表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一年越しの花嫁  作者: 灯影


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/5

終話



 百年花が咲いた。

 

 それは鬼の国にとって、百年に一度人の世から花嫁を迎えるという事だった。

 何百年も生きている年寄り達は、こぞって花嫁を迎える大切さを語っていた。


 百年花は、花嫁が来るその日まで花弁を落とす。

 とうとう、花弁が残り三枚になった時、鬼の国ではあちこちで宴が始まっていた。

 

 だが、誰がその花嫁を娶るのか。

 問題は、そこだった。

 そして最後の一枚になった時。

 輿入れのある大広場では、候補者達が溢れていた。

 俺はそれを横目で見ていただけだった。

 女に興味がなかったんだ。


 ……そんな目で見るな。


 そして、その翌日花は全ての花弁を落とした。

 俺は仕事で別の場所にいた。

 なのに、何かを逃してしまうような焦燥だけが消えなかった。

 何をしてても、百年花の花弁が脳裏に散らついた。

 だから、まぁ見るだけでも見にいくかぐらいの気持ちでそこに行ったんだ。


 俺が大広場に着くと、ちょうど輿が外界門から出て来たところだった。

 野次馬達に押されて、気付けば輿のすぐ近くにいた。

 そこで俺は見たんだ。


 凛とした表情で、しっかりと前を向いている少女を——まさか名前も、凛だったなんてな。

 

 その少女の手は震えていた。

 当然だ、見るもの全てが初めてだったろう。

 怖かっただろうし、心細かっただろう。

 でも、あやかし達が歓迎の声をあげると、その少女は微笑んだんだ。

 

 その時、俺は鬼の番を求める本能を知った。

 輿が通り過ぎるまで動けなかった。


 そこからは、誰にも渡さないために必死に動いた。


 そして俺は、最後の話し合いの場に出向き、皆に宣言した。


『あれは、俺の番であり、花嫁だ』と——



 話し終えた朔夜様は、まだ微笑んだまま月を見上げていた。


 あの盛大な花嫁行列の中で、みんな人の世から来た『花嫁』を見ていた。

 それなのに、朔夜様は『私』を見てくれていたなんて——

 


「驚きました……」

「そうか?」


 朔夜様が私を見て困ったように笑った。


「……泣くな」


(え? 私、泣いてるのでしょうか……?)


 驚きつつそっと頬に手をやると、確かに濡れている。


「涙……ですね」

「そこでも笑うのか」

「笑ってますか?」

「ああ。微笑んでるな」


 朔夜様はそっと私の頬に手を添えると、

 じっと目を見つめた。

 その瞳はとても優しくて、ますます頬が緩んでしまう。


「……涙まで綺麗だな」

「そんなことは、ありません」

「いや、そうだ」


 ゆっくりと近づいて来る赤金の瞳に魅せられて、私は夢心地のまま朔夜様の口付けを受けた。


「……怖いか?」

「いえ、全く」

「はは! 本当に肝が座ってるな」

「朔夜様がお優しいのを知っているからです」


 朔夜様が微笑んだ。

 

 その時強めの風が吹き、朔夜様の藍色の髪が揺れた。

 首筋にかかる髪も、長めの前髪も風に煽られ、赤金の瞳を隠したり覗かせたりする。

 朔夜様は少し鬱陶しそうに、それを掻き上げた。

 

 そして、朔夜様は座っている私の膝の下に手を差し込むと、ひょいと横抱きにした。


(わぁ……! 驚いた、なんて軽々と)

 

「風が強くなって来たな。中へ戻るぞ」

「重くないですか?」

「軽過ぎだ。もっと食べろ」

「藪蛇でしたね」


 朔夜様は私をそっと布団の上に下ろすと、戸棚から何かを取り出した。


「凛、耳に穴は空いてるか?」

「空いております」

「良かった。じゃあ右耳を」


 私は意味も分からず言われるがまま、髪を掛けて右耳を見せた。

 冷たい指先が触れた耳は、一瞬で熱をもったように熱くなる。


「……赤いぞ」

「見ないでくださいませ」


 朔夜様が笑う気配に、私は両手で顔を隠した。

 何も付けていなかった耳に、少しの重さと軽やかな音を感じた。


「耳飾り……ですか?」

「そうだ」


 朔夜様はいつも付けている黒曜石の耳飾りを外すと、見た事のない耳飾りを私に見せてくれた。


「わぁ……! とても綺麗ですね!」

「白銀で作った耳飾りだ。鬼の国では夫婦になると揃いの耳飾りを付けるんだ」

「なんて素敵な風習……あら? この意匠……」

「やっぱり気付くか」

「以前見た物と似ています」


 朔夜様は急に横を向いた。

 

「……凛が、初めて『綺麗』と、口にしたやつだ。少し手を加えてるから同じではないぞ」

「……朔夜様。とても……とても嬉しいです。初めて、とか見た物まで、しっかりと覚えてくれていたなんて……!」

「やめろ……! 口に出されると余計に恥ずかしい」


 私は嬉しくなって、お願いをした。


「朔夜様の耳飾り、私が付けてもいいですか?」

「……もちろん」


 すっと手渡されたそれは、よく見ると小さな花が連なっていた。


「……可愛い! 良いのですか? 前のものは格好の良い物でしたのに」

「それだと凛に似合わないだろう」


 何を言ってるんだ、という顔でそう言った朔夜様を、私はぎゅっと強く抱きしめた。


「おわっ!?」

「朔夜様! 朔夜様は私を“腑抜け’にでもするおつもりですか!?」

「は、はぁあ!? 何を言って——」

「ぎゅーーー!」

「口で言うな、口で!」


 朔夜様はたまらず私を引き剥がすと、真っ赤な顔で小さく叫んだ。


「早く、耳飾り、付けてくれ!」

「ちょっと待ってください、感動で手が震えていて……」


 朔夜様がまた怒る前にと、私は耳飾りを震える手で付けた。


「……うん、音も良いな」

「まぁ、嬉しそうなお顔」

「ちょ、だからそう言うことは口に出すなって!」

「ふふふ」


 私の笑い声を聞いた朔夜様は、ぴたりと動きを止めた。

 そして私を見つめると、鬼らしいニヤリとした表情で笑った。


「揶揄ってるな?」

「いいえ? 揶揄うなどと——」


(あらあらあら?)


 いつの間にか布団の上に、私の背が付いていた。


 視界に広がるのは、深い藍色の髪に、鋭く光る赤金の瞳。そして艶やかな黒い角に、綺麗な木目の天井。


(お顔も整ってらして、素敵以外に言葉が見つかりませんね……)


 私はそっと髪に触れた。

 朔夜様の顔がピクリと動く。


「お嫌ですか?」

「……それはない」

「駄目な場所は?」

「一つもない」


 私はゆっくりと、角に指を這わせた。

 

「……ここもですか?」

「……大丈夫だ」

「では……ここも?」


 私が頬に指を滑らせる。

 その瞬間。

 朔夜様の肩が、ごく僅かに震えた。


「…………はぁ〜」


 朔夜様は大きなため息を付いて、がくりと項垂れた。


「朔夜様?」

「凛……」

「はい?」

「お前……歳、誤魔化してないか……?」

「いいえ? ここに来て一年経っているので、十八で間違いないですよ?」

「……そうか」


(どうしたのでしょう……私の触れ方が幼すぎましたか!?)


「あの、拙い触り方で申し訳ありません。朔夜様が満足のいく触り方を教えて頂ければ——」

「りーん! 違う! そうじゃない!」


 慌てた様子の朔夜様は、私の手を引っ張って体を起こした。


「逆なんだよ……どこで覚えたんだ……?」


 何やらぶつぶつと口を動かしている朔夜様の声は、私の耳では残念ながら聞き取れなかった。


「……私、何か間違えましたか?」


 自分で思ってたよりも頼りない声が出てしまった。

 それに気付いた朔夜様が、私を優しく抱きしめた。

 

「凛、違う。すまない……大丈夫だ。何も間違ってない」

 

 朔夜様の胸元から聞こえるくぐもった声が、私の不安を消してくれた。


「……なら良かったです。少し、不安になってしまいました」

「悪い。凛の、その……手が……」

「良かったですか?」

「凛!」


 私を抱く手にぎゅっと力が入った。

 

「はい?」

「……いや、何でもない」


 そして、力がまた緩んだ。

 何ということはない触れ合いなのに、私の頬は知らず緩んでしまう。

 

 ——こんな風に身を寄せて触れ合える喜びを、私はここに来て初めて知った。


「朔夜様」

「なんだ?」


 私は包まれている腕を開くように、朔夜様の胸元に手を当ててぐっと押した。

 私を抱きしめていた手が緩んで、朔夜様のお顔がはっきりと見えた。

 不思議そうに見つめる瞳には、幸せそうな私が映っている。


「お慕いしております。心から」


 朔夜様が息を呑んだ。

 そして、ほんの一瞬泣きそうな顔をしたと思ったら、見た事もないような優しくて、柔らかい微笑みに変わった。

 

「俺もだ」


 そうして私達は、二度目の口付けを交わし抱きしめあった。

 

 お互い触れ合う度に聞こえる耳飾りの音が、私達を繋いでいるようだった。

 

 どれくらいそうしていたか分からないけれど、お互いの心音が聞こえるほどの静寂の中、朔夜様が「いいか?」と、私に尋ねた。


「もちろんです」


 その言葉が合図となって、朔夜様は優しい手付きで、私の頬や首筋、そして鎖骨から肩に指を這わせた。

 

 ぞくぞくと、体に走る感覚に私はたまらず朔夜様に抱き着いた。

 

 ゆっくりと私の体から離れていく単衣を見ながら、今まで感じたことのない高揚感に胸を震わせた。


 そして——そのまま朔夜様へと身を委ねたのだった。





(……あら? 私いつの間にか眠ってしまったのでしょうか……?)


 不意に目が覚めた。

 視界がはっきりしないまま、頭を巡らすとすぐ側に朔夜様のお顔が見えた。


「……っ!」


 何とか声を上げずに済んでほっとしていると、眠っていた朔夜様の目がぱちりと開いた。


「……わっ!」

「……ん、起きたのか?」

「ちょっと目が覚めてしまって……」


 朔夜様はまだ寝ぼけているようで、少し幼い感じがした。

 それだけでも私の胸は、きゅっと痛くなる。


「凛……体、大丈夫?」


 寝ぼけながらも私の体を気にしてくれる、優しい夫に私はなぜだか泣きそうになった。

 知られないように、朔夜様の胸元に顔をくっ付けた。


「思ったように体が動かないですが……幸せな怠さです」


 そう言った瞬間、朔夜様の体がふるりと震えた。


「凛……殺し文句をあと幾つ隠してるんだ?」

「え?」


(あらあらあら?)


 ころりと、仰向けに転がされた私の上には、無造作な色気を湛えた朔夜様。


「……夜はまだ明けないぞ?」

「明けてしまっても構いません」

「……おっまえは!」


 呆れたように笑いながらも、その瞳はどこまでも優しかった。

 啄むような口付けは、どこまでも甘い。

 私は微笑みながら、もう一度朔夜様を受け入れた。



 そうして、何度目かの微睡の中、ぼんやりと自分を振り返っていた。

 


 一年前のあの日。

 私の住む村から花嫁を出しなさいと宣託が下った。


 未婚の女性達の親が、何度も村長である私の家に集まっては、何か断る良い方法はないかと相談し合っていた。


 誰も自分の娘は差し出したくない。

 けれど、誰かを差し出す事もしたくない。


 話し合いは平行線だった。

 期日が三日後に迫っていた時、私は覚悟を決めた。


 村長の娘という矜持が、私の心を奮い立たせた。

 

『私が鬼の国に、嫁ぎます』


 そう、口にしてから、私は一度も後悔はしなかったし、振り返らなかった。


 ただ、この国に来てからの扱いに、自分で良いのだろうかという、言いようのない不安はあった。


 でもそれも、それこそこの国の妖達の優しさで、受け入れる事が出来た。


 ここに来た花嫁達は、帰れなかったんじゃない。

 きっと、帰らなかったのだ。


 永い時を生きる事になったのなら、他の花嫁を探してみるのも良いかもしれない。


「……とても、楽しみです」


 思わず口に出してしまった。

 慌てて朔夜様の様子を伺うと、ぐっすりと眠っている。

 それでも私の体をぎゅっと抱き込んでいる朔夜様に、愛おしさが溢れた。


 この温もりと共に歩む永い日々を思うと、私の胸は弾んでやまない。

 綻んでしまう顔をそのままに、私は朔夜様に更に身を寄せる。

 穏やかな寝息と心音に包まれて、私はまた目を閉じたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ