第53話:魂を観測する男
肌を焦がすような陽ざしが感じられるようになる頃。ハルヴァンが先頭を歩き、男三人衆はある店の前に辿り着いた。
この街では珍しい、黄色みのある石で造られた、こじんまりとしている寂れた店。かまぼこのようなアーチを描く出入口には、海風に当てられて傷んだ木のドアが建てつけられている。
アーチの前で立ち止まったハルヴァンは、自身の左手後方を歩いていた大男に話し掛けた。
「えっと、ガッツさん。一旦ここから別行動でもいいですか? 僕はトカゲくんと一緒に、この店を見てきます。ガッツさんはこの店の裏で、素振りでもお願いしていいですか? 少し開けた場所があると思うので」
「おう、素振りか。承知した。では、この裏手だな? 詳しいことは分からんが、まあやっておくとしよう」
ハルヴァンと顎で場所を示し合ったガッツが、店の影へと消えていく。その背を目で追いながら、トカゲが軽口を飛ばした。ニヤニヤと口角を上げ、悪戯を仕掛ける。
「ふーん、ハル君とデートねぇ。出会って二日と日も浅いのに、ハル君てば積極的じゃないの」
「あー、ごめんね。僕にその趣味はないかな」
「そーじゃないよ。まだまだだなー、ハル君は」
どこぞの万年不機嫌と違って、『人類最強』と称される青年には冗談が通じない。トカゲは反応が面白くないと早々に切り上げると、そのまま正面の店に目を向けた。
「で、こっからボクらは何すんの? 」
「まだ言ってなかったっけ? ここは僕の顔馴染みの店なんだけど、ここでトカゲくんの武器を買おうと思って」
トカゲは首を傾げた。
「武器? アニムじゃ駄目なの?」
「うーん。今のところは、ダメ、かな。だって、その手じゃ無理だから」
ハルヴァンがトカゲの左手を指差す。先にあるのは、昨日の戦闘時にトカゲの意思を無視して動き出し、使い物にならなくなった黒い手。
「見た限り、多分それはアニムが暴走してる。今でこそ安定してるけど、次の戦闘で昨日と同じことが起こらない保証はない。この後アニムの扱いも教えるけど、アニムが使えなくなった時の保険はあった方がいいよ」
喋る傍ら、ハルヴァンは歩く。ドアを開くと、彼はトカゲの名を呼んだ。
「ってことで、始めよっか。ここの店主の武器は一流だし、いいものが見つかると思うよ。さ、入って」
「あれやこれやどーも。じゃあ、お言葉に甘えて」
紳士的に対応され、トカゲは気分良く店に足を踏み入れる。しかしその笑顔は即座に消え失せるのだった。『あ』とも『え』とも聞こえる中途半端な声を出し、トカゲは立ち止まる。
決してトカゲは武器に驚いた訳ではない。身の丈ほどもある大剣も、鉄球をただの棒に括り付けただけの無骨で野蛮なメイスも、所詮は命を殺めるためだけの道具。存在価値で言えば銃とそこまで差異はなく、大して驚愕には値しない。むしろ武器屋に銃の取り扱いがないことで、トカゲは改めてこの世界が異世界であることを意識したくらいである。
だが、違う。彼が言葉を失った理由は異世界の文化の違いではない。少年が目を丸くした原因は、店の奥で剣を手に乗せ、それをジロジロと見ている巨漢だった。
その男はガッツを遥かに凌駕する巨躯を誇っている。ガッツはトカゲと比べて頭一つ分ほど背が高いが、トカゲの目線の先にいる男はその比にならなかった。座った状態でトカゲの背丈と同程度もあり、立てば彼の倍近くあるかもしれない。
目を疑うほど体格に恵まれた男にトカゲが魅入っていると、店のドアを閉じたハルヴァンの声が聞こえた。
「ナミロおじさん、来たよ」
好青年の声が店内に響くと、山のような男はピタリと動きを止めた。声の方角を向き、話しかけてきた相手を確認する。ナミロと呼ばれた巨漢は剣を置くと、見事に逆三角形になっている体を立ち上がらせ、近づいてきた。
「おお、やっと来おったか。年寄りを随分と待たせおって」
口では文句を言い、ついでに木の幹のような腕でハルヴァンの背を叩く。だが、粗暴な人間には見えない。むしろ、ナミロの顔は実に優しかった。実際のところ彼らは血縁者ではないのだが、ナミロは孫を見るような目でハルヴァンを見ていた。
「ごめんごめん。でも、朝話した子はちゃんと連れて来たから」
ハルヴァンが一旦ナミロから離れ、トカゲと巨漢の丁度真ん中に立つ。彼はトカゲの方を見ると、ナミロに紹介し始めた。
「この子、トカゲくんって言うんだ。この子に合う武器を探してもらいたいんだけど、いい?」
「ほう? この小僧が噂のヤツとな?」
ナミロがトカゲを凝視する。二人の目が合うと同時に、ハルヴァンはトカゲにも紹介をする。
「で、トカゲくん。こちらがさっき言ってたお手伝いさん。この人は魂を観測するアニムを持ってて、無機物に宿る魂も見ることが出来るんだ。その辺の武器はナミロおじさんがアニムを使って、宿っている魂の最適な形に加工したものだから、性能は保証するよ」
トカゲは説明された武器たちを見る。
金属製のものは全て鏡かと思うほど綺麗に磨かれていた。木製のものは大きさも樹皮の有無もバラバラだが、一目でそれ以外あり得ないほどしっくりくる形に整えられている。武器職人としての技術が相当なものであることは、説明されるまでもなく分かる。
トカゲは武器から目を離すと、正面にそびえる壁に挨拶をした。
「どーも、はじめまして。えっと、ハル君からご紹介があった通り、トカゲと申します。いやー凄いですね。どの武器も輝いてますし……本場の凄腕職人さんを間近で見られるなんて、光栄です」
一見しただけでは媚びを打っているような挨拶にしか聞こえない。だがこれも彼の処世術。
お辞儀をし、顔を上げてから、トカゲはまだ人間の姿をしている方の腕を差し出した。しかしその手がすぐに握られることはなかった。
「変な名前じゃの」
「……ん、んー……そーっすねー」
ナミロに名を一蹴され、トカゲは愛想笑いをするしかなくなる。
「……儂はナミロ・マリッタ。よろしゅうな」
僅かな沈黙の後、ナミロが差し出された手を握り返す。するとトカゲの手は、まるで大人が赤子の手を握った時のように、巨大な拳で見えなくなった。ごつごつとした彼の手は、岩肌に触っているのかと勘違いしてしまいそうなほど硬い。
手が離れると、トカゲはそれまで山のような男の手に呑まれていた自分の手をじっと見つめた。グー、パー、グー、パー。拳を開いては閉じを繰り返し、存在を確かめる。しかしそれだけは飽き足らず、ハルヴァンにも尋ねた。
「ねえ、ちゃんとボクの手あるよね? ここに見えるよね?」
「うん、あるよ。僕もきちんと触れるし」
ハルヴァンがトカゲの手の平に指を立て、触覚を持って証明する。トカゲは安心したように、ほっと息を漏らした。その一部始終を見て、大男が不服そうな声を出す。
「何じゃ、失礼なガキじゃのう。誰もお前さんの手首など捥いだりせんわ」
「いや、ごめんなさい。ここまで体格のいい方にお会いするのなんて初めてで……その……」
次に繋ぐ言葉が出て来ず、中途半端な言葉だけが宙に浮く。ナミロはぎこちない少年を見ると、呆れて肩を落とした。
「まあいいわ。で、儂の武器を買いたい、といった話じゃったか」
ナミロが体の向きを半回転させ、自らが作り上げた商品の方を向く。数歩だけ歩き、床に置かれている樽の方へ。彼は樽に刺さっていた剣を一本雑に手に取ると、それを持ったままトカゲのもとへ歩み寄った。手にした武器を差し出し、言う。
「小僧、外へ出るぞ。まずはコイツから。試し斬りでもして、お前さんの手で、合うかどうか確かめてみい」
ナミロの手にある剣を手に取る。トカゲは受け取った剣を軽く握りしめると、手にした武器の相性を見るため、店の外へと出ていった。
【今日の一言】
ナミロの作る武器はどれも完成度が高いので、国からも一目置かれています。国防軍の中でも功績を残した、栄誉ある人材に与えられる勲章代わりの武器なんかも、大抵はナミロが作っています。




