第45話 大坂城の金蔵と如水の企て
慶長六年(一六〇一人)秋 大坂城・対面所
大坂城の千畳敷に、黄金の屏風が眩いばかりの光を放っていた。
伏見から大坂へと移った豊臣秀頼の膝元には、関ヶ原の戦後処理を終えた西国の大名や豪商たちが伺候し、献上品を積み上げている。華やかな天下人の城——しかし、その足元は氷のように冷たく脆かった。
対面所から離れた奥の書院で、黒田如水は文机の上に積み上がった膨大な借財の文と、徴税滞納の報告書を前に、深く溜め息を吐いていた。
傍らには、大坂の政務を引き継いだ増田長盛と、天下の豪商・淀屋常安が控えている。
「……長盛。今月の四天王寺への返済、やはり滞るか」
如水の重い問いかけに、長盛は青ざめた顔で伏し転んだ。
「……申し訳ございませぬ。文禄・慶長の戦に及ぶ莫大な戦費の借財が未だ山のごとく残っており……さらには、三成殿を失ったことで大名からの返済や蔵入地からの年貢の取り立てが完全に滞っております。これまで厳格な取り立てに恐れをなしていた者どもが、ここぞとばかりに出し渋りを始めており……豊臣の蔵は、実のところ火の車にございます」
淀屋常安も苦々しく頷いた。
「大坂城の黄金の屏風は飾りに過ぎませぬ。表向きは天下の富を集めているように見せかけておりますが、豪商や大寺社からの借財を差し引けば、豊臣の台所は実質『赤字』……唐入りの負債が重くのしかかっております」
関ヶ原で勝ち残った徳川も銭がないが、豊臣の現実はそれ以上に深刻な「マイナスからのスタート」であった。かつて全国の物流と年貢を完璧に吸い上げていた石田三成という行政の天才を失った歪みが、今になって豊臣の財政を直接蝕んでいたのである。
しかし、如水の目は死んでいなかった。
「……ゆえに、佐渡と石見なのだ」
如水は文机を指で叩いた。
「天下の蔵入地である佐渡金山、石見銀山……これら鉱山の権益だけは、何があっても徳川に渡してはならぬ。蔵入地からの年貢が目減りする以上、我が豊臣が握る『金銀』こそが、唯一にして最大の強みなのだ」
そこへ、密偵からもたらされた東国の報せが届けられた。
如水は文を開き、目を細めた。
「ほう……『江戸預り証』とな。秀忠め、なかなか小賢しい真似をする」
「徳川の動きでございますか?」
「左様だ。金銀の現物を持たぬ徳川は、街道の宿場町に決済権を持たせ、『紙の割符』で東国の物流を回そうとしている。金銀の裏付けが無くとも成り立つ『信用経済圏』を東国に築く気だ」
長盛が焦りを見せる。
「そんなものを許せば、東国の米や物資が大坂を経由せず江戸へ吸い上げられ、天下の台所たる大坂の利権が奪われますぞ!」
「慌てるな、長盛。……徳川の『江戸預り証』は、一見すると見事な仕組に見えるが、土台となる金銀の裏付けがない。つまり、徳川も我らと同じく『金がない』のだ」
如水の口の端が、不敵に歪んだ。
「徳川が『なき金を紙で化かす』なら、大坂は『将来の値』で対抗する。……常安、大坂の堂島に米と銀の『手形市場』を開け」
常安が目を見開いた。
「手形市場……でございますか!?」
「そうだ。佐渡と石見から採掘される『将来の金銀』を担保に、大坂独自の『豊臣銀札』を発行する。さらに、堂島で米の取引所を開設し、米の将来値を取引させる。例えば来年の米の値を今は誰もわからぬが、それを買い手・売り手それぞれの言い値で定め、金額を先に確定させるのよ。来年の秋になり、米の値が上がっていても、今決めた値で買う『権利』を持つ買い手にしてみれば安く買える。逆に、豊作になり、米が安くなった場合でも売り手は今の値で売れるため、損を抑えられる。更に売り手や銀札を扱った者には豊臣家から『利息』を少し上乗せして支払うのだ。売り手が多ければ米の値は高くなりにくい。民も喜ぶし、『権利』の売買で我らも「手数料」を取れば……。三成のような強圧的な取り立て(徴税)ができぬなら、商人の欲望を煽って大坂に金を呼び込むしかない」
如水は身を乗り出し、常安を凝視した。
「商人は持っているだけで増える利息に群がる。豊臣の信用と大坂の資本力を担保に高利息を謳えば、東国の商人や大名どもも、徳川の紙切れ(割符)を捨てて大坂の銀札へ米を流すはずだ。……借金で首が回らぬからこそ、信用を膨らませて逆転するのだよ」
常安はぞくぞくと鳥肌が立つのを感じた。
三成なき後の徴税不全と莫大な借財という「豊臣の地獄」を隠し通すため、如水は佐渡・石見の鉱山権益を「てこ」に、大坂を巨大な金融市場へと変えようとしているのだ。
「徳川の『江戸預り証』は大坂の巨大な信用で買い叩く。……内府(家康)よ、互いに『持たざる者』同士、どちらが先に破綻するか……化かし合いと行こうではないか」
大坂城の黄金の影で、三成を失った財政難に喘ぐ豊臣と如水が、起死回生の「金融先物決戦」へと舵を切った。
数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。
続きが読んでみたいと思えましたらブックマークやイイネをお願いします。
また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。
執筆のモチベーションが大いに高まります!




