臣秀頼」が厳然として存在している。朝廷の格付けにおいては、摂関家の権威と深く結びつく大坂の威信はいまだ崩れていなかった。


 将軍宣下の儀が終わり、奥の控えの間へ引き揚げた家康と秀忠、そして本多正信。

 家康は重い束帯の冠を脱ぎ置くと、フッと深く息を吐き出した。


「秀忠。……これで形は整ったぞ。武家の棟梁は徳川だと天下に示した」


「ハッ。誠におめでたく存じます」


 秀忠は深く頭を下げつつも、すぐに視線を上げた。


「ですが父上。将軍職という『官職(名分)』を得たからこそ、ただちに次の一手を打たねばなりませぬ。……諸法度や関所の整備、そして『江戸幕府』の開設計画でございます」


 家康は目を細め、ニヤリと口元を緩めた。


「ふん……やはりお前は浮かれぬな。武家の頭になったとて、大坂が膝を屈するわけではないと分かっておる」


「当然にございます」


 秀忠は手元から二枚の文書を取り出した。


「朝廷より『将軍』の宣旨を得た目的は、武士たちを威圧するためではございません。天下の大名たちに『将軍の命令』として、武家独自の『法』と『流通の規格』を法制化するためです。……征夷大将軍の名を以て、江戸に幕府を開き、全国の街道・宿場・関所の管制権を徳川が独占いたします」


 傍らに控えていた本多正信が膝を進めた。


「まさに。大坂の豊臣は『金銀と蔵入地』の圧倒的な現物を誇り、関西の流通を握っております。……されど、将軍となった徳川が『日ノ本全体の物流ルールと関所の胴元』となれば話は別。東国から京・大坂へ向かうあらゆる物資と街道に、将軍の法と『江戸預り証』の網を被せることができます」


 家康は大いに笑い、膝を叩いた。


「見事だ、秀忠。朝廷の『官位』などという古くさい権威を、我らの『経済と制度の武器』にすり替えるか。……大坂の秀頼は、この将軍宣下をどう受け止めておる?」


 同時刻 大坂城・極楽橋

 伏見城での将軍宣下の報は、即座に大坂城へと届いていた。


 大坂城の奥御殿。豪華絢爛な障壁画の前に立つ茶々は、憤怒に顔を歪ませていた。


「内府め……! 太閤様の恩義を忘れ、内府の身でありながら勝手に将軍を名乗るとは! 武家の頂点は我が秀頼であるべきものを!」


 淀殿(茶々)の甲高い声が廊下に響き渡る。

 だが、その傍らに座す十一歳の豊臣秀頼は、微動だにせず落ち着き払っていた。


 そして、その背後に控える黒田如水の顔にも、焦りの色は一切なかった。


「母上、お鎮まりくだされ」


 秀頼の静かな、しかし凛とした声が部屋を静まり返らせる。


「徳川殿が将軍になろうと、豊臣の威光が陰るわけではございませぬ。……そうであろう、如水?」


 如水は静かに平伏し、深々と頷いた。


「秀頼様の仰る通りにございます。……徳川が名乗った『征夷大将軍』とは、言ってみれば東国の武士たちを束ねるための『軍事の職』に過ぎませぬ。対して秀頼様は、天下の公家と朝廷の頂点に立つ『摂関家・豊臣』の主君。格において、豊臣が下に立つことなど万に一つもございません」


 如水は顔を上げ、妖しく目を輝かせた。


「秀忠殿の狙いは分かっております。将軍の権限を使って江戸に『幕府』という統治機構を造り、街道と関所を固めて東国の経済を囲い込む気です。……ならば、我が豊臣は『天下の財の胴元』として、揺るぎない圧倒的格差を見せつけるまで」


「具体的な手はあるのか?」


 秀頼の問いに、如水はすっと差図(地図)を差し出した。


「徳川が江戸に幕府を開き、武士に頭を下げさせるなら……豊臣は大坂を『天下の銭の総本山』といたします。佐渡の金山、石見の銀山などから上がる莫大な金銀を背景に、京の公家・朝廷へ莫大な進物を贈り、朝廷内の権勢を豊臣が完全に掌握いたします。……さらに、関ヶ原で借財に苦しむ東軍・西国の大名たちへ、大坂城の金銀を『豊臣の融資』として貸し付けるのです」


 秀頼の瞳に、冷徹な知略の光が宿る。


「……徳川の将軍命令で縛られようと、大名どもは借金のために大坂へ頭を下げざるを得ぬ、ということか」


「ははっ! 正しくございます!」


 如水は胸を張った。


「徳川が武力と法で縛ろうとも、人間は『金』には逆らえませぬ。武士の首根っこを掴むのが徳川の『幕府』なら、武士の胃袋と財布を掴むのが豊臣の『大坂』。……秀忠殿が江戸に幕府を開くというなら、大坂は『天下の財布』となって対抗いたしましょう」


 秀頼は小さく笑みを漏らした。


「よろしい。将軍の誕生を祝い、江戸へ祝賀の使者を送れ。……豊臣は揺らがぬ、とな」


 慶長八年(一六〇三年)三月 江戸城

 伏見での将軍宣下を経て、徳川家康・秀忠は江戸へ帰城した。


 ここに、史上に名高い「江戸幕府」が開設されたのである。

 江戸城の本丸には、全国から集まった大名たちの使者や、幕府の機構を支える奉行・代官たちがひしめいていた。


 将軍となった家康の傍らで、秀忠は実務の采配を次々と振るっていく。

 町奉行、勘定奉行、寺社奉行の設置。

 東海道をはじめとする「五街道」の本格整備と関所の設置。


 そして、東北・関東の物資をすべて受け入れるための「利根川東遷」の大工事の推進。


 江戸は単なる徳川家の城下町から、日本全国の物流と法・警察権を統括する「武家政権の首都(幕府)」へと正視に昇格した。


 三層櫓から見下ろす江戸の街は、今日も活気に満ち、利根川の東遷工事へ向かう大勢の人足たちの熱気が地鳴りのように響いている。


 傍らに立つ本多正信が呟いた。


「……大坂の秀頼公より、将軍ご着任の祝儀として、莫大な金銀と絹織物が届きましたぞ。……『東国の静謐、祝着に至る』との上から目線の添え状と共に」


 秀忠はふっと冷笑を浮かべた。


「……秀頼も如水も、我が狙いを正確に読み取っておるな。将軍の職を得ても、豊臣の金の威光は崩れぬと踏んでおるのだ」


「いかがなさいますか?」


「構わぬ」


 秀忠は手にしていた「江戸預り証」の紙片を強く握りしめた。


「大坂が金銀の現物で天下を買おうとするなら、我らはこの江戸幕府という『仕組み』と『法』で日本中の流通を丸呑みする。……東国に幕府が立ち、西国に豊臣が聳える。真の二頭政治(双京冷戦)は、この将軍宣下から始まるのだ」


 慶長八年、春。

 徳川家康の将軍宣下と江戸幕府の開設により、日本は合戦の時代を完全に終わらせた。


 しかしそれは、平和の到来ではない。


「江戸幕府という制度と流通の巨大機構」と、「大坂豊臣という現物金銀と海の巨大経済圏」。


 日本列島を東西に分断し、国家の主権と経済の覇権を賭けた、静かなる「双京冷戦」の幕が、いま鮮やかに切って落とされたのであった。

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― 新着の感想 ―
最近の話はマンネリが酷く感じます。 はっきり言って、今は蛇足なので、もっとスピーディーにした方が良いと思いますが。 秀忠がなるほど!という策を披露したと思ったら、秀頼が読んでたよ。ほら、これで問題ない…
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