第54話:壊れた魂、その表裏
ナミロに促され、トカゲは剣を片手に店を出た。海から吹く風が陽気を含んだ空を駆け抜け、実に心地よい。
店の裏手は、トカゲが思っていたよりも広々としていた。彼の感覚で言えば、大体コンビニ一店舗程度の面積はあるように見える。地面は踏み固められ、草の一本すら生えていない。等間隔で数本の杭が打ち込まれており、その奥には無造作に積まれている干し俵。武器の試し斬りは、恐らくその杭と俵で行うのだろう。
そして、その一角では赤い鎧を着た先客が黙々と素振りをしていた。ブンッ、ブンッ、と力強く空を切る音がする。額には汗を滲ませており、トカゲらが店の中にいた間は休まず続けていたことが伺えた。
「おー、ガッツってば真面目にやってんねー」
ニヤニヤしながら、トカゲが冗談を振りまく。呆れた目でそれを見ながら、ハルヴァンが俵を一つ持ち上げた。
「集中してるんだから、邪魔しないであげて。ほら、トカゲくんも準備して」
「はいはーい」
ハルヴァンが俵を杭に差し込み終え、試験用の簡易的な的が完成する。的の前に陣取り、トカゲは手元の剣と的を交互に見た。背後からはハルヴァンの声がする。
「じゃあ、後はトカゲくんのタイミングで始めてもらっていいよ。斜めに振り下ろして、手に馴染むか確かめてみて」
「斜めね。よし、天才剣士のボクなら、一発で切り伏せちゃうよ? ちゃんと見ててよねー」
「そういう試験じゃないってば。斬れるかどうかはまた別の話。今のトカゲくんには関係ないよ」
嘲たことを咎められた後、トカゲは右手に握った剣に目を落とした。金属製、両刃の直刀。漫画やアニメで見るような、いわゆる西洋剣。
ぐるりと肩を回し、構える。手には既に何か違和感を感じるが、無視して一度深呼吸を挟む。息を吐き出し終え、持ち上げた両手を一気に振り下ろした。
――ザッ。
草俵の軋む音。同時に感じる、衝突の感触。言うまでもなく、俵は斬れていなかった。
「感触はどうだった?」
少し離れた場所から、ハルヴァンが尋ねる。トカゲは右手に持った剣を見ながら、先ほどの手応えを語った。
「なんかねー、駄目だった。振ったはいいけど、上手く力が入らなかった」
ハルヴァンの隣で、ぼそぼそとナミロが溢す。
「お手本のような適性のなさじゃな。小僧の魂はあの剣に拒否されとる。次を試すか」
剣を店内に返した後、次の武器の候補はメイス。持ちやすく加工された棒の先端に、刺々しい鉄球が括り付けられた野蛮な武器である。
持ち上げた時には、既におかしかった。まず何より、トカゲの平均的な成人男性の体で、こんな質量兵器を扱い切れるはずもない。両手で扱っている以上、アニムとの併用も不可能。加えて、とことん見た目があっていない。トカゲと言えば軽い身のこなしで動きそうなものなのに、武器だけ鈍重。傍から見ても、適性がないのは一目瞭然だった。
一応振り回してはみるが、結果は確認するまでもない。トカゲが重量に振り回され、こけただけ。むしろこけた際に、メイスの棘が彼を攻撃しにかかったくらいである。
「ダメ、だね」
「ダメじゃな」
遠くから見ているハルヴァンとナミロが、他人事のように言う。
その後も片手で扱える武器種は全て試したが、どれもトカゲには適合しなかった。槍、トンファーなど両手での使用が前提なものを試しても結果は同じ。ならばと武器種は一番マシだった剣で固定、異なる剣も数本使ってみたが、やはり合わない。どの剣も手にした瞬間、握り心地がすこぶる悪かった。
一旦試し斬りを取りやめ、トカゲらは店の中へ。ナミロは部屋中の武器たちを一通り見渡してから、トカゲに問いかけた。
「どの武器も合わんかった、と言うんじゃな?」
「うん。なんかショックだよねー。こーんなにもイケメンなのにさ、武器のみんなから振られちゃった」
軽口は無視され、ナミロの視線はハルヴァンへ。
「お前もどうじゃ?」
「見てた通りかな。どの武器も、馴染んではなかったと思う」
「ハル坊もそう思うか……」
大きな溜息を吐き、ナミロが腕を組む。トカゲも頭を抱えた。
しばらくの沈黙。その間、男どもは互いの顔を睨めっこするしかなかった。だが、程なくしてナミロが口を動かした。
「……となると、原因は武器ではなく、小僧にあるかもしれんな」
ナミロが視線がトカゲを刺す。数秒見つめた後、ナミロは黙ってトカゲに向かって歩き出した。
「え? 何すんのさ?」
首を傾げるトカゲにナミロが一歩、また一歩と距離を詰めていく。トカゲは突然の接近にたじろぐが、そんなことはお構いなし。ナミロは許可も取らず、トカゲの手を握り出した。トカゲは反射的に振り払おうとするが、筋骨隆々の男に握られては赤子同然。抵抗は意味を成さない。
「え? ちょ、おじさん? お触りは駄目だよ? お金払ってないでしょ?」
「ちと黙れ。お前さんのために、原因を究明せねばならんのじゃ。お前さんの魂を見せい」
ナミロは目を閉じ、意識を集中させた。アニムを発動。手を握った相手の魂の位置を観測する。
器の暗い影の中で、ぼんやりと見える淡い光。それこそが、その器に宿る魂。
「うぅむ。ここ……ここか!」
唸り声の後、大きな独り言での報告と共に、トカゲの魂を発見する。次に観測するのは、魂の状態。透き通るガラスを覗くように目を凝らす。瞬間、ナミロは目を疑った。
――何じゃ、この小僧? 魂を二つ持っておる?
ナミロがこれまで観測してきたのは、一つの器に一つの魂が宿る状態だった。それがこの世界の鉄則。植物も、動物も、無機物でさえも皆一様に魂は一つしか有していない。例外があるとしたら、それは魂を捕食した後の堕魂だけ。しかし目の前の少年は、まごうことなき生ある人間。そもそも死んでもいない。
――ダメじゃ。今はそれどころでない。今は視ろ、この男の魂を。
生まれて初めて遭遇する異常事態に直面しながらも、ナミロはトカゲの魂の形を観測し続ける。全ては武器職人としての意地。この男にだけ武器を作ってやれないなど、彼からしてみれば言語道断だった。
そして、苦しながらにようやく見つけた、少年の形。
トカゲの魂は――壊れていた。それもこの上ないくらい、内からズタズタに。
『人』でありたいと願う、刃のない魂。自分は『怪物』であると泣いている、殺意に塗れた刃の魂。元は一つだったはずの魂。それが今、どういうわけか引き裂かれ、枝分かれをしている。トカゲの魂は外力を与えればいとも簡単に崩れ去るような、不安定で危うい状態だった。
息を飲みながら手を離し、ナミロは目の前の少年を見る。ヘラヘラとした顔で立っているだけにしか見えない。
――こやつ、相当無理をしておるな。
同情を覚えるも、ナミロには事情が分からない。しかしこのまま何もしてやれないのは心苦しい。ナミロはトカゲの肩に手を伸ばし、ポンポンと叩いた。
「よし、見えたぞ。お主の魂に合う、最適な形が。しばし武器を作るのに時間がかかるが、それでもいいか?」
「うん。時間の方は、まあ」
「そうか」
平静を取り繕い、ナミロはハルヴァンの方を見る。
「ハル坊」
「ん、何?」
「儂は、この小僧に合う魂を持った鉄を探してくる。儂がこやつに合った武器を作り終えるまで、お主は武器の扱い以外を叩き込んでやれ。見たところ、霊力の操作も杜撰なようだからのう」
「分かった」
ハルヴァンが頷いたのを確認し、ナミロが店の裏へ引き上げていく。一段と活動的になったナミロを見て、ハルヴァンは微笑んだ。
「良かったね、トカゲくん。ナミロおじさんの特注品なんて、滅多に作ってもらえるものじゃないよ」
「あ、そーなん? やったね。ボクが何したかは知らないけど、まあ結果オーライってことで。これにて武器探しは終わりってことっぽいし、次は――」
トカゲが口にするより早く、ハルヴァンが割って入る。
「特訓、だね」
「今日は何すんの?」
「まずは初日だし、トカゲくんとガッツさんが現状どこまで戦えるか、の把握かな」
「なるほどねー。ならさっさと始めちゃおっか」
くるりと回り、トカゲが出口へ向かう。寂れた薄暗い店から出た彼の瞳は、一切の迷いも映さず、静かに澄んでいた。
♢ ♢ ♢
トカゲとハルヴァンが去った後の店。ナミロは店の奥、資材置き場に目をやった。並んでいる木箱。そこには数えきれないだけの鉄鉱石が入っている。
一つ一つ手に取り、魂を見通す。どれも良質だが、あの少年には合わない。
「まったく、難儀な小僧じゃのう」
頭を掻く。愚痴を溢す彼だったが、その口元には微笑が浮かんでいた。
「仕方あるまい。何があったかはハル坊に聞いてもらうとして……儂は――最高の武器を作ってやるのみ」
一つ見つかった少年の形に近い魂。ナミロはその鉄鉱石を炉に入れると、薪をくべ始めた。
【今日の一言】
今更ですが、ハルヴァンがガッツだけ『さん呼び』なのは年齢差があるためです。現在の中心人物の年齢はガッツ(29)、ハルヴァン(22)、アヤメ・シルバ(19)、トカゲ(17)となっています。主人公が最年少です。
又、次回以降、作者の事情により投稿時刻が15:00から21:00へ変更となります。ご了承ください。




