第40話:次へ向ける期待の三星
重厚な扉を開けてトカゲ、アヤメ、ガッツの三人は支部長室に入った。過去にも招かれたことがあるが、普段縁のない高級感の漂う椅子や茶の匂いにどうにも慣れない。
支部長は動作のぎこちない三人に、軽く手を動かしながら告げる。
「お座りください」
「失礼します」
右から順にガッツ、トカゲ、アヤメの並びで着席し、机を挟んでルコールが対面する。
最初に口を開いたのは支部長ではなく、世界に馴染めない異端の服を着た少年だった。
「それで、次のお仕事というのは?」
「はい。次の仕事の方ですが、私の方から直々に、皆様にお願いしたい」
支部長が自ら依頼してくる程の業務とは、一体どれほど重要なものなのか。トカゲだけは尋問の依頼を過去に受けていたため別だが、残る二人は唾を飲んで構えていた。
部屋が静寂に包まれる。ルコールは一度目を閉じ、深呼吸をしてから言った。
「次の任務は、隣の港町オルグリスへの遠征任務です」
「遠征か。これはまた、随分と久し振りだな」
「まあ、そんなところですよね」
過去に経験もなく、情報も知らぬアヤメだけが反応に困る。
「端的に任務の概要をまとめますと、遠征先は先ほどお伝えした通りオルグリス、目的はトリメルカ急襲事件の重要参考人にして、現在指名手配中のエバリス・ケースの追跡、及び、拘束となっております」
まるで練習でもしていたのかと疑うほど、スラスラと長い文章が続く。
「オルグリスの保安協会支部へはこちらから協力申請を依頼しますから、恐らくそちらとの共同任務になるでしょう。出発は明日、任務終了時期は未定です」
説明を終え、ルコールは自身の左手後方に待機していた秘書に顔を向ける。
「すまないが、アレの用意を」
「承知しました」
頷いた秘書が左手にボードを持って、三人の後ろ側へと回り込む。それぞれの間の隙間から手を伸ばし、各々に一つずつ、あるものが渡されていく。
三人が視線を落とした瞬間に目に飛び込んできたのは、これまでトカゲとアヤメの生活を支えていたもの――『長期任務手帳』だった。
「遠征である故、トリメルカ支部からは生活支援を行います。例によって遠征先の宿や飲食店を利用する際に、ご活用ください。効力が発揮されるのは明日からですが」
『長期任務手帳』という公の任務従事証明書を手にしたことで、三人の任務は確定したように思われた。しかし、話を聞いただけで済ませるような思考回路ではない人間がいる。
「あの、一点だけ質問をさせていただいても?」
机の上に手の平を出したのは、トカゲだった。
「どうぞ。何でしょうか?」
「人選について疑問がありまして。ボクとガッツが派遣されるのは戦力として、で分かるんですけど、アヤメちゃんは? 純粋な戦力ではないですし、何より《月華の五芒星》の目的なんですから、その点、彼女の身の危険の方は?」
トカゲが投げかけた問いを耳にすると、ルコールは何故か少し安心したような顔をした。
「鋭いですね。流石です。貴方に護衛を任せただけのことはある」
老人の独り言が終わり、答えが返ってくる。
「人選の理由ですが、貴方とガッツ殿は言われた通りです。アヤメ様は、過去にエバリス殿との接触があり、彼の霊力の残滓から追跡が可能と判断しました。準戦力、といった立ち位置です」
「じゃあ、安全面の方は?」
「そちらは現在の保護体制を考慮した結果です。大いに悩んだのですが、《月華の五芒星》とやらの動向が読めない以上、定位置で留まるよりは常に移動していた方が安全かと」
ルコールの視線が右にずれ、金髪の少女に向けられる。
「それにアヤメ様も、トカゲ様の隣の方が安心出来るでしょう」
「え? あ……はい」
戸惑いを隠せぬ声を聞いた後、ルコールの視線は再度トカゲの方へ。
「と、いうわけですが、どうでしょうか? 納得はされましたかな?」
「ええ。ありがとうございます」
トカゲの返事を聞き、ルコールは『よろしい』と呟きながら一人で頷く。
「では、明日のスケジュールをお伝えします。くれぐれも聞き逃しのなきよう」
遠征を任された三人が、それぞれ注意深く耳を傾ける。
「支部の方でオルグリス行きの馬車を手配しておきました。そちらの紙に書いてある通り、集合時間は朝の六時半、場所はトリメルカ西門です」
言われていることは理解出来る。だが転生したままの流れでここに至ったトカゲには、分からないことがあった。それは基本中の基本と言っても過言ではない、街の構図である。
「あの……大変申し上げにくいんですけど、西門ってどちらで? 地図とか、頂けますか?」
「おや、それは失礼しました。そうですね……では、この後ご案内しましょう」
「待った」
ガッツが二人の間に左腕を差し込んだ。ガッツは軽く咳ばらいをすると、ルコールの方に目を向ける。
「案内はいいだろう。俺が明日、現地まで送っていく。集合を支部前にして、時間を三十分程早めてくれ」
顔を見合わせるトカゲとアヤメ、それから支部長。
「ということですが、いかがなさいますか?」
トカゲがガッツの顔を覗き込む。
「ガッツ、頼んでいいの?」
「ああ、構わん」
短いやり取りを経て、明日の件に決着がつく。
「分かりました。では、これで仕事の話は終わりにしましょう」
そうして『仕事の話』が終わりを告げる――はずだった。ルコールの唇が再び動き出した。
「では続いて、こちらを」
トカゲは何の前触れもなく差し出されたものに首を傾げる。
「……これは?」
支部長の手中に収まっていたのは、少し分厚い封筒。恐らく中身は金だろう。だが何で得た金なのか、正直トカゲはピンと来ていない。
「それは『連続神隠し事件の長期任務手帳』を持っていた人に、一律でお渡ししている報酬金です。事件は予想外の形だったとはいえ、収拾がつきました。その報酬金、ということになります」
言われて自分とアヤメが『連続神隠し事件』の捜索をしている体で手帳を所持していたことを思い出すトカゲ。しかし彼は直接何か事件に寄与したわけではない。巻き込まれた結果として偶然、連続神隠し事件の足掛かりを見つけてしまっただけである。
トカゲは素直に受け取れなく、拒否の選択肢すら考えた。ところが――。
「遺族の方からの謝礼金も含まれておりますので、お受け取りください」
まるでトカゲの考えを見抜いたような言葉が投下された。穏やかな笑みを浮かべる老人を見るに、恐らく全て読まれていたのだろう。
トカゲは拒否権を奪われ、渋々頭を下げて封筒を受け取った。
「中には三十万ほど入っております」
「いいんですか、そんなにいただいて? ボクはあくまで、関係者の体でしかなかったはずですけれど」
「結構です。手帳を発行されたのに受け取っていない者が出たとなれば支部の信用問題に関わりますし、そちらに入っているのはアヤメ様の分と合わせたお二人分の額ですから」
そのまま受け取るにはやや納得がいかないが、遺族の方からの謝礼金も含まれているとなれば、受け取りを拒否するのは失礼な話である。
トカゲは微妙な気持ちを抱えつつ、封筒を眺めていた。
「これにて話は終わりになります。トカゲ様とアヤメ様は、お帰りの前に『連続神隠し事件の長期任務手帳』だけご返却ください。事件解決によって、失効しましたので」
「分かりました」
トカゲとアヤメは今までお世話になった手帳を返すと、ガッツと共に礼をして支部長室を去った。
今日の一言:
今更ですが、ルコールがトカゲ以外の男性は「~~殿」と呼ぶのにトカゲだけ「トカゲ様」呼びなのは、初登場時にトカゲのタトゥーを聖痕と誤認したためです。
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