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銭将軍秀忠、金庫番からの成り上がり  作者: エピファネス
第3章 上方人質編

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第21話 神射の一矢、回転標(ターゲット)を穿つ

ブックマーク200件突破を記念して本日は2度投稿(18時)予定です。


今後も皆様に楽しんでいただける作品を作っていきたいと思いますので、イイねやブックマーク、★ ★ ★ ★ ★評価にて応援して頂けると幸いです!

 文禄二年(一五九三)八月。

 大坂城の奥で産声が上がった瞬間、日本列島の均衡は音を立てて崩れ去った。


ひろい様が……お生まれになられたぞ!」


 名護屋城の陣中、狂喜乱舞した豊臣秀吉は、朝鮮半島の泥沼の戦況など頭から吹き飛んだかのように大坂・伏見への引き揚げを命じた。


 だが、祝宴の熱気に包まれる名護屋城の本丸で、ただ一人、顔面を蒼白にしている男がいた。


 関白・豊臣秀次である。


(実子が……生まれた。私という関白がありながら……)


 杯を握りしめる秀次の手が、カタカタと不気味に震えている。かつて秀吉から「豊臣の家督」を譲られ、天下の頂に立ったはずの男が、赤子の誕生一つで「邪魔な居候」へと突き落とされた瞬間だった。


 徳川陣屋の奥。冷めた茶を啜りながら、常真(かつての織田信雄)が可笑しそうに口元を歪めた。


「太閤殿下は大層なお喜びで大坂へ戻られる。名護屋にいる大名どもは、こぞって祝いの品を並べ、媚びを売るのに必死ですな。……秀忠よ、我らも四天王寺の宝物庫から珍品でも献上するかの?」


 十三歳の徳川秀忠は、朱筆を止めて静かに首を振った。


「自腹を切って献上品を並べるなど、愚の骨頂です」


「ほう?」


「天下が若君の誕生に湧いているのです。ならば、その熱狂そのものを銭に変え、太閤殿下へ捧げればよい。……己の金を一文も使わずに、です」


 秀忠の瞳に宿る冷徹な光を見て、常真は「くくっ」と胸を揺らした。


 大坂へ帰還後、四天王寺の境内は、見たこともない異様な人波で埋め尽くされていた。


「拾様御誕生記念・特別勧進富! 一番富は、金百貫――!」


常真が扇を広げて高らかに声を張り上げると、境内に集まった数万の群衆から地鳴りのような歓声が上がった。


 四天王寺が売り出したのは、一枚一貫の「富札とみくじ」である。通常なら眉をひそめられる博打興行だが、今回は「若君様の無病息災を願う奉納金」という名目がついている。当たれば一朝一夕で大金持ち、外れても「若君様への献金」になる。庶民も商人も狂ったように銭を差し出し、札数は瞬く間に四万八千枚を突破していた。


「しかし秀忠よ、これほど大量の札……どうやって公平に当たりを決めるのだ?」


 常真が首を傾げながら秀忠に問いかけると、秀忠が指す方から境内の設えを見つめる群衆の前に、異様な装置が姿を現した。


 馬場道に沿って並べられた、五つの巨大な木製の丸標ターゲットである。それぞれの標には「0から9」の数字が刻まれ、滑車によって勢いよく高速回転している。一の標(万の位)から、五の標(一の位)まで。


「これより、一の標から五の標まで、順に矢を射ち込む! 矢が刺さった数字をそのまま並べ、当たり番号とする!」


 常真の宣言に、群衆がざわめいた。回転する的に意図的に矢を射てるわけがない。だが、それゆえに「細工イカサマは一切不可能」だということが一目で分かったからだ。


「出でよ、徳川が誇る弓馬の名手――本多忠勝殿!」


 ドドドッ、と蹄の音が響き、甲冑に身を包んだ本多忠勝が漆黒の駿馬を駆って馬場へと躍り出た。

 天下無双の豪将の登場に、境内は割れんばかりの拍手に包まれる。


 忠勝は疾駆する馬上から目にも留まらぬ手つきで弓を引き絞った。


 ――パァン!


「一の矢、命中! 『三』の数字!」


 間髪入れずに二の矢、三の矢が放たれる。


 ――パァン! パァン! パァン! パァン!


「二の矢、『八』! 三の矢、『二』! 四の矢、『一』! 五の矢、『五』!」


 五つの回転標が見事に射抜かれ、矢が突き刺さった数字が読み上げられた。


「当たり番号――三万八千二百十五番!!」


「当たったあぁぁぁ! 四万八千の札から、俺の札が当たったぞぉぉ!」


 境内は熱狂の坩堝と化した。圧倒的な視覚的エンターテインメントと、透明性の高さ。四天王寺の富籤は、大坂・京の街を完全に呑み込む巨大な熱狂となったのである。


 大坂城の大広間。

 秀忠と常真の前に積まれたのは、富籤によって得られた莫大な純利益――目も眩むような金銀の山であった。


「太閤殿下。四天王寺および、天下の民より……若君・拾様の御誕生をお祝いし、この奉納金を献上申し上げます」


 秀吉は目を見開き、震える手で金銀を撫でまわした。


「秀忠……! 天下の民の心を一つにして拾に捧げてくれたというのか……! でかした! 秀忠の忠義、誠に天晴れである!」


 秀吉は涙を流して激賞した。周りに平伏する石田三成ら奉行衆は、言葉もなく土色になった顔を伏せるしかなかった。


 その夜。突貫工事の槌音が遠く響く伏見・指月しづきの徳川陣屋の奥で、秀忠は一人の青年来訪を待っていた。


「――松千代。いや、利勝」


 畏まる二十歳の青年へ、秀忠は声をかけた。

 守役として身近に仕えていた「松千代」は、今年二十歳を迎え、秀忠の推挙によって元服を果たし、名を土井利勝と改めたばかりであった。六歳年上のこの青年は、秀忠の冷徹な思考を誰よりも早く察する最高の手足となっていた。


「ハッ。利勝にございます」


 秀忠は、四天王寺で使ったあの五連回転標の図面と、富籤の運用指示書を利勝の前に滑らせた。


「利勝。これと同じものを、直ちに江戸城下で執り行え」


 利勝は図面を検分し、不敵な笑みを浮かべた。


「ハッ。……江戸で集めました銭も、拾様へ献上いたしますか?」


「愚か者」


 秀忠は冷めたお茶を口に含み、冷徹な一言を言い放った。


「大坂の富籤は、太閤殿下の目を眩ますための餌だ。江戸で集めた銭は一文たりとも豊臣には渡さん。全て徳川の蓄財とし、江戸の街づくりと兵糧の備えに回せ」


 利勝の背筋に、快い戦慄が走った。

 大坂では豊臣のために天下の金を燃やさせ、江戸では徳川のために秘かに金を蓄えさせる。


「御意にございます、秀忠様。……大坂の目を盗み、江戸を徳川の盤石なるいしずえと成してみせましょう」


 深々と頭を下げる利勝を見送りながら、秀忠は算盤の玉をパチンと弾いた。


 拾の誕生による関白・秀次の孤立。豊臣家臣団の亀裂。そして、朝鮮の泥沼。

豊臣という巨木が内側から腐り落ちていく音を聞きながら、十三歳の少年は、静かに次の手を指し伸ばしていた。

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


続きが読んでみたいと思えましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。


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