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月華戦争  作者: 笹サーモン
第二章 オルグリス編
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第50話:相談は夜に

 トカゲらが店を後にして、宿で寝始めた頃。雪が月光を反射し、明るい空。ハルヴァンは土地柄珍しい天気を眺めながら、物思いに(ふけ)っていた。


 ――ドン、ドン、ドン。


 不意打ちのように鳴り響く一定間隔の音。ぷつりと集中が切れたハルヴァンは、叩かれたドアに向けて歩き出した。一歩、また一歩と距離が縮む間も、ドアは等間隔で啼き続ける。その等間隔が誰の手によって成っているかを知った彼は、軽く挨拶をしながらドアノブに手を掛けた。


「こんばんは。もう遅いのに、寝なくていいの?」


 部屋と廊下の境界線がなくなり、客の顔が露わになる。廊下に立っていたのは――普段通り、相も変わらず安定の不機嫌を顔に出している女。腕組みをした彼女は、不愛想に返した。


「それは早寝してる人間のセリフだろうが。さっさと寝ろ」

「そんなことを言うなら、夜に訪ねてこないでよ」

「知るか。反応したアンタが悪い。寝たふりでもしたらいい話じゃねぇか」

「それはまた、無茶苦茶なことを言うね」


 困ったように頭頂を掻きながら、シルバを招き入れる。部屋の鍵を閉めてから彼女の後を追い、そのまま先回り。ハルヴァンはベッドの掛け布団を(めく)ると、彼女に声を掛けた。


「もし良ければ、話の間はここ使って。今日は体を温めないとだろうし」

「断る」


 何の躊躇(ためら)いもなく、バッサリ両断。


「誰が男の部屋にやって来て、のこのこ寝床に入るってんだバカタレ」

「そう言わない。シルバは今日、臨界顕現(りんかいけんげん)使ったでしょ? 体、砕け散るよ」


 シルバが昼間に使用した臨界顕現(りんかいけんげん)――『氷雹無想(ひょうひょうむそう)』は、外気から冷気を集める形態を捨て、代わりに彼女自身が冷気の化身へと変貌を遂げるものである。本人が冷気の発信源となるため、冷気の収集効率は比較にならないほど改善される。しかしその性質上、彼女の身体は発動と同時に芯から冷え切り、発動後数日は凍傷を負ったように脆くなるため、後発的なケガを防ぐには体を温めなければならない。


 正論を返されたシルバは、何も言い返せず、貧乏ゆすりをしながら仁王立ちを貫く。ハルヴァンは心配の眼差しを向けると、目だけで抵抗を訴える彼女と距離を詰めた。


「分かったら()()、使って」


 シルバが指を指された場所を見る。彼女は諦めたように『ハッ』と漏らした。ここまで来れば既定路線が待っている。数秒前までの抵抗など、どこ吹く風。あっさりハルヴァンの指したベッドに上がり込んだ。脚を伸ばして座ったまま筋一本動かさず、男が掛け布団を掛けてくれるのを待つ。


「ったく、あたしはアンタの世話がないと生きていけないような、やわな女じゃねぇって」


 このやり取りも何度目のことか。もはやこんなやりとりは恒例行事であり、彼らにとっては日常風景でしかない。今回の一連の流れでさえ、形式化しただけの行為に過ぎなかった。


「……それで。改めて聞くけど、何の話?」


 シルバの隣に浅く腰掛け、ハルヴァンが問いかける。しかし彼の視線はシルバに向くことはなく、先ほどと同様に窓の外に向けられていた。

 シルバはその背を不満げに見つめた後、正面を向き直して話を切り出した。


「相談だ。……明日以降の動きと、昼間の戦闘についての」

「具体的には?」

「前者は男どもの訓練と、支部との協力体制が欲しい、ってとこか。後者は違和感があった、ってことの共有」


 無駄のない雑な返答。ハルヴァンは信頼の溜息を吐いた。


「気が合うね。僕もさっきまで、同じことを考えてたよ。もっと詳しく聞いても?」

「男どもは今日見て思ったが、ソロモの瞳の……いや、一般的な護衛としても貧弱すぎる。あの程度の堕魂(だこん)如きに劣勢になってるんじゃ、頼りないったらありゃしない」

「だから育てたい、って?」


 それまで眉が吊り上がっていただけのシルバが、ムスッとした顔になる。


「いいよ。彼らの訓練ならシルバの時みたいに、僕が買って出る。代わりに……」

「あたしは支部に行って、アイツらが言ってた(くだん)の男を調べときゃいいんだろ?」


 言葉を遮って、シルバが言い切る。ハルヴァンは無言のまま頷いた。


「ってことで、次。こっちが本題だが……アンタは昼間の戦闘、()()()()()()とは思わなかったか?」

「……思ったよ。なにせ、指揮系統があるみたいに動いてたからね。自然に生まれた堕魂(だこん)なら、あんなに綺麗な群れを成すのは滅多にない」


 意見を求めるように、ハルヴァンが振り返る。彼の視界に入った少女は、左手で顎を支えながら俯いていた。


「やっぱそう思うか。こっからはあたしの勝手な憶測になるが、昼間の戦闘の裏には誰かしら()()()()()()()()が絡んでる気がする」


 大きく息を吸い、全て吐き出す。窓から差し込む銀光を反射しながら、少女は自身の考察を語り出した。


「前提として、堕魂(だこん)は人間の言うことは聞かない。聞く個体がいたら、それは人間を馬鹿みたいに喰い続けて、人間に近い存在になった個体だ。けど、今回の堕魂(だこん)どもは、その域に達するまでは喰っちゃいねぇだろうし……何より、人間の体は持ってなかった」


 ハルヴァンの脳裏には、昼間に港にて交戦した堕魂(だこん)が浮かぶ。どの個体も海洋生物の肉体を基本とし、そこにところどころ()()()()()哺乳類の身体的特徴を有していた。


「となれば、考えられる可能性は二つ。一つは堕魂(だこん)同士で結託して、どういう事情か、同時に襲ってきた場合。一応知性さえ身に着ければ、アイツらも連携はしないことはねぇからな」

「でも今日のは、さっき言ってた通り、コミュニケーションを取れるほど知性があるようには見えなかったよね」

「ああ。だからあたしは、()()()が最有力だと睨んでる」


 雪が降りしきる、本来は温暖なはずの港町。異常が浮き彫りになった世界で、シルバの推論から『異常(世界のバグ)』が弾き出される。


「恐らく裏で仕込んでるのは……半分堕魂(だこん)の血を持つ人間。――穢人(えじん)どもかと」


 核心に迫ったシルバの目が鋭くなる。


「時期も時期だ。アイツらがこの街にやって来た当日に、あんな物騒が起きてる。昨日まで何の音沙汰も無かったのによ。トカゲの野郎が言ってた、《月華の五芒星》とかいう連中がソロモの瞳を狙ってるなら、関係がないようには思えねぇ」


 ハルヴァンが悲しそうに目を伏せる。いつにも増して、弱気な声が漏れた。


「……信じたくはないけど、その結論になるよね。半堕種(はんだしゅ)なら、堕魂(だこん)との意思疎通は可能だから」


 言葉を紡ぐ彼の迷いに呼応するかの如く、窓の外ではゆっくりと微細な氷の結晶が舞っている。


「でも、何のためにアヤメくんを狙うんだろう?」

「知らねぇよ。トカゲも言ってたじゃねぇか」


 シルバが頬杖を解き、天井を見上げる。天井と壁の境には、縁取るように付けられた木の骨組み。


「……けどまぁ、唯一言えることは、『ろくなもんじゃねぇ』って話だろうな」


 揃って現実を否定するように、二人は窓の外の幻想に目を()せる。窓の外には港。オルグリスのまた違うどこかで、同じ()()()()()()()が上がっていようとは、二人は一切知りもしなかった。

【今日の一言】

 『穢人』とは『半堕種』の俗語、及び、差別用語です。『半堕種』と呼ぶ人は極めて少ない。精々国のお偉い様が立場上口にする程度です。ハルヴァンは理想主義、平和主義が行き過ぎた男なので『穢人』とは言いませんが。半堕種は次話以降、本格的に登場しますので、お楽しみに。

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