第47話:世界の側、『臨界顕現』
地元民の救助を大声で宣言したシルバと、その連れのハルヴァンが血の貿易場へ加勢する。敵は先ほどシルバが撃退した二体を除外して、ざっと二十体。しかしどの堕魂も、今までの相手と異なる存在感を放つ二人に気圧され、ずっと静止していた。
「下がれ、軟弱者ども。選手交代。死にてぇヤツだけ残れ」
シルバは戦場の真ん中まで歩きながら、現場に退避命令を下す。負傷した現地民たちとガッツが少しだけ後退し、舞台がある程度整う。トカゲとアヤメが現場に残っていることには目を瞑りつつ、シルバは自身の隣に立つ男に静かに告げた。
「まだ一群れ、出てきてねえヤツらがいる。あたしはソイツらの掃討。アンタは準備を手伝え」
「分かった。何をしたらいい?」
「あたしに近づくヤツを殺ってくれりゃいい。後はアイツらの保護でも。頼んだぞ」
ぶっきらぼうな返事だけを残し、シルバが全速力で岬まで駆け出していく。堕魂らは脅威とも餌とも思える標的が動いたのを見ると、一斉に静を解いた。吠え、唸り、後を追おうとする。だが次の瞬間には、シルバに最も近かった堕魂は跡形もなく消滅していた。普段ならば堕魂が輪廻に還る際は煙を発するはずが、今回はそれすらなかった。勿論犯人は――。
「君たちの相手はシルバじゃないよ」
堕魂たちの目が一瞬にして、余裕たっぷりの男に向く。ハルヴァンは動かない。堕魂たちは距離を詰め、まずは三体が攻撃を仕掛ける。体当たり、蹴り、噛みつきなど。しかしどれもハルヴァンには当たらない。気付けば攻撃をしたはずの堕魂だけが一片の肉片もなく消え、ハルヴァンは先ほどとは違う場所に立っている。
「次」
理解も追いつかぬまま同胞を殺され、恐怖心に駆られた堕魂たちが攻勢に回る。ヤツらの動きは海洋生物の肉体をベースにした体構造であるために、攻撃方法は単調で変わらない。距離を詰めて放つ、体を張った攻撃のみ。
ハルヴァンは迫る攻撃を全て、一回のジャンプで躱した。その高さは周りの建築物を優に超えるほど。彼がいたはずの場所では、対角線上にいた堕魂同士が衝突し、隙を見せていた。
ハルヴァンは空という足場のないはずの空間で立つと、その右手に光に宿らせた。右腕の角度を斜め三〇度に構えると、彼は空中で独楽の如く勢いをつけ、時計回りに数回回転。回る男の手の平からは白い光線のようなものが射出され、その光に触れた者は全て塵になる。塵が風に運ばれていく一方で、攻撃を繰り出したはずのハルヴァンは既に地上へと降り立っていた。
理解の及ばない暴力的な『強さ』にトカゲは見惚れていた。いや、トカゲだけに限った話ではない。光を放ち、一騎当千の活躍をする男に目を奪われていたのは、戦場にいた全員だった。全員が戦場の隅で立ち尽くし、言葉を失っている。
しばらくしてトカゲは我に返ると、先ほど危険な目に遭った少女のことを思い出した。彼女を探し、辺りを見渡す。アヤメを見つけたトカゲは、迷うことなく彼女に駆け寄った。
アヤメは地面に座り込んだまま、胸の前で手を握っている。軽い放心状態にあるようだった。
「大丈夫? ケガ、してない?」
トカゲの一言でアヤメの精神が現実に戻って来る。アヤメは目をぱちくりさせると、たどたどしく答えた。
「え、あ……うん。平気。多分大丈夫」
「そっか。良かった」
ほっとしてトカゲの口から溜息が漏れる。トカゲはしゃがみ、アヤメと視線を合わせると柔らかい声で言った。
「じゃあさ、立てる? ここにいても危ないし、少し移動しよ」
頷いたアヤメが立つ。トカゲは彼女の手を取ると、堕魂たちの標的とならぬように音を殺し、ガッツや現地民の退避している場所に合流した。すぐさまガッツが前に出て、トカゲとアヤメに声を掛ける。
「お前たち、無事か?」
「ボクはぜーんぜん平気。アヤメちゃんも問題ないってさ」
「そうか。何よりだ」
トカゲはガッツの方に目を向ける。見た感じではガッツに傷は見当たらない。彼が普段から愛用している赤い鎧が、いい具合にダメージを防いでくれたのだろう。
トカゲはガッツの無事は話題にするまでもないと判断すると、代わりに新たな戦力の話題を口にした。
「ガッツ、ちょっと聞いていい? あのハルヴァン? とかいう人、そこそこ有名みたいだけど、そんなに強いの?」
「有名などというものではない。なにせあの男、ハルヴァン・アークネストは『人類最強』とまで称される男だ。……まあ、俺も現物を見たのは初めてだが」
改めて光の戦士を見る。様子は何も変わらず、一切の攻撃を受けずに蹂躙している。姿を消しては光を放ち、今丁度、最後の堕魂を消滅させた模様。手に宿る光で何をしているのかは、到底理解出来ない戦い方だった。その奥には、岬で手に持った杖を高く掲げている女の姿。
トカゲは彼女のことを指差し、ガッツに尋ねた。
「じゃあさ、もう一人の女の人の方は?」
ガッツは黙り、腕を組む。
「……すまん。女の方は知らん」
どうやらシルバのことはガッツも知らないらしい。ところが、無名の少女の評価は次に聞こえた一言により、一変するのだった。
「畜生、全然冷気がねぇ」
岬に立ち、杖を天高く掲げたシルバが不満を漏らす。彼女のアニム《フリーズ》は冷気を集め、それを放出する能力である。冷気が足りない場合は攻撃は出せない。次に襲来するであろう堕魂の群れは、既にそれなりの距離にいる。
シルバは舌打ちをすると、切り札を切ることを決めた。大きな溜息の後、彼女の口から飛び出した言葉。
「臨界顕現!」
その言葉の意味を知らないトカゲとアヤメ以外全員の目が、彼女に集まる。
「――は? 何だと? そんな馬鹿な!」
ガッツが大きく目を見開き、分かりやすく動揺を見せた。トカゲは状況が呑み込めずに混乱し、ガッツに尋ねるしかなくなる。
「え、何なにナニ? そんなスゴいヤツ? それ」
「凄いも何も。『臨界顕現』はその人間に宿ったアニムの真の姿と言われるものだぞ。言わばアニムの神髄、極致だ」
極致。その言葉の裏に感じる、只物ではないチカラ。トカゲは岬に目を向けた。
岬に立った女は杖の高さは維持したまま、自身の力の真の名を叫ぶ。
「――氷雹無想!」
叫びに呼応し、シルバの体からは青い閃光が放たれる。光に目が眩み、その場にいた全員が瞼を下ろす。
皆が再び視界を取り戻した時に見たのは――細長い八面体の氷の結晶を背から三対、計六本翼のように生やし、全身が雪のように純白になったシルバ。銀髪すらも完全に真白である。もはや別人。そこに顕現していたのは、冷気の化身、氷の精霊だった。
彼女の変貌と同時に感じる、異常な寒さ。凍える、などという表現は甘い。発熱時、悪寒を感じる状態で全裸で雪原に放り出された方がまだマシに思える。瞬時に熱が奪われ、肌に刺すような痛みが走る。
そしてその冷気の影響は、やがて大気にまで及んだ。曇天が濃くなり、ポツポツと数滴の雨が降る。それは瞬く間に姿を変え、至る最終形態。雷と共に現世に舞い散った、白い結晶。
「……雪?」
オルグリスの気候は年中通して晴れが多く、季節による気温変動が小さい。一年の平均気温は二十五度ほどで、最低気温も二十度は下らない。そんなオルグリスで雪が降るのは、異常以外の何でもない。
港に面した海面にも薄氷が張り始める。その頃ともなると、シルバが掲げた杖の先端は、冷気の化身から集まった冷気で白く染まっていた。
――バリバリ。
薄氷を割って訪れる最後の敵の群れ。跳ねた海洋生物擬きを、全員が捉える。新手たちが狙ったのは他でもない、最も近場に立つシルバ。
シルバは殺意の籠った目で堕魂を睨むと、杖を振り下ろしながら『奥義』を口にした。
「――クリスタライズ」
『奥義』の名が半分出たところで、海面から建物一軒にも等しい巨大な氷塊が生成される。姿を現した直後の堕魂は氷に閉じ込められた。勿論、氷の中ではいくら足掻いても身動きは取れない。
シルバは振り下ろし終えた杖を、今度は左から右へと薙ぎ払う。同時に『奥義』の名が言い切られた。
「ステラ!」
杖の射線上、氷塊に亀裂が走る。亀裂が勢いよく拡大すると、氷塊は砕け散る。そして、氷塊の中にて氷漬けになっていた対象もまた、粉砕する。
『クリスタライズ・ステラ』。氷がクリスタルの結晶の如く成長し、砕け散る様は天に浮かぶ星々のよう。そこから名付けられた、シルバの中で最高の破壊性能、殺傷能力を誇る技。最初の氷に触れた時点で勝敗が決する、文字通りの『必殺技』である。
堕魂たちの悲鳴が上がるまでもなく、静寂の海に砕けた氷塊だけ浮く。氷が沈んだ際の水飛沫を背にしながら、敵の殲滅を確認したシルバは臨界顕現を解いた。
【今日の一言】
臨界顕現は、同じアニムを持つ者同士であれば、全員同じものに至ります。過去に発現した人間も例外ではないため、名前は共通。これは『アニム』の起源に関わってきます。




