第36話 檻の中の龍
慶長五年(一六〇〇)五月。
会津・若松城の奥深く、執政・直江兼続の書斎には、深夜になっても灯りがともり続けていた。
畳の上に散らばっているのは、軍令書でも密書でもない。凄まじい数の算盤と、赤字で埋め尽くされた勘定帳であった。
「……また、足りぬか」
兼続は目頭を指で押さえ、深く重い吐息をついた。
越後九十万石から、会津百二十万石へ。表向きは三十万石の大加増であり、豊臣政権下における上杉家の威光を示す華々しい移封であった。
だが、その実態は破綻寸前の惨状であった。
越後時代の上杉家を支えていたのは、表高の九十万石などではない。佐渡金銀山から湧き出す莫大な金銀、青カラムシ(高級織物・越後縮の原料)の独占権、そして柏崎や直江津などの主要港から入る莫大な港銭——圧倒的な「銭の力」であった。
しかし、会津移封に伴い、佐渡の金銀山も日本海の港湾利権も、すべて豊臣蔵入地や他領として取り上げられてしまった。
手元に残されたのは、山に囲まれた会津の「米(表高)」のみ。
さらに拍車をかけたのが、上杉家の「家格と誇り」であった。百二十万石という「天下有数の大名」へ格が上がったことで、謙信以来の誇り高い家臣団は、越後時代以上の生活水準と大名としての体面を当然のように要求した。新領地の統治、蒲生旧臣らの不穏を抑え込むための神指城の突貫工事、街道の拡張……。
収入源を根こそぎ失ったにもかかわらず、固定費と体面維持費だけが肥大化していく。会津に入ってわずか二年、上杉家の財政は完全に底をついていた。
「……兼続」
暗がりから、当主・上杉景勝が静かに姿を現した。言葉の少ないこの巨漢の将は、兼続の目の前の勘定帳を静かに見つめた。
「佐渡を奪われ、米しか取れぬ山国へ追いやられた……。我が家は中身が空の巨木よ。徳川と正面から戦えば、ひとたまりもなく折れるな」
「……上様」
兼続は悔しさに唇を噛みしめた。
「上様……なぜ、内府に従わぬのですか」
兼続がぽつりと問いかけた。それは自問自答でもあった。頭を下げ、徳川の傘下に下れば、この困窮から救われるのではないかという甘い考えが、頭をよぎらないわけではなかった。
景勝は静かに首を振った。
「三つ、理由がある」
景勝の低い声が書斎に響く。
「一つ。我らは太閤殿下より直々に託された五大老である。秀頼公への誓書を破り、家康の勝手な法度破りに屈すれば、謙信公以来の『上杉の義』は地上から消えてなくなる」
「……は」
「二つ。内府のやり口を見よ。蒲生騒動の理不尽な追及、越後一揆における言いがかり……。我らが膝を折ったところで、あやつは難癖をつけ、改易か大幅な減封で上杉を押しつぶすに決まっておる。降伏しても死、戦っても死だ」
そして、景勝は鋭い目で兼続を見つめた。
「三つ。我らが家康に平伏してみろ。誇り高き越後武士である我が家臣どもが納得すると思うか? 家中が分裂し、内乱を起こして自滅するわ」
景勝の言葉は、歴史の真実を穿っていた。追い詰められているからこそ、上杉は退くことができないのだ。
「……ならば、乾坤一擲の大博打に出るまで!」
兼続の目に、冷たく狂おしい光が宿った。
「家康を徹底的に煽り倒し、徳川の目を会津へ引きつけます。我らが『毒餌』となってこの会津に籠もり、佐和山の三成殿に挙兵の時間を与える。それしか……上杉が生き残る道はございませぬ!」
兼続は筆を執り、白紙に向かって一気に走らせた。
のちに天下を震撼させる世紀の挑発状——「直江状」が、こうして書き上げられた。
それから間もなく、江戸城。
兼続から届けられた「直江状」を読み終えた徳川家康は、激怒して書状を床に叩きつけた。
「無礼千万! 上杉景勝、直江兼続……天下の法度をなめおって! 直ちに会津征伐の軍を起こす!」
憤慨する家康と将臣たちの横で、徳川秀忠は冷ややかに落ちた書状を拾い上げ、目を通していた。
「……見事な書状ですな」
秀忠の呟きに、家康が目を細める。
「何だと? 秀忠」
「父上、兼続の煽りに乗ってはなりませぬ。……上杉は、動けませぬよ」
秀忠は盤上の奥州と越後を指差した。
「越後から会津へ移封され、佐渡の金と港を失った上杉の台所事情は火の車。神指城の突貫工事で兵糧すら満足に揃っておらぬはずです。さらに、北の最上義光、東の伊達政宗が睨みを利かせている。上杉は会津という檻から一歩も出られませぬ。……それより重要なのは、尾張や美濃にいる豊臣恩顧の諸将への根回しでございます」
「なに、福島や黒田らのことか?」
「左様です。あ奴らは異国(朝鮮)の泥沼の戦で骨を折ったというのに、三成らに言いがかりをつけられ、ろくな恩賞も与えられず鬱憤が溜まっております。『今度こそ三成を叩き潰し、自らの手で手柄を立てて正当な恩賞を掴み取れ』と囁いてやれば、跳びはねて喜びましょう。さらに……『三成という奸臣を討ち取ることこそが、幼い秀頼公をお救いする真の忠義』と耳元で吹き込んでやれば、あ奴らは己の欲望を『義』と錯覚し、喜んで我らの先鋒となりましょうぞ」
秀忠の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。家康は息子の恐ろしいまでの政治的計算に深く頷いた。
「……うむ。上杉は三成を炙り出すための『餌』。そして豊臣の諸将は、三成を喰い殺させるための『犬』か。手筈通り進めよ、秀忠」
「承知いたしました。利勝と小太郎(風魔)を動かします」
丁寧に頭を下げる秀忠を見て家康は満足そうに頷くと席を立った。
七月二十四日。下野国・小山。
会津へ向けて行軍中の徳川本隊のもとへ、佐和山から一斉に伝令が駆け込んできた。
「報! 石田三成、大谷吉継らが上方にて挙兵! 伏見城を包囲し、天下へ向け討徳川の檄を飛ばしました!」
陣幕が騒然となる。ついに三成が動いたのだ。
集められた諸将の前で、家康と秀忠は事前の打ち合わせ通りの「評定」を始めた。
「三成が牙を剥いた。このまま会津の上杉を叩くか、それとも取って返し、上方へ進撃すべきか。皆の意見を聞こう」
家康が問うと、すかさず福島正則が血相を変えて前に躍り出た。
「何を迷うことがございましょう! 慶長の役以来、我らを冷遇し、豊臣家を私物化してきたあの三成めを討つのは今! 三成を討ち取り、秀頼公をお救いすることこそ真の忠義にございます!」
「左様! 我らの城も兵糧も、すべて内府様(家康)に差し上げます! 今度こそ正当な戦功を立て、天下に我らの武名を轟かせてみせる!」
山内一豊や黒田長政らも声を揃える。秀忠が事前に「秀頼公のため」「正当な恩賞」という絵を描いてやったことで、諸将の眼には熱狂と現金な欲望がギラギラと渦巻いていた。
葛藤など微塵もない。彼らにとってこれは、鬱屈した過労(朝鮮出兵)のストレスを晴らし、徳川から莫大な報償(恩賞)をぶん取るための「千載一遇の集金チャンス」であった。
熱狂する諸将を冷徹な目で見つめながら、秀忠は立ち上がった。
「皆の忠義、しかと見届けた。……父上、上杉の追撃など恐れるに足りませぬ。背後の伊達・最上が睨みを利かせている上、会津に遠征する金も糧食もないからです。上杉は檻の中から一歩も出られぬ」
秀忠は家康に向き直し、静かに言った。
「父上は意気上がる豊臣恩顧の大名を引き連れ、東海道を西上されよ。……私に徳川本隊三万八千をお預けくだされ。中山道から信濃へ入り、真田を踏み潰して三成の背後を突きます!」
「相分かった。秀忠、中山道は任せる。……戦の主導権は、我ら徳川が握る!」
徳川軍が小山から一斉に反転し、西へ向けて怒涛の行軍を開始した——その報は、会津・若松城へも届いた。
「徳川軍が退いていきます! 今こそ徳川の背後を討ち、挟み撃ちにする絶好の機!」
若い将臣たちが息巻き、刀の柄に手をかける。
しかし、景勝と兼続は、落ちていく夕日を見つめたまま、微動だにしなかった。
「……追えぬ」
兼続の口から、血を吐くような呟きが漏れた。
「追えば……背後の最上と伊達が動き、会津は火の海だ。我が家には、野に打って出る兵糧も銭もない……」
「兼続」
景勝が静かに兼続の肩に手を置いた。
「それに殿は結城秀康殿と聞く。もはやここまでだ。我らは会津の檻の中で……三成殿の勝利を祈るほかあるまい」
謙信以来の威光を誇った上杉家は、金の無いスカスカの巨木として、会津の山の中に縛り付けられた。兼続の「直江状」という一世一代のブラフは、秀忠の冷徹な眼光によって完璧に見抜かれていたのである。
そして——。
中山道を西へ向けて進軍する、徳川秀忠率いる三万八千の黒き大軍勢。
先頭に立つ秀忠の目の前には、信濃の険しい山々と、そこに蠢くもう一匹の「乱世の怪物」の影が迫っていた。
「前田は抑えた。上杉も檻に閉ざした。……残るは、上田の真田昌幸のみ」
秀忠の冷ややかな呟きが、中山道の風に消えていった。
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