第48話:後始末は最後まで
緊急事態収束から半刻ほど。現場には通報を受けたオルグリス支部の職員が駆けつけた。彼らは現場封鎖の担当、状況整理の担当などを分担し、業務にあたる。
一方で、港の隅で退避していた現地民、負傷者が、少しずつ付近の病院に引き取られていく。エバリス捜索班の面々の具合は、トカゲ――無傷、アヤメ――無傷、ガッツ――頬に擦り傷。幸いにも軽傷で済んだ彼らへの処置は手短に終わる。緊張が抜けた彼らの間では、先ほどの話題が上がっていた。
「いやー、あの人たちってばスゴかったねー。本当に同じ人間?」
トカゲが普段通りの茶化したような口調で言ってのける。それに対して、ガッツが珍しく『ふっ』と笑いながら答えた。
「だな。ハルヴァンもあの女も、俺たちより遥かに強い。流石は人類最強とその相方。肩書に恥じぬ実力者だったな」
他人事のように話す二人の先。堕魂掃討に大きく貢献した男女が、現場に駆け付けた支部の職員に状況を説明している。
「あの人たちに、感謝ですね」
「ねー」
言いながら、トカゲはアヤメの方を見る。呼吸は荒れていない。瞳も震えてはいない。血の世界から解き放たれ、彼女は平静を取り戻していた。
――また、危ない目に遭わせちゃったな。情けない、情けない。
内省しながら、トカゲはパーカーを脱いだ。胸の奥に痞える無力感と罪悪感を覆い隠すように、脱いだ衣服をアヤメの肩にかける。不意打ちに困惑したアヤメが見上げるが、彼はいかにもそれらしい文言を並べて誤魔化した。
「女の子は体冷やしちゃいけないんだよ? それ、貸すから羽織ってて」
「あ……うん。ありがとう」
パーカーを拒まなかったアヤメを見て、トカゲに訪れる安息。しかし安心していられたのは、その僅か一瞬に過ぎなかった。
トカゲらが気を抜いていた間に、ハルヴァンらは報告を終えた。彼らは互いに見合い、頷き、歩き出す。彼らの足が向く先は、街の部外者三人衆だった。
「あ、なんか来た」
トカゲの一言で、アヤメとガッツが上体を捻る。
「何か用があるんでしょうか?」
「アイツらが? 俺たちにか?」
迫り来る二人。トカゲは彼らが近づいてきたのを確認すると、自身も一歩踏み出した。助けられたことの礼を言うつもりだったのである。
手を伸ばせば届くかどうか、という距離になると、トカゲが先に切り出した。
「あ、どーもどーも。さっきは助かりましたよ。ありがとね、わざわざボクまで守ってくれて」
「いい、そんなのは求めてない」
冷たくあしらわれる。頭を下げ、感謝を伝えたつもりだった。だが、彼らが求めていたのは謝礼の言葉などではなかったらしい。鋭くなった雪女の目が、アヤメを睨んだ。
「そんなことよりも――お前、ソロモの瞳だろ」
シルバが指を指す。指定されたのは勿論――神代の力を宿すとされる、孔雀色の瞳だった。
「……え?」
咄嗟の詰め尋問に、アヤメは硬直。代わりに動いたのは、真っ先に危機感を覚えたトカゲだった。少女の前に立ち塞がり、盾になるように庇う。
「何? どーゆーつもり?」
トカゲは先ほど暴走したばかりの左手を振り、臨戦態勢に移っていた。裏社会育ちの素の声が漏れ出た場には緊張が走る。一触即発の空気を窘めるように、ハルヴァンが割って入った。
「あ、ちょ、ちょっと待って。ごめんなさい。うちのシルバが失礼を」
「テメェ何すんだ」
「いいから」
隣に立つ女の頭を押さえつけ、ハルヴァンが頭を下げる。顔を上げた彼は、真っ先に名乗りを上げた。
「僕はハルヴァン・アークネストと申します。で、こっちの女性が……」
「女性とかいうな、気持ち悪い」
シルバが溜め息を吐く。数秒の溜めを置いてから、彼女も名乗る。名乗りが不機嫌だった理由は定かではないが。
「……シルバだ。シルバ・ティアメルタ」
ムスッとした顔のまま、シルバは腕を組む。ふてぶてしい彼女を見て、半ば諦めたようにハルヴァンが話を進める。
「その、僕たちは別にあなた方に危害を加えるつもりはなくて。ただ、少し事情を伺いたいんです」
一瞬の躊躇を表すように、ハルヴァンが手を上げかける。微妙な間が空いてから、続く言葉が発せられた。
「もしよろしければ、なんですけど。公の場でお話し出来るようなものでもありませんし、この後ご一緒にお食事でもどうですか?」
水色髪の男のセリフを聞き、トカゲには一つの打算が生まれた。あれだけの実力者である。味方に付けることが出来たのなら、戦力としてこの上なく頼もしいに違いない。
――そんなお方たちが、わざわざ声を掛けてくれたんだ。こんなにデカい魚を釣らない訳にはいかない。
ガッツの顔を見る。ガッツもその視線には何かを感じ取ったようで、静かに頷いた。
残る問題はアヤメである。トカゲはうっかり出してしまった顔を仮面で隠し、背後を振り返った。アヤメの怯えた表情が鮮明に映る。トカゲは彼女を説得するため、一段と普段の様相を取り繕って話しかけた。
「アヤメちゃん、この人たちはこー言ってるみたいなんだけど、どうする?」
返事はない。次は手を変えて、少し真面目な声で問う。
「ボクはちょっと行ってみたいんだ。この人たちは悪い人じゃなさそうだし……なんならきっと、その目のことも知った上で、襲うつもりはないように見えるし。何かあったらボクがどうにかするから、行ってもいい?」
トカゲの背から僅かにアヤメの顔が覗く。境界を映し出す瞳に映ったのは『敵意の境界』でもなく、『悪意の境界』でもなく――むしろ『善意の境界』だった。
トカゲの裾を掴んでいたアヤメの手が脱力し、滑るように離れていく。その仕草が決定打となった。
「ごめんね、無理させちゃって。ありがと」
謝るトカゲに対し、アヤメが首を横に振る。
「それじゃあ、場所を移しましょうか。おすすめのお店、紹介しますよ」
冷えた風が吹き抜ける空の下。ハルヴァン先導の下で、トカゲたち一行は港を後にした。
【今日の一言】
ハルヴァンの出身地はオルグリス。今後登場するオルグリスの施設はほとんど彼が子供時代から馴染みのある所です。




