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一年越しの花嫁  作者: 灯影


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3/5

三話


 白露と共に、廊下を歩く。

 ゆらゆらと遊んでいた鬼火達が、くるくると私の周囲を回ってまた消えていった。


 昼の日差しと共に、普段なら聞こえる鳥のさえずりや風の音も、今日はどこか遠く感じた。


 聞こえるのは、早鐘を打つ自分の心臓の音ばかり。


(落ち着いて……)


 そう言い聞かせても、胸の鼓動は少しも静かになってくれない。


 そっと胸に手を当てると、滑らかな着物の生地に、先程のやり取りを思い出してしまった。


(逆効果です……)


「白露……」

「はい」

「どうしましょう……どきどきが治らなくて……」


 白露が足を止めて、私を見つめた。


「凛様。何も緊張しなくて大丈夫です。今日は、ただのお祝いです。美味しいものを食べ、美味しいお酒を飲んで楽しく過ごせばいいのです。それだけで、私達は嬉しいのですから」

「でも……何か私にも出来ないものかしら。せめてもう少し早く知っていれば、何か用意して出来たのに」

「だから、当日ギリギリまで秘密にしてたんですよ?」


 白露の言葉に、え、と言葉を失った。


「そういう貴方様だから。朔夜様が内緒にしろと」

「そう……ですか」

「凛様は、いつも誰かのために頑張ってしまわれますから」

「……そんなこと」

「あるのです」


 有無を言わせない目力の白露に、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 

「今日は、素直に甘えてくださいませ」


 白露が、笑った。


「私達はもう、『一蓮托生』……でしたか?」

「それは少し違う気がするわ」

「違いましたか」

「……ふふ!」


 

 私達は、大広間に着くまでずっと笑っていた。


 大きな襖の向こうからは、人々の楽しげな笑い声や盃の触れ合う音が微かに聞こえてくる。


「凛様」


 白露が一歩前へ出て、静かに振り返った。


「皆様がお待ちです」


 その一言で、少しだけ緩んでいた胸が、また高鳴る。


「……はい」


 私は深く息を吸った。

 大丈夫。

 もう一人じゃない。

 白露が頷く。

 それを合図に侍女が襖の前へ進み、静かに声を張った。


「若奥様のお越しです」


 音もなく、ゆっくりと襖が左右へ開かれていく。

 一斉に集まる視線に、胸がきゅっと締め付けられた。


(足が……震えてしまうわ)

 

 ——でも。

 

 その中で、私は真っ先に一人の姿を見つけた。


 深い藍色の髪。

 凛々しく伸びた黒い角。

 そして、赤金の瞳。


 ――朔夜様。


 目が、合った。

 

 (……あれ?)


 朔夜様が動かない。

 やっぱり似合わなかったのかもしれない、という不安が襲ってきて私は背筋が冷たくなった。


 

「朔夜様」


 颯さんが呼びかけると、朔夜様の肩が跳ねた。

 颯さんが何かを話し掛ける。

 けれど、その声はここまでは届かない。


(……どうしたらいいのでしょうか)

 

 居た堪れなくて、入り口から動けなくなった私に、朔夜様が大股で近付いてきた。


 ずんずんと近付いて、私の目の前で足を止めた朔夜様は、しばらく何も言わなかった。


 ただ、赤金の瞳だけが、まっすぐ私を見つめている。


「……あ、あの」


 やっぱり朔夜様は黙ったまま。

 流石に悲しくなってきた私はどんどん俯いて、きゅっと両手を握りしめた。


「——ってる」


(……え? 何か聞こえた?)


 顔を上げると、耳まで赤く染めた朔夜様が口元を押さえていた。


「朔夜様?」


 口元を押さえていた手で、前髪を掻き上げると、口をパクパクさせた。

 ますます分からなくて、私は首を傾げた。


「……似合ってる!」

「…………ぇえ!」


 私は思わず驚きの声を上げた。

 

「だから……似合ってるし、その……綺麗だな……って、見惚れてた」


 次は、私が口元を隠す番だった。


「不安にさせて……あんな、顔をさせて、悪かった」


 私はぶんぶんと首を横に振った。


(どうしましょう……泣きそうです)


「顔をよく見せてくれないか……?」


 朔夜様がずっと口元にあった両手をそっと離した。

 そのまま、私達は両手を繋ぐ形で向かい合った。


「ああ、やっぱり……綺麗だな」

「……っぅう」

「え!? どうした、なぜ泣く!?」

「ご、ごめんなさい……嬉しすぎて」


 朔夜様は困ったように眉を下げると、私を優しく抱き寄せた。

 ふわりと伽羅の香りに包まれた。

 落ち着いたその香りは、いつも不思議なくらい私の心を静かにしてくれる。


「……泣き止んだか?」

「はい……すみません」

「白露」


 朔夜様が白露を呼んだ。

 泣いてしまった私の顔は、きっと酷いことになっている。


 白露が近付くと、朔夜様は私を抱いたまま少しだけ腕を緩めた。

 その陰で、白露は手早く乱れた化粧を整えていく。


「さぁ、俺たちの席はあそこだ」


 繋いだ手から伝わる温もりが心強くて、私の緊張を解してくれた。


 朔夜様が私の手を引いて向かった先には、お義母様と大君が並んで私達を待っていらした。

 朔夜様のお父様であり、鬼の国を統べる大君。

 初めてお会いした日は、その威厳に息を呑んだ。

 けれど今は、その厳しさの奥にある優しさを知っている。


 私は繋いだ手をそっと離し、居住まいを正して深く一礼する。


「本日は、お招きいただきありがとうございます」

「はっは! 何を言う! 凛の為の祝いの席だぞ!」

「そうよー? 私達がそれに参加してるのよ」


 大君は豪快に口元を緩めた。


「……息子よ。一年、よく我慢したな」

「おい!」

「はっはっは!」

「ほらほら。揶揄うのはもうやめて、座りましょう。お腹減ったわ」


 お義母様が大君の腕を取ると、大君も自然な流れでお義母様の腰に手をやった。


(わ、わぁ〜!)


 なんとなく気恥ずかしくて目を逸らすと、朔夜様と目があってしまった。


「いつもこうだから、気にするな」

「え!? あ、は、はい!」


 朔夜様は小さく笑うと、もう一度私の手を取った。

 

 私の席は朔夜様の隣。

こうして並んで座ることにも、まだ少しだけ慣れなくて、胸がそわそわする。

 目の前には、巨大な皿に盛られた数々のお料理が並んでいる。

 特に肉系のお料理は、山盛りを通り越している気がする。


(みなさん、凄すぎます……)


 見ているだけでお腹が一杯になりそうだった。


 私達の席は大広間の一番奥、上座に用意されていた。

 そして私の左斜向かいに、お義母様が。

 朔夜様の右斜向かいに、大君が座られた。


 大君が自身の大きな体に見合う、とても大きな盃を片手で掲げた。


「皆、聞けい! 今日は鬼の国にとっても、朔夜たちにとっても祝いの日だ!」

「「「おー!!」」」

「存分に食って、飲んで、祝ってやってくれ!」


 一斉に盃が掲げられる。

 

「「「おめでとうございます!」」」

「「「鬼の国に繁栄を!!」」」


 そこからはもう、本当に大広間が熱気に包まれる程の、騒ぎ具合だった。


 私達の元へ、皆さんが入れ替わり立ち替わり祝いの言葉をくださる。

 そのたびに盃を交わしているのは、ほとんど朔夜様だった。


(いけませんね……私ももう少し頑張らなくては!)


『次に盃を交わすのは私!』という強い決意の元、待つこと数分。

 

「若様、若奥様。本日は本当におめでとうございます。これで鬼の国もますます栄えますな! どれ、一献」

「……あ! 私が頂いても宜しいでしょうか?」


 私は自分の乾いた盃をぐいっと突き出した。


「凛?」


 隣で朔夜様が目を丸くする。


「おや、若奥様が! しかし、この酒は人間には些か強いと……」

「大丈夫です! 私が!」

「お、おい、凛」

「朔夜様」


 止めようとする朔夜様の手を掴んだ私は、体ごと朔夜様に向き直った。


「舐めないでくださいませ。これまで私、一度も、酔い潰れたことはありません」


 ふふ、と笑う私に、朔夜様は疑わしそうに目を細めた。


「まぁまぁ、物は試しですからな!」


 とくとくと、注がれるお酒。

 お酒が溢れるほどに、並々と注がれた盃を口元にそろそろと持っていく。


「……では、失礼して」


 私はぐいっといった。


 一口。

 二口。


(……あら?)


 三口、四口。


(……あらあら? 飲みやすいですね)


 気付けば盃は空になっていた。


(すいすい飲めてしまいました)


「……凛、大丈夫か?」

「え? 大丈夫ですよ?」


(少しほろ酔いでしょうか……? とても気分がいいです)


 にっこりと笑う。

 

 ——そこから先の記憶が、ぷつりと途切れていた。


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