第51話:別つ道、別たれた姉妹
ハルヴァンとシルバが宿で話をしていたのと同じ時間帯。オルグリスのとある古びた建物の一室には、昼間の港の件に関して話す三人がいた。
一人は現在トリメルカより逃亡中のエバリス。一人はオルグリスを訪れた直後のトカゲらを見ていた、紫がかった銀髪の少女。そして残る一人は、堕魂と人間の間に生まれた、純粋な人間からは忌み嫌われる存在。頬にはエラを、指の間には異常に発達した水掻きを、青い皮膚の全身には銀鱗を持った――半堕種の男。
二十年は使っているであろう、年季の入ったランタンが部屋をぼんやりと照らす。揺れる光の中心で、部下からの報告を聞いた少女は深く息を吐いた。
「……そう」
感情の籠っていない、氷のような声。その声色に、男二人は揃って気圧された。
「騒ぎを聞きつけて、急いで来てみれば……指示も聞かずに戦力を半分も投下した挙句、ハルヴァンに目を付けられて、全滅したわけね」
少女は腕を組み、左に首を傾げた。
「私は『ソロモの瞳の動向観察』と『護衛の力量分析』をしておきなさい、と言ったの。『殺せ』とまで言った覚えはないわ」
沈黙が場を支配する。半堕種の男は白々しく目を逸らし、エバリスは壁に寄りかかる。
説教が終わった後に、率先して責任転嫁に入ったのはエバリスだった。
「全部私たちの責任と言うのはやめてもらおうか。私たちだって、あの場にあんなのが来るとは聞いていない。あの化け物とその連れさえ現れなければ、あのまま護衛どもは死に、ソロモの瞳も捕らえられたはずだ」
説教を喰らい、機嫌を損ねたエバリスは半堕種の男を指差す。
「大体、あのまま押し切ろうと言い出したのはコイツだ。ハルヴァン相手に敵うはずもなかろうに。流石は穢人。脳みそは所詮、堕魂のままらしい」
「あんだと? だったらお前も止めりゃ良かったろうが。隣で観察者気取りで見てたくせによお。純種のお医者様は偉いってか?」
売り言葉に買い言葉。衝突する二人の男の視線の先に、火花が散る。大の大人が互いに睨み合う様は実に無様。目も当てられない。
「……そこまで」
情けないいがみ合いを見て、上官は口を挟まざるを得なくなった。
「やめなさい。責任の押し付け合いだなんて、みっともない。そんな恥ずかしい姿、お嬢様の前でもするつもり?」
氷片のような冷たい視線が、男たちの間の火花を鎮火する。喧嘩を止められた二人は互いに少女に向き直してから、揃って舌打ちをした。
「やめなさいと言ったでしょう」
二度目の忠告が走り、男たちが静まる。
ほんの僅かな静寂が訪れた後に、少女は大きく肩を落とした。
「まあ、聞き出した私が言うのも変な話だけど、終わったことをいつまでも掘り返してても、何も進まないわ」
少女の目はエバリスへ。
「ということでエバリス。貴方には、次の仕事を与えるわ」
「……この私に何をしろと?」
「この街に、『魂を観測するアニム』を持った男がいるらしいじゃない。貴方はその人を探し出して、堕魂に喰わせて。戦力が減った以上、量より質で攻める方向に行く」
続いて少女の目は人ならざる姿の男へ。
「それから、ザリック。貴方は何もせず、普段通り漁業でもしていて。『元』とは言え、国の配下にいた人間と敵対したのなら、半堕種は真っ先に疑われる。これ以上ボロを出さないよう、身を潜めていて」
「へーへー、楽でいいなあ」
「それと、別にここまで言わなくても分かってるでしょうけど、漁の時にアニムは使わないように」
ザリックが調子に乗ったように嘲る。少女は次の指示もどうせ上手くいかないだろうと思いながら、二人の男に背を向けた。部屋の外へ一歩踏み出し、去り際に一言だけ残す。
「じゃあ、今度こそお願いね。何か問題があれば、一人で突っ走らないこと。きちんと私に相談なさい。次また勝手に動いて失敗したら、今度は説教では済まさないから」
世界が切り取られ、影すら立つ間もなく。パチン、と鳴った指の音の後にタン、という足音だけ放ち、少女の姿が瞬く間に消える。残された《月華の五芒星》の二人は、少しの間静かだった。
「流石は『冷血銀騎士従者様』ってか。リルナさんてば、おっかねぇなー」
不貞腐れ、何も言わずに佇んだままのエバリスに、ザリックが寄って行く。彼はエバリスを冷やかすように、彼の肩を叩いて言った。
「まあ、仕方ねえな。俺はこっから待機だ。お前は頑張れよ」
「チッ、穢人が気安く触るな」
ザリックの腕を払いのけ、エバリスも次の任務のために外へ出ていく。
ハルヴァンとシルバが危惧していた可能性は、事実として既に進行しているのだった。
♢ ♢ ♢
《月華の五芒星》の男たちが動き出した一方、雪が舞い散る空の下。『銀騎士従者』こと少女リルナは、主の住む城への帰路を歩いていた。薄く雪が積もっており、足跡が残るが、前にも後ろにも、彼女以外の足跡は見当たらない。
彼女が静かに雪を踏み固めていると、何の前触れもなく吹く突風。
舞い上がった氷の欠片が頬に触れ、リルナは足を止めた。温暖な街を覆っている分厚い雲を見上げ、目を細める。確かめるように腕を伸ばし、手の平に乗った雪を固く握りしめた。
「ザリックから聞いた話だと……ハルヴァンの連れは銀髪の小柄な女、って。それも、臨界顕現が使えるとかいう」
元の環境など無視して書き換えられた天を見て、リルナの脳裏には一人の女の像が顔を出した。世界の理に触れることを可能にした実力者ともなれば、特定することは難しくない。幼い頃、堕魂に襲われた際に、自身の目の前でアニムを発現させた人間が最有力だろう。
リルナは襟を掴み、口元まで持っていった。それまで吐かれていた白い息は一瞬にして遮られ、見えなくなる。物憂げに冷たい白い粉を見続ける少女は、寂しげな声を出した。
「もしかしたら……お姉ちゃんも今、この街に来てるのかな?」
――いや、来てるも何も。これだけの証拠があって、お姉ちゃんじゃないはずがない。
雪明りの照らす夜道で、誰に向けるわけでもなく、一人首を横に振る。リルナはぽつりと呟いた。
「もう少しの辛抱。もう少しで、また会えるから」
――待ってて、お姉ちゃん。
目を閉じ、顔を正面に据える。肺を凍てつかせるような空気を目一杯吸い込み、瞼を開ける。
冷気を含んだ風が正面から彼女の進路を阻む中、リルナは逆らうように雪上に足跡を残していった。
【今日の一言】
半堕種は誕生過程は後ほどきちんと描写されますが、現状出ている設定だけでも出自は説明出来ます。半堕種がどのような経緯で誕生したのか、予想してみてください。それから、リルナの姉も分かりやすいです。誰が彼女の姉か、是非とも予想してみてください。




