第42話 塗り替えられた地図
慶長五年(1600年)十一月。
関ヶ原の戦塵が収まり、京都・伏見城の書院では、天下の趨勢を決する「戦後論功行賞」の作成が連日連夜続けられていた。
机の上に広げられた巨大な日本国絵図。
そこには、西軍に与して改易・減封となった大名たちの領有地が、血のように赤い朱筆で塗り潰されている。石田三成の佐和山十九万石、宇喜多秀家の岡山五十七万石、長宗我部盛親の土佐二十万石、立花宗茂の筑後柳川十三万石――。
「……見事なものにございますな、殿」
案内に立った本多正信が、感嘆の吐息を漏らした。
「西軍の改易・減封、合わせて六百万石超。これほどの土地が、一朝一夕にして徳川の手に落ちた。これらをすべて徳川の譜代や一門衆で分け合えば、天下の過半は瞬く間に我らが旗で埋まりましょう」
「愚か者め」
絵図に視線を落としたまま、徳川家康は低く吐き捨てた。
「落ちた六百万石をすぐさま譜代で埋めてみろ。西国の豊臣恩顧どもが『徳川は天下をひとり占めにする気か』と牙を剥く。恩賞の切り分けで一番大切なのはな、身内を肥やすことではない。『外様に満腹感を覚えさせ、自ら望む場所へ退かせること』だ」
家康は脇に控える息子の秀忠を見た。
「秀忠。お前に、この絵図の『仕掛け』を教えてやる。……掛川の山内一豊、岡崎の田中吉政、吉田の池田輝政、そして駿府の中村一忠。この者たちの共通点は何だ?」
秀忠は静かに絵図の東海道沿いに指を滑らせた。
「いずれも織田・豊臣の薫陶を受けた武闘派であり……何より、江戸と京都を繋ぐ『東海道の喉元』を握っている者たちにございます」
「そうだ」と家康は頷いた。
「この者たちは関ヶ原で東軍として立ち働き、功を立てた。ゆえに、削ることはできん。……ならば、どうする?」
「――より大きき『果実』を与え、東海道から引き剥がします」
秀忠の口元に、冷徹な笑みが浮かんだ。
「山内一豊には、掛川六万石から土佐二十万石。
田中吉政には、岡崎十万石から筑後柳川三十二万石。池田輝政には、吉田十五万石から播磨姫路五十二万石。中村一忠には、駿府十四万石から伯耆米子十七万石。……いずれも二倍から四倍の大加増にございます」
「うむ。豊臣恩顧の武者どもは、膨れ上がった石高と新しい大城郭に狂喜乱舞し、競って東海道の城を明け渡し、遠く西国や地方の任地へと飛んでいくであろうな」
正信がハッと息をのんだ。
「な、なるほど……! 西軍の没収地を『果実』として使い、東海道に居座る豊臣恩顧の大名たちを、自発的に西国へ『転封』させるのでございますか!」
「そうだ」
秀忠は絵図の東海道を手のひらでなぞった。
「彼らが喜び勇んで西国へ去ったあと、東海道の要衝――駿府、岡崎、掛川、吉田は、そっくり空っぽになります。そこへ我が徳川の信頼できる身内や古参の譜代を敷き詰めれば……大坂の秀頼君がどれほど身もだえしようと、江戸へ向かう道筋は完璧に遮断される」
秀忠の目が、怪しい光を帯びた。
「父上。戦で勝つことなど、盤面づくりの序章に過ぎませぬ。豊臣恩顧の武闘派どもには『大加増』という満足を与えて牙を抜き、西国の奥深くに孤立させる。そして我らは、心臓部たる東海道の『腹ワタ』を、そっくり徳川の肉で丸替えするのです」
「……フフ、相変わらず冷ややかな計算よ」
家康は満足げに深く頷いた。
「よいか、秀忠。わしが生きている間に、この『転封』を完成させる。西軍の残兵を掃除し、東海道を空け渡させ、西国へ押し込める。……空いた東海道を一門・譜代で固め、お前が全土を統べる基盤をつくるのだ」
「されど父上……最も欲しかった果実は取れませんでした。如水と秀頼に、完全に出し抜かれました」
秀忠の指先が、大坂城を中心とする近畿周辺を強く突く。
「我が方の最大の狙いは、豊臣の蔵入地二百二十万石から百五十万石を削り取り、摂津六十五万石の一大名へと叩き落とすことでした。……だが、秀頼君の『西軍の没収地から出せ』という一言で、豊臣の二百二十万石は一石たりとも削れず、無傷で残された。天下を動かす財源と供給網は、未だ大坂城の手の中にある」
「……御意。さらに恐ろしいのは、東軍諸将への『下賜の形式』にございます」
正信が苦々しく顔を歪めた。
「福島も、加藤も、筑前へ渡る黒田長政も……領地を与えられたのは徳川の差配ではなく、『秀頼様直々の朱印状』によるもの。諸将は『自分たちは豊臣の西国防衛のために大領を与えられた』と思い込んでおります。……如水め、西軍の没収地を我らに配分させるフリをして、大坂城を頂点とする『西国大名群』を完成させおった」
徳川が血を流して手に入れた「六百万石の分配権」という名分すら、大坂城の如水と秀頼の手によって、すべて豊臣の威光へとすり替えられてしまったのだ。
さらに、戦犯たちの処遇においても、如水の暗躍は徳川の思惑をことごとく狂わせていた。
「……毛利の件も、小早川秀秋の件も、吉川からの嘆願を受け入れざるを得なくなったのは、痛恨にございますな」
正信の言葉に、秀忠は不快そうに目を細めた。
中山道で秀忠率いる徳川本隊の猛攻を受けるまで日和見をきめこんでいた小早川秀秋。本来ならば全領地没収・改易の死罪級の戦犯であった。
また毛利も大坂城入城後、西軍に与するよう輝元名義の朱印状を乱発していたため、小早川とまとめて改易したかった。
だが、如水は大坂城の「豊臣公儀」の権威を使い、吉川の嘆願を「主君・秀頼の慈悲」として聞き入れる形を作った。
「結局小早川は五十一万石の大名から、一万石の小領主へ落として命だけは助ける……。毛利を縛る鎖として生殺しにする算段だったが、これも『豊臣の恩赦』という名目にすり替えられた。徳川が私情で裁いたという汚名を避けるためとはいえ、忌々しい」
「……真田昌幸・信繁の件も同様にございます」
正信がため息をつく。
「上田城で戦を交えず、事前に恭順を申し出ていた真田昌幸。刃を交えていない以上、取り潰す口実がございませぬ。上田領は東軍の長男・信之に引き継がせましたが、昌幸・信繁の身柄は流罪にできず、信之の領内(信濃)に温存される形となりました」
「……如水め。徳川の喉元である信濃に、真田という毒針を残しおったか」
秀忠の奥歯が、ギリと音を立てた。
大坂城に二百二十万石と秀頼・如水が残り、西国には豊臣の朱印状を得た猛将たちが陣取り、信濃には真田が潜む——。
徳川は関ヶ原の戦いに勝ったはずなのに、政治の盤面(制度)においては、より強固な「徳川包囲網」の中に閉じ込められてしまったのだ。
「……失礼いたします」
静寂を破り、書院の襖が開いた。
入ってきたのは、筑前五十二万石への加増移封が決まった黒田長政であった。
長政の顔色は蒼白で、その瞳には深い困惑と動揺が色濃く差している。
「……秀忠様。此度の筑前への加増、身に余る光栄にございます。……ですが、父・如水の暴挙、何とお詫び申し上げればよいか……」
長政は畳に額を擦り付けた。
自分は東軍の主力として血みどろになって戦い、徳川への忠義を尽くした。それなのに、隠居していたはずの父・如水が突如大坂城に現れ、「秀頼の傅役」として豊臣の頭脳に収まったのだ。徳川から「二重スパイ」の疑いをかけられても言い訳ができない。
秀忠は、平伏する長政を冷たい静寂の中するりと見下ろした。
怒るでもなく、詰問するでもない。その無表情さが、かえって長政の背筋を凍らせる。
「……面を上げられよ、黒田殿」
「……はっ」
「其方の関ヶ原での働き、実に見事であった。筑前五十二万石は、其方の血と汗の対価だ。……父上のことなど気に病む必要はない」
秀忠は淡々と、しかし鋭利な言葉を紡ぐ。
「如水殿が秀頼様にいかなる『帝王の学』をお授けになるか……余も江戸の地より、楽しみに拝見させてもらうとしよう」
「……っ……!」
長政の息が止まる。
怒られるよりも恐ろしい「冷ややかな理解」と「絶対的な観察」。徳川と豊臣、そして己の父・如水という巨大な狂気の間で板挟みとなり、長政は逃げ場のないプレッシャーに打ち震えるしかなかった。
長政が辞去した後、秀忠は静かに立ち上がり、書院の窓から東の空を仰いだ。
後ろに控える正信へ、秀忠は静かに問いかける。
「……佐渡」
「ハッ」
「大坂城という『豊臣の主従関係の枠組み』の中で算盤を弾いている限り、余らはあの大坂城の老狐と童に勝つことはできん。あやつらは豊臣の正統性という無敵の盾を持っているからだ」
「……御意。大坂の盤面の上で戦うのは、徳川にとって不利きわまりませぬ」
「ならば……盤面そのものを変える」
秀忠の瞳に、宿っていた迷いが消え、凍てつくような冷酷な決意が宿った。
「大坂の威光が一切届かぬ武蔵の地——江戸に、朝廷をも巻き込んだまったく新しい武家政権を創出する。豊臣を『臣下』として呑み込むための制度を、一刻も早く構築せねばならぬ」
家康の残された寿命という「時間」を意識しながら、秀忠は拳を強く握りしめた。
関ヶ原の戦後処理がもたらしたのは、徳川の天下ではなかった。
大坂の秀頼・如水と、江戸の秀忠・家康。
日本を二つに分断し、互いの喉元を狙い合う『双京の軋轢』の時代が、ここに本格的な幕を開けたのだった。
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