第39話:演技とアニムは使いよう
死体となったメギラナを連れた二人が地上に着く。静かなホールを通り抜け、あと僅かで外に出る。赤髪の青年は扉に手を伸ばした。しかしどういうわけか、その手をトカゲが遮った。
「うむ? 何だ?」
「ちょっと待って。このまま出るわけにはいかない」
トカゲはあることに気付き、ガッツの手を止めたのだった。けれどもガッツはそんなことを知る由もない。怪訝な声で理由を尋ねた。
「何故だ?」
「今ボクたちが回収したのは、近づくだけで体調を崩す劇物。そう簡単に外に出して大丈夫?」
ほんの僅かに、ガッツの言葉が詰まる。
「だが、外に出ないことには話は進まないだろう」
「そりゃまあ、ね。そーなんだけど。でもガッツはさっき死体見て黙ってたじゃん。それこそ人によっては卒倒するかもしれない」
答えたトカゲの頭にチラついていたのは、他でもないアヤメだった。彼女はトリメルカ急襲事件の際に目の前で人の死体を見せられている。事件から日も経っていないのに死体を見せれば、彼女がどう取り乱すか知ったものではない。死体がある可能性は既にアヤメにも知られているが、それでもトカゲは見せたくなかったのである。
「うむ……それも一理あるな」
二人は視線を落とし、互いに唸った。
沈黙が漂って数秒、不意にトカゲは何かを閃き、パチンと指を鳴らした。ガッツに顔を寄せ、耳打ちして内容を告げる。
「あのさ、名案を思い付いたんだけど――」
♢ ♢ ♢
――ギギギ。
軋む音を背にしてクリーム髪だけが支部から出てくる。
彼が真っ先のに向かったは白衣の医者たちのもとである。彼らに円を作るよう指示をし、その中心で何かを小声で伝える。
医者たちへの伝達を終えると、次に向かったのは支部の最高責任者ことルコールのもと。同様の旨を伝え終え、足早に次の対象であるアヤメにも繰り返す。
ヒソヒソと作戦を交わし終えると、トカゲはアヤメを横に連れて、支部前の開けた道の中央に立った。
大きく息を吸い込み――。
「はーい皆さん、ご注目ぅ!」
唐突に叫ぶという奇行を見せつけた少年へ、怠そうに天を仰いでいた人やうな垂れていた人の視線が集まっていく。
トカゲの右手には、支部の中から無断で拝借してきた『何も書かれていない紙』が数枚ほど握られている。
「今からボク、皆さんに向けてマボロシをお見せしようと思うんですけど、どーです? 興味はおありで?」
反応は乏しい。考えずとも理由は明らかで、体調が優れないためである。
――この状況で手品をやるだなんて、なんともふざけたヤツだ。まあ、仕方ないか。
思いながら、トカゲは次の誘い文句を謳った。
「よし、じゃあまずはボクの自己紹介から。ボクはこの世界で唯一、偉大なる創造神、ソロモと直接やり取りが出来る人間でして。その一端をすこーしだけ、すこーしだけですよ? お見せしましょう」
アヤメの方を向き、紙を渡した。先ほど伝えたシナリオ通りの進行である。
「はい、これ持ってて」
「は、はい……?」
「じゃあ今この子に持ってもらった紙ですけど、これをソロモへ献上しましょう。するとあら不思議、ボクは一度だけ、望んだ未来を掴むことが出来ます」
観客から一度目を離し、左隣に立つアヤメの方を向く。
「アヤメちゃん、何か見たいものはある?」
やや困惑した様子で、アヤメが告げる。予行練習もなかった状況でここまで動けているだけ、いい方だろう。
「じゃ、じゃあ……トカゲさんの瞬間移動で」
「オッケー、瞬間移動ね。じゃあやってみますよ? 最初は捧げ物の紙がソロモに渡って黒くなりますので、皆さん、お見逃しなく」
期待を煽られた観衆の目がトカゲに釘付けになっていく。勿論紙を持っているアヤメも例外ではない。
トカゲは誰もの目が芝居に集中したことを確認すると、いかにもそれらしい手つきで動き始めた。その裏で、支部の方から死体を背負ったガッツが静かに医者たちのもとへ近づいていく。
人は見えない、認識出来ない物を、事実上ない物として扱う。
これこそが死体を隠しながら、アヤメを含む誰にも気づかれぬように運ぶため、トカゲが提案した作戦――『人目を欺く手品作戦』だった。
トカゲはガッツの動きに問題がないことを確認すると、自身の腕を観客から見えないように背中に隠した。そのまま声高らかに宣言する。
「偉大なる神ソロモよ! その紙と引き換えに、我を虚へと誘いたまえ!」
言うだけで恥ずかしい台詞をトカゲが叫ぶ横で、アヤメの手にあった紙が胡散臭い前情報の通り黒いモヤに包まれる。視線は瞬く間にそこへと集中。トカゲの存在は観衆の意識の外だった。
次の瞬間、ペテン師の姿は虚空へと行方をくらまし――。
「ヤッホー、ごきげんよう」
どこからともなく能天気な声が響く。発生源はある一人の男性の背後から。
アヤメを含む観客の視線が軽薄を装った少年へと集まると、それまでは死んだように静かだった広場から、絶え間ない感想が飛び交った。
「おお!」
「もっぺん! もういっぺんやってくれ!」
「兄ちゃんスゲーな」
即興の手品擬きに湧き上がる観客たちを目にして、トカゲは心の中で安堵する。その後、トカゲは人々の要望に応え、即興手品を次々に披露していった。
♢ ♢ ♢
手品擬きの総数が十回を超えた辺りだろうか、トカゲとアヤメの手元から最後の一枚の紙が無くなった。これは作戦の続行不能を意味する。
名残惜しそうな声を出す人々目掛けて、トカゲは明るく言った。
「ごめんね、今日はこれでお仕舞。ソロモも、あんまり無理させると怒っちゃうからさ」
言い終えると同時に、支部の扉の前に立っていたルコールが大きく声を出した。
「只今、建物内の残滓の消失が確認されました。お体にお障りのない方は、どうぞお戻りください」
あれ程の強大な残滓がこの短時間で消えたのは本来であれば異常である。しかし、安全が確保されたことに変わりはない。
人々はトカゲの手品に目を奪われたことで気付いていなかったが、残滓が消滅したことで体調が回復していた。万全の状態に復帰した人々も支部の中へ入っていき、平常運転の景色に戻りゆく。
人々の流れが落ち着きを見せ始めると、アヤメが高揚感を隠し切れない様子で隣のパーカーの少年に尋ねた。
「トカゲさんってあんなことも出来たんですね。手品ですよね?」
「いやー? まさか。あれはアニムを使って、それっぽく見せてただけだよ」
「あれ? トカゲさんのアニムって……?」
トカゲは穏やかな笑みを浮かべた。
「ボクのアニム《ギャンブル》はね、普段は何が起こるか分からないんだ。でも、何かを賭けた時だけ、ある程度結果を決められてね。それを使ったの」
トカゲは手品擬きを演じる際に、ソロモに宣言することで成立する『賭け』の儀式を行い、それらしく見えるカードの選別をしていた。衆に腕を見られぬよう隠していたのも、カードを引く様子を見せないためである。
「じゃあ、時々失敗してたのも……」
「そーゆーこと。確定じゃないからさ、たまにおかしなことになるの」
二人の間で盛り上がる突貫手品会の種明かし。そこへ、赤い鎧を着た男が参入してくる。
「ぶっつけ本番で、よくあそこまでやったものだ。おかげで調査はスムーズに進んだぞ。感謝する」
「そりゃ良かった。で、結果の方は?」
「死体の霊力残量、及び、瞳孔の具合などからして、推定死亡時刻は前夜の二時頃だそうだ。残滓と合致する霊力者は近辺におらず、特定は困難らしい」
「ふーん。犯人不明ってのは腑に落ちないけど、まあ仕方ないか」
トカゲは肩をすくめながら言う。その後、トカゲはたった今浮かんだ一つの疑問を投げかけた。
「っていうか、霊力の残量からなんて分かるの?」
「ああ。霊力者は死ぬと霊力を生産出来なくなるが、生前に生産された霊力は、死後ある程度の時間ならば肉体に貯蓄される。だが、それも時間と共に少しずつ体外へ出てしまうから……その応用だな」
「へー、霊力って便利なのね」
話が一段落つく。一行の話題が変わる――かと思われたその時、トカゲの肩を叩く手。
振り向くと、そこにはルコールが立っていた。
「先ほどの手品、感服致しました」
「ああ、それはどーも。上手くいって良かったですよ」
トカゲが言い切ると、老人は少し苦悩を含んだようなはにかみを見せ、頭を下げた。
「朝から無理難題を押し付けてしまい、誠に申し訳ございません。この度は非常に助かりました」
「いえいえ、お気になさらず。ボクもメギラナさんの尋問のお仕事なくなっちゃいましたから」
他意などなく、軽く返した言葉だった。けれどもその言葉は『仕事』という単語を起点に、予想外の方向に倒れた。
意味ありげな顔をして、ルコールが口を開く。ルコールは今回の騒動の収束を見て、一つの判断を下していたのだった。
「それがまた……お仕事のお話となってしまうのですが。お三方とも、この後少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
三人で互いに目配せをし、一周する。トカゲが代表となり、頷いてみせた。
今日の一言:トカゲのアニム《ギャンブル》の『賭け』について28話と今話で『賭けた物の価値』について矛盾があるように見えますが、これは矛盾ではありません。作劇上の都合でもありません。疑問は抱えたまま読み進めてください。




