第49話:一テーブル、五名につき
港での戦闘から時間が経ち、夕暮れの中を海鳥たちが羽ばたいていく頃。トカゲ、アヤメ、ガッツらエバリス捜索班の面々とハルヴァン、シルバは裏路地に入った小さな店の個室でテーブルを囲み、ある交渉を経て愉快に談笑していた。
「それにしても驚いたねー。まさか人類最強のお方に偶然出会えた上、そこからお声がけいただけたなんてさ」
「だな。財布を落として正解だった。オルグリス支部の協力が得られない状況下でも、案外どうにかなるような気がしてきたぞ」
テーブルに乗った海鮮料理を頬張りながら、満足げなトカゲとガッツが話している。卓上にあるのはサメのムニエル、アクアパッツァなど。海鮮料理の値は現在高騰中なのだが、そんなことは気にならないくらい気分がいいようだった。その理由は明らかで、エバリス捜索、アヤメの保護の二つの観点でハルヴァン、シルバとの協力関係が締結したからである。
「まあ僕らも元・国防軍所属という立場なだけあって、アヤメくんも《月華の五芒星》とやらも放っておくわけにはいかなかったから。まだ国に情報が回ってないだけで、どちらも国家案件だろうし」
ハルヴァンがにこやかに答える。対照的に、その隣の銀髪の女は相も変わらずぶっきらぼうだった。
「でも勘違いすんなよ。言っておくが、これは交換条件だ。あたしらだってお人好しじゃない。アンタらの手伝いをする代わり、妹の情報集めを手伝えってんだ」
「分かってるって。念のため確認しておくけど、探してるのは紫がかった銀髪の女の子、だよね?」
「ああ、そうだ。それっぽいのを見つけたら教えろ」
聞けばシルバたちはとある事情で旅の途中だったらしい。なんでもシルバには二つ年下の妹がいるらしいのだが、数年前にその子が突然行方不明になったのだという。シルバはその知らせを聞き、一昨年に国防軍を退職。それから各地をハルヴァンと共に巡り、妹探しをしていた矢先、今日トカゲらに遭遇した。――とのことだった。
トカゲはそれまで噛んでいたものを飲み込むと、メギラナの尋問の時から抱いていた疑問を口にした。
「そういえばさ、今更で申し訳ないんだけど、『国防軍』って何? 名前からして、強そうなのと偉そうなのは分かるんだけど」
ハルヴァンがナイフとフォークを置き、答える。
「国防軍っていうのは、そうだね……僕やシルバみたいに国から実力を認められた人が所属する、国家の軍、かな。何かしら戦績や功績を残すと、国から『軍に加入しなさい』って命令が下るんだよ」
「拒否権は?」
「ほとんどない、かな」
「ふーん。じゃあさ、それって簡単に抜けていいもんなの? ハル君みたいにさ」
「抜けることは出来るよ。簡単じゃないし、あんまりいい顔はされないけどね」
思っていたより重い事実が述べられ、トカゲがアヤメの方に視線を逸らす。彼女は先ほどからずっと何も発さず黙りこくっており、気になっていたのも事実だった。
「あ……アヤメちゃん、そんなに気に入ったの? それ」
彼の視界の先でアヤメが頷く。アヤメが無言になって食べ進めていたのは、オルグリスで有名な蟹だった。赤い殻を専用の食器でいじくりまわし、中から肉だけを取って食べる。それだけのことに、彼女は感動していたようだった。
「私、蟹なんて食べるの、初めてで。堅そうな見た目なのに、すっごく柔らかくて美味しいんですよ。トカゲさんは食べたことあります?」
「んー、あるにはあるけど、ここまで絶品なのを食べたのは初めてかな」
目を輝かせて語るアヤメに、トカゲも笑顔で応じる。その様子を見てか、シルバが口を挟んだ。
「アンタら、随分と仲いいのな。仕事仲間との交友関係って、今時そんなもんなのか?」
トカゲとアヤメが顔を見合わせる。
「うーん、どーだろね。分からないけど……まあちょっと特別ではあるのかな? なにせ出会いが出会いだったし?」
「何が特別なんだよ?」
トカゲが用意した釣り針にシルバが引っかかる。シルバは口が悪く高圧的、加えて表情も常にどこか不機嫌だが、馴染めば案外怖いものではない。むしろ反応が直接的に表れる分、トカゲからは好評だった。それも――からかう相手として。
トカゲはニヤニヤした視線をシルバに向けながら、アヤメに話し掛けた。
「だってさ。どーするアヤメちゃん? お話ししちゃう?」
「……私は、別に構いませんけど」
「ふーん、そっか。じゃあどーしよーねー?」
言った後にシルバに顔まで向けたトカゲ。その顔は実に、大人に悪戯を仕掛けて遊ぶ子供のようだった。
「教えてあげてもいいけど。……やっぱ教えなーい」
「あ゛? 何でだよ。教えろやクソガキ。今日は助けてやったろ」
舌打ちまでしたシルバの反応を見て、トカゲの悪事は加速する。彼はアヤメの方を向き直し、言った。
「えー、だってさーダメだよねぇ。ボクらの出会いは、ものすごーいドラマチックでロマンチックだったんだから。秘密の御伽噺みたいなものだよ。そう簡単にはお話し出来ないねー」
「だったら最初っから言うんじゃねえよ」
アヤメは困惑した表情で二人を交互に見る。一歩トカゲが踏み間違えたら喧嘩になりかねない。しかしそんな目線が向けられていることなど気にも留めず、トカゲは挑発を重ねる。
「勝手に聞く気になったのはソッチじゃなくて?」
「……上等じゃねぇか」
シルバが席からテーブルを勢いよく立ち上がり、トカゲの元へ駆け寄ろうとする。握られた拳を見て、それまではガッツと話していたハルヴァンが咄嗟に仲裁に入った。
「ちょっとシルバ、お店で暴れたら迷惑になるから!」
「今の聞いてなかったのかよ! アイツ、今はぜってー話す流れだったろ」
自分を指さしながら騒ぐシルバを見て、トカゲは笑う。隣に座っていたアヤメは、ジトっとした目でトカゲを見た。彼女の呆れたような声が、悪戯小僧の耳に届く。
「トカゲさん、私はともかく、人様に悪戯するのは良くないと思います」
「えー、大丈夫だって。なんだかんだ言って、ルバ姉優しいし」
注意されたのも束の間、トカゲは新たな地雷を踏みに行く。そしてそれは、見事にシルバに命中したようだった。刺すような鋭い眼光が、トカゲに向けられる。
「……お前、今なんつった?」
「んー? 何のこと?」
トカゲが白々しく視線を逸らす。
「とぼけてんじゃねぇよ。あたしのこと、何て呼んだかって聞いてんだ」
「『ルバ姉』だけど?」
即答。シルバの右目が少しぴくぴくと動く。
「どこ見てそう判断した? あたしが年増だって言いてぇのか?」
「いやいや、全く。頼れる姉貴分だなー、って思っただけだよ?」
ここへ来てようやく、トカゲとシルバの目が合う。
「まあ年齢次第で、本当に『姉貴』かもしれないけどねー」
「……そういうお前はいくつなんだよ?」
「いくつに見える?」
溜息の音が漏れる。シルバは目も合わせず、雑に答えた。
「十三。ガキくせぇ」
「うわー、心外。これでも十七で、成人してるんだけど」
トカゲの年齢を知ったシルバが頭を抱える。彼女はその言葉の意味が信じられなかった。
――十七? コイツが? ってことは、じゃあ二つ下、妹と同じ――。
思考が停止しかけているシルバに対し、トカゲがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。
「ち・な・み・に。おいくつ?」
「うるさい、誰が答えるかクソガキ」
怒りを可能な限り抑え込み、シルバが淡々と告げる。シルバはアヤメの方を向くと、彼女を味方につけようとした。
「アンタも黙ってないで何か言えよ。女性に年齢を聞くだなんて、失礼極まりねえだろ」
「それはそうかもしれないですけど……でも、私は既に言っちゃいましたし……」
トカゲのニヤニヤした目元がシルバに刺さった。嫌な予感がする。シルバは全身から力が抜けていくのを感じると、確かめるように問いかけた。
「アンタ、いくつ?」
「えっと、十九歳、です」
更に嫌な予感。目の前のムカつく男を指差し、アヤメに問う。
「コイツにどう呼ばれてる?」
「『アヤメちゃん』って……」
その瞬間、シルバの中で何かが壊れた。トカゲの方を向き、頭を掻きむしり、言葉にならない叫びを上げる。
「同じ女で、同じ年齢で。何であたしだけ『姉』呼ばわりされなきゃなんねぇんだよ!」
「いーじゃない。強い女ってことだよー。よろしくね、ルバ姉」
「テメェはいい加減ぶっ飛ばすぞ。あたしはアンタの姉じゃねぇ」
シルバが一日で最高の剣幕でトカゲを睨みつける。
「シルバ、流石に口が悪いし、声も大きいよ」
「うるせえ、お前はこのガキ黙らせろ」
「ハッハッハ、仲が良さそうで何よりだ」
「どこ見て言ってんだ、おっさん」
テーブルを囲んだ五人。各個人が好きなように話し、多少衝突し、笑い合う。偶然の出会いから生まれた交流は、『穏便』という言葉とはかけ離れた形でも、着実に進んでいるのだった。
【今日の一言】
この後、ガッツは財布を見つけてくれたお礼の酒をハルヴァンとシルバに奢りました。当然シルバは猛烈に拒否しましたが。




